そろそろ、アンカレッジでのホテル暮らしにも飽きてきた頃、ようやく、次のトランジット予定地のコペンハーゲンまで飛べることになった。
機種はジャンボ・ジェット機。何とか鯛という魚のように、機首の前部が盛り上がった特徴を持つ飛行機で、シアトルから回送して来たとのことである。
乗り込んでみると、DC10(テン)と比べて機内は格段とゆったりしている。言ってみれば路線バスと大型観光バスぐらいの違いはある。
見ると、成田ーアンカレッジ間のフライトで、なにくれとなくわれわれの世話をしてくれた顔見知りのスチュワーデスがいるではないか。
思わず声を掛けて再会を確かめると、彼女(アンナ)はこのフライトでは非番で、コペンハーゲンまではオフだという。でも、制服を着用して、いろいろと飲み物を配ったりする仕事を手伝っている。
外国人は仕事とオフとの区別がはっきりしていて、オフには働かないと聞いていたので、そのことを聞いてみると、勤務ではないが成田ーアンカレッジまで同道したお客さんたちが乗っているので,手伝っているのだという。
勤務ではないというので、たまたま隣りの席が空いていたので、座って少し話をしませんかと誘うと「われわれの責任ではないけれども、アクシデントでスケジュールが狂って、ご迷惑をお掛けしました」と釈明する。
しばらく話すうちに、アンナは「わたしは,機首のところにあるクルー・オンリー(乗務員
専用)の部屋にいるから、後で遊びにきませんか」と誘ってくれた。
アンナが席を離れてからしばらくして、せっかくのお招きだからと機の前方へ行こうとすると、そこにはアコーデイオン・ドアーがあって、背の高いスチュワードが立っていて、「ここからはビジネスまたはフアースト・クラスの客室だから、あなたは行けません」と遮った。
われわれは並みのエコノミー・クラスであった。
「ミス・アンナが後で遊びに来いと招いてくれた」と答えると、OKと通してくれた。
更に、前方に進むと、そこには螺旋式の階段があって、初老のおじさんが、さっきと同じように、「そこはクルー・オンリーだから行けません」と制止した。
「だって、ミス・アンナが遊びに来いと誘ってくれたんだもん」と答えると、意外に簡単に通してくれた。
日本の航空会社だったら,果たしてこんな具合に行くだろうか。規則とかきまりを持ち出して阻止されるに相違ない。
それとも、いちスチュワーデスにはそんな権限はないと言うに違いない。規則とか権限を振りかざすくせに,政治家や議員さんなどには融通を利かせっぱなしの日本の社会に比べて、外国の個人主義とでも言ったらいいか、個人の考え、判断を尊重するあり方の一端に触れた思いであった。
そこで、螺旋階段を上がって行くと、そこには十五畳ほどの部屋があって、制服姿のスチュワーデスや、ワイシャツ姿のパイロットたちがくつろいでいた。
アンナがわたしをみんなに紹介してくれた。さっき、話した時に渡した,今度の海外旅行用に作成した英語の名刺を見ながら「こちらはREV(レヴィ)カワカミ(レヴィは牧師の呼称)で、保育園の園長もしている方です」と紹介してくれた。
皮ジャンをまとったわたしは、じぶんが操縦席にまぎれこんだハイジャック犯になったような心地であった。
パイロットの一人が「どれどれ」とわたしの名刺を手にして、しげしげとわたしの顔と名刺を見比べながら「ウエルカム トウ アワー ルーム、サー」と歓迎の意を表してくれた。
そして,自分が呑んでいたウイスキーをわたしに薦めてくれた。ラベルを見ると、、それはバレンタイン十二年という高級ウイスキーであった。
日本のバーでなら、いくら取られるか分らない、今まで口にしたことのないレア物であった。
彼らのスタイルはコップにドボドボとついで、グッとあおる飲み方であって、とても真似ができない。
チビチビとすすりながら見ると、そこには日本人スチュワーデスが三人いた。いずれがあやめか かきつばた。
一人は文庫本を読んでいた。借りて,手にとって見るとそれはカミュの「異邦人」の翻訳本であった。
