フッ。と気が付いたら、marseille,やnouvelle-caledonieに居た時に体で感じ取ってきたペタンクの楽しさ、明るさ、笑顔が溢れる魅力、イメージやハートはどこかに吹っ飛んでしまっていて全く異なった形になっているではないか。という気がしてならない。日本では、せせこましく、身勝手な人が大手を振って闊歩しているような気がしてならないのだ。
10数年前、南の温暖な気候、大らかで心豊かで明るい笑顔で迎えてくれた人達との気負いのない交流の中、ペタンクに心惹かれて始めた筈だったのに。今や小生の周辺ではルールもモラルも、競技規則の本の上だけで、実際の社会生活、ペタンクの世界では、良識も礼節も道理も失われようとしているようで切ない。
一生懸命、脇目もふらずペタンクの魅力に惹かれて地元で突っ走ってきた。と思っていた10数年。立ち止まって今、冷静に周辺を見てみるとペタンクではない異なものに振り回され、巻き込まれ、大切なものを削り殺いで失ないつつ気がしてならないのである。
おごり、ねたみ、こだわり、しがらみ、わだかまりが生まれ累積し始めたら、愉快で楽しい筈のペタンクは、和も輪も話もない詰らない無益なスポーツとなってしまう。小生が目指しているペタンクの心と、かけ離れていく。
1907年、franceのprovencal競技の選手jules lenoirが体が不自由になったのを見知った周囲の仲間たちが彼を気遣い思いやり、力となって支えて育ててきたのが新しい競技ペタンクの誕生であろう。人間として生きることの意義、大切さを仲間達とともに示してくれたものと思っている。これこそがペタンクの原点、人間の輪と和、絆の大切さを教えてくれたものと思っている。
今、決して失ってはいけないものを取り戻すためにも、小生には原点に還って考える時間が必要であると思っている。

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