神様に侍るとは、どのようにしたらよいのでしょう。
みなさんは、祈っていて神様の願いに触れたことがありますか?
自分ではこうしようと思っていたのが、祈ってみたら神様の願いは違っていた、という経験です。
そして、自分の思いは後回しにして、その神様の願いに真っ先に従順に従ってみるのです。
神様に侍る生活はそのような生活です。
天地人真のご父母様のみ言を訓読する生活をしていれば、祈りの中で神様の心情と願いを聞くようになります。
いよいよ私たちは定着時代を迎えますが、
神様の声に従う生活こそ神様の民の定着を意味しています。
定着といえば、イスラエル民族のカナン定着という歴史がありました。
しかし、イスラエル民族は神様の声を聞かず、カナン七族の習慣に飲み込まれてしまいました。
この世の常識に飲み込まれてしまったのです。
私たちはイスラエル民族の過ちを繰り返してはなりません。
この世の常識に飲み込まれず、み言と祈りの中で出会う神様の願いに自らを完全に一致化させてこそ、創造本然の真なる幸福が得られますし、神様の創造理想がそこで一つ完成するようになるでしょう。
撮れたての花写真集*季節・四季・東京の花

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