開かれた地域主義への移行 上 から続きます。
> このままいけば世界恐慌は避けられないとも思います。
>もうそろそろ気が付いた方が良いのではないでしょうか、世界とのお付き合いも程ほどにした方が無難である事に。
通貨制度が異なるので、「世界恐慌」には陥らずに、「世界同時デフレ不況」に陥ると予測しています。
世界(諸外国)との付き合い方を、日本を含むそれぞれの国(国民)が考え直さなければならない歴史段階にあると思っています。
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>A 日本人が現在ほんとに必要としているのは石油または天然ガスのエネルギー資源とレアメタル等工業原材料と食料だけなのです。
> それを稼ぎ出すのは現在日本にしか生産できない高度工業製品や部品原材料を用いて貿易バーター主義(2国間貿易拮抗主義)でこれらを確保することが可能と考えられるのです。
ドル為替本位制は、実質的に言えば、バーター貿易です。
ドルも、日本円と同じように、価値実体の裏付けを持っていない通貨です。
国際取引におけるドルの継続使用を主張しませんが、価格表示機能及び一般的交換手段としての国際通貨は存在してもいいかなと考えています。
(それをグローバリズムの立場から追求している人もいるようなので、注意しなければなりませんが...)
>C このまま多くの国々が自由貿易により大量生産大量消費を行いつづけた場合、地球の浄化力を超え、生態系は破壊され、人類社会の成り立ちを許さない環境に至る事が懸念されています。
> 事態は徐々に進むのではなく、ある限界点を越えた後急激に進むのであって、その時多くに国々では多くの人口を抱え食料の枯渇や資源の枯渇から侵略的国家間戦争がおこるであろうことが予想されます。
宣伝広告活動もさることながら、労働形態や価値観が、人々を大量消費に駆り立てている側面があると考えています。
生存を確保するために必須である労働が好ましいものではないために、限られた自由の時間と空間では、精一杯憂さを晴らしたいという思いもあるのではと..
自然現象は、「事態は徐々に進むのではなく、ある限界点を越えた後急激に進む」という見方をしていますので、指摘されている事態も憂慮しています。
(この意味では、早く経済的なドツボにはまるほうがいいのかもしれません)
社会事象は、主体的に変えていかない限り限界点状況が続いていきます。
>E 本来的には資源・食料に乏しい日本人がその英知と努力とで自立循環社会を形成する事は、全人類にとっての手本であり、各民族生存の希望となるであろう事も明らかなのです。
近代的資源には乏しい日本ですが、食糧については、世界有数の恵まれた条件を持っていると考えています。
数十年後の日本は、食糧輸出国にもなるべきだと思っていますし、なれるとも思っています。
> グローバリストの長期展望に立てば、破壊的な経済変動が起ころうが、世界戦争が起ころうが、それは創造的破壊なのであって、あえて享受すべきものであり、結果それでも人類の歴史は続き、まだまだ近代化に遅れた旧共産圏や第3世界が残されている以上、日本は人類世界の中で積極的な関連性を保つ必要があるとの事でしょう。
グローバリストが合理的な長期展望を持っているとは思っていませんが、ご指摘のような論理を提示しながら事を進めていくとは思っています。
好ましい「定常状態」に移行するためには、グローバリストとは違う考えに基づいて、日本が、旧共産圏や第3世界と積極的な関連性を保つ必要があると思っています。
> 何故なら、地球環境問題、資源問題、宗教問題、人口問題等々立ちふさがるまさにグローバルな問題は各国民国家にとってほとんどが利害がぶつかるものであり、現在の欧米近代合理主義思想では解決不可能と考えられるからです。
そう思います。
> 国家財政が破綻している中で、そのような事はもう不可能であるとの意見が聞こえますが、全世界の金融システムが崩壊するような状況になったときにチャンスがあると私は考えるのです。
> つまり、金融システムが崩壊し対外資産が無に帰した時、国家権力はその存在意義を真に発揮するはずである。しなければならないと思うのです。
実に残念で、バカバカしいことですが、破綻が現実化しなければ、次を切り開くことができないと十中七八思っています。
食糧自給派ですし、将来的には自然条件に恵まれない地域に食糧を輸出すべきだと考えていますので、農業育成政策に大賛成です。
以前、書き込んだ『
ささやかながら少しはましな経済状況を』でも、最初に失業対策としての農業育成政策を提示しました。
> また、日本全体は国内経済のみで循環継続する真の構造改革が起こると思います。
最初の方で書いた「地域」は、できるだけ自己完結的に循環できる構造になるべきものだと考えています。
>最後に単純な感想で恐縮なのですが、「栄誉ある孤立主義」と「開かれた地域主義」とは相関合同部分が多々あるように思うのですが。如何でしょうか。
表現の違いや到達過程の違いなどを除けば、相関合同部分が多いと思っています。
また、多くの人も、「栄誉ある孤立主義」や「開かれた地域主義」をユートピアだと受け止めるとしても、具体的な内容としては好ましい現実だと判断すると思っています。
ただただ、現実の“重圧”のなかで、それを実現可能だと判断し、実現方法を体系化できていないのだと思っています。
匠の技や技術と同じで、願うことは端緒として重要ですが、願うだけでは実現できません。理に叶った手順を予め設定しなければなりません。
そろそろその作業に取りかかなければならない歴史段階に到達していると思っています。
7/9/4

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