晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

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西洋文明の常識

西洋文明の常識 序 章
目次 第一章 資本主義の常識
どうしてこれほど豊かなのか
資本主義の弱者は悲惨である
資本主義で搾取する手口
日本も搾取されていた
西洋文明とつき合うための第一歩
モラルとビジネスの関係
西洋文明に潜む排他性の意味
資本主義と社会主義のウソ
国益はだれのためにある
資本主義にしかけられた罠
第二章 民主主義の常識
民主主義のバランス
多数決が作り出した湾岸戦争
粉砕された西アジア文明の結束
自由と平等の後始末はだれがする
家庭を守らなかったツケ
搾取を隠す巧みなトリック
民主主義と同居していた人種差別
西洋文明とアジア文明の支配者
欧米型民主主義のはじまり
民主主義に潜む恐ろしい欠陥
民主主義は万能薬ではない
第三章 西洋文明史の常識
西洋文明の歴史はここからはじまる
キリスト教徒の常識
教会から解放された文明
モラルと宗教の関係
西洋文明が世界進出できたわけ
奴隷貿易で儲けた大英帝国
ほとんどの植民地が味わった悲劇
資本主義が確立した理由
西洋文明と東アジア文明の違い
第四章 西洋文化の常識
暴走を止めるブレーキ
自然との共存を選んだ日本
自然を忘れた文明
精神文化を軽視した文明
西洋文明の無責任な押しつけ
西洋文明を支える科学の実態
モラルを捨てて科学は暴走した
負の遺産と文明の変化
医学と倫理と金儲け
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投稿者:早雲
東西南北さま、こんばんは。

>死を考えるということは、子孫のためにどう生きるかという問いに他ならない。

そんな生き方も有ると思います。
しかし、私は客観的で普遍的な生きる目的が有るとは考えていません。


「人間」は何のために存在しているんだ?のシリーズ記事

「人間」が存在する意味や目的の有無
http://sun.ap.teacup.com/souun/1075.html
意味や目的が付与された対象
http://sun.ap.teacup.com/souun/1076.html
超越的な目的と現実的な目的の接合点
http://sun.ap.teacup.com/souun/1077.html
より良き感応をめざしたものとしての歴史
http://sun.ap.teacup.com/souun/1078.html

をご参考いただければ幸いです。
投稿者:東西南北
生物は必ず死ぬ。ゆえに、生物は死ぬために生まれてきたという考え方がある。が、この考え方は、生きるという生命の本質を否定する考え方で誤っている。生物は生きている物だから、生物であり、死んだ物であれば、それは物体であるからだ。

 人は人らしく生きることが自然であり、サルはサルらしく、ミジンコはミジンコらしく生きるのである。では、人が人らしく生きるというのはどう生きることだろうか?人が人らしく死ぬということは、人らしく生きるということである。つまり、人らしく死ぬというのは寿命の限り生き抜いた結果、ある日、突然、永眠することになる。その先に何があるか?それは地球上に子孫が人らしく生きているということである。死を考えるということは、子孫のためにどう生きるかという問いに他ならない。
 
人は人らしく、人間らしく生きるということが揺るがない真実である以上、自殺、殺人、戦争、死刑、餓死、病死、事故死、環境破壊などが「不幸」であり、「不自由」であることが客観的で明確な価値基準となります。

 人間らしく、人らしく子孫のために生きるということは、少なくとも環境を保護しながら、自殺、殺人、戦争、死刑、餓死、病死、事故死などを根絶していく努力をしていくことになります。それは宗教活動であったり、音楽活動であったり、地域のボランティアであったり、労働運動、市民運動であったりしますが、そのような善意の努力の集中点が国家権力の民主化であり、人間の幸福追求になります。


http://blog.goo.ne.jp/urmt/d/20061107
投稿者:早雲
ナルトさま、こんばんは。
おひさしぶりです。
まだ続きますので、よろしければご覧ください。
投稿者:ナルト
早雲さま、こんにちは。ご無沙汰しております。

「死ぬまでは死を蓋然性だと思い・・・」の部分、よく分かりますね。
人間は究極的には「老衰」で死ぬのですが、病気とか、事故とかで死ぬほうが多い。その病気とか事故を経験したことがなければ、年をとったとしてもなかなか「死は必然」と認識できないでしょうね。
もともと「死を体感する」ことは生者には不可能で老人といえども未経験者ですから、当然なのかもしれません。
あとは、「死」の捉え方でしょうね。「終わり」ととるか「変容」ととるか。あるいは、「消滅」ととるか「次の転生への一歩」ととるかなど。(←これらは私見です)
一般論として、安楽死を絡めて生き死にをどう論じられるのか、続きを楽しみにしております。

http://dnalt.iza.ne.jp/blog/

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