他の二人は男性のクルーの何人かとカード遊びをしていた。それは、ドボンまたは二十一(
ツエンテイ ワン)と呼ばれるゲームで,日本のカブと良く似たルールである。
みると、チップ札の代りにドル札が賭けられている。(本来は逆で、お札の代りにチップ札を使うのだが)
堂々たるばくち場、賭場である。そういえば、ここは司法の権限の及ばない、「国際的真空地帯」であり、ばくちでキャッシュをやりとりする位、平気の平左である。
しばらく見ていて、わたしもやりたいと申し出ると「牧師さんがばくちをしてもいいんですか」と言う。 「なあに信仰なんて、所詮、ばくちみたいなものですよ。だって、あるかないかわからない神様を、あると信じることから始まるのだから」と言うと。「われわれのレートは高いですよ」と笑いながら仲間に入れてくれた。
「高いたって、キャッシュでやり取りするんだから、金がなくなれば、止めればいいんだろう」と言ってゲームはスタートした。
そのうちに、ブラック・ジャックをやろうと一人が言い出した。これは、スペードのエースとジャックがそろえば最強の役で、掛け金が六十四倍になるというオソロシイ ゲームである。
そこらのマージャンよりもリスクが大きい。六十四倍といえば倍満はおろか親満でも敵わない。仮に、一ドル賭けていても、相手がブラックジャックで勝ちあがれば六十四ドル
支払わねばならない。
要するに、掛け金が最初の額から倍倍ゲームで増えて行くハイ リスク、ハイリターンのゲームである。
わたしにツキがあったのか、それとも博才に恵まれていたのか、小一時間ほどで五十ドルほど稼がせてもらった。
「あんたには神サマがついているから敵わないや」と負けた奴が負け惜しみをいった。
「そうよ、オレには神様という、強よーい味方がついているんだよ」。酔いが回って、そんな軽口をたたうて、わたしは国際無法地帯、すなわち、天国に遊ぶ思いであった。
浦島太郎も竜宮城で楽しく、うかうかと遊び暮らしているうちに、思わぬ歳月を重ねてしまったのやも知れない。
おまけに、ここでは美味しい酒、銀座のクラブのホステスでも敵わないべっぴんさんがいる。
「酒池肉林」とはこのことかと、つい不埒な思いが、快く酔いの回った頭の中をかけめぐる。
正に至福の時、天国に遊ぶおもいであった。
自席にに戻ると、ちょっとした騒動がまき起こっていた。
誰にも言わずに席を外したため、誰かが気がついて、トイレにしては不在の時間が長すぎる。一体、どこに雲隠れしたのかと、ツアーリーダー、添乗員、友人たちの間で、゛行方不明”が案じられていたのであった。
クルーオンリーの部屋に行って、遊んできたと説明しても、容易に分ってもらえない。
おまけに酒のにおいはプンプンするは、いっていることはちんぷんかんぷんでさっぱり、要領を得ない。
無理もない。誰だってジャンボ機の機首のふくらんだ部分にクルーオンリーの部屋があることなど知っているわけがない。
福音書に、イエスの復活を空虚な墓で確かめた女弟子たちが、いくら、「わたしたちは復活の主に出会った」と報告しても、ペテロをはじめ他のイエスの弟子たちは信じなかったと書かれているが、見たことのない、経験したことのないものを信じるなんて、そもそも、無理な話である。
だから、最古、つまり、一番最初に書かれた「マルコによる福音書」にも、イエスの復活のことを聞いた弟子たちは、そのことを信じなかったと書かれている。
それ以来、添乗員は点呼をする際には、最初にわたしの所在を確認することにしたという。
要するにわたしは「迷える羊」であり、挙動不審者扱いになったのである。
自らまいた種とは言え、皆さんにいらぬご心配をかけて申し訳のないこであった。
でも、お蔭で、アンカレッジでのチップ代、のみ代を取り返せた次第であり、まさに「旅は道連れ、世はナサケを地で行った形になった。 謝謝、他謝。

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