原題 The Return of Depression Economics
ポール・クルーグマン著 小宮山亮磨訳
為替レートを守らなくてもいい(訳注:為替レートを一定水準に維持しなくていい、という意味)国は、不景気をやっつけるためには、金利を必要なだけただ下げればいい。(訳注1)ゼロにまでだって下げられる。でも、もし金利ゼロでもまだ足りないとしたら? ゼロになってもまだ、消費者が貯蓄したいぶんとおなじだけの投資がされなかったら? これが恐怖の「流動性トラップ」というやつで、こうなったが最後、金融政策なんて「糸を押す」(訳注2)ようなものになってしまうんだ。お金の貸し借りをかんたんにして経済を拡大させようとしても効き目なし。銀行も消費者も、リスキーで流動性が低い債権やら株なんかに投資するよりは、安全を――つまり流動性の高い現金を手元においとくほうを選ぶからだ。(訳注3)
まずはじめは1930年代に、アメリカとイギリスの経済が流動性トラップにはまっちゃったみたい。アメリカの短期国債の平均金利は、1939年にはたった0.023%だったんだ。でも第二次大戦後に何人かの経済学者――有名なのはミルトン・フリードマンとアンナ・シュワーツってあたりだけど――がいうには、当局がもっとしっかりやりさえしていたら、1930年代にもやっぱり金融政策は有効だったはずなんだと。またある人は、流動性トラップなんてものがそもそも原理的にありうるのかどうかってことを疑問にしてる。どんなケースでも、ものごとは歴史的な興味の対象としてしか(訳注:つまり他人ごととしてしか)見てもらえないみたいだね。1990年の時点では、流動性トラップなんて起こったことはないし、これからも起こらないだろう、というのが一般的な見解だった。
さてそこで日本の出番だ。「バブル経済」が1991年に弾けたあと、日本の金融当局はバブルがまたふくらむのを恐れてたもんで、はじめ金利を下げるのに消極的だった。でも、1996年このかた短期金利は1%をはるかに下回っているし、いまでは0.25%までずり落ちちゃってる。こんな極端に低い金利でも、不況へ向けての滑降はとめられないし、日本経済が1992年以来くるしんでる景気低迷をひっくり返すなんて、お話にもならないくらい。最後に残った小数点以下いくらかの金利をけずりおとしてゼロにすれば、何か大きなちがいがあるはずだ、なんて考えてる経済学者はほとんどいないんだから、日本はほんとに古典的なトラップにはまっているんだよ。こうなると金利ゼロでもまだ足りなくなっちゃうわけだ。
日本の経験からわかるのは、発展した近代経済も流動性トラップにはまりうるってことだけじゃない。財政政策によって経済をこのトラップから救い出せるなんて、お気軽な憶測で甘いにもほどがあるってことも、日本の経験は示してるのだ。断固たる行動をとらなかったから悪かったんだとかいって、日本の指導者を罵倒する人もいるかもしれない。でも似たような過ちがアメリカやヨーロッパで犯されたって、ぜんぜん不思議じゃないんだよ。
1930年代の亡霊(訳注4)がまたも地上をうろついてるってのがほんとだとしても、なぜ今、こんなに長い年月を隔てて? ってのがすごい疑問だよね。これに対しては、自由市場での当たり前のルールに従わなかったツケを払ってる国があるんだ、というのが標準的なお答えだ。とくにアジア経済は、なれあい資本主義(訳注5)という罪に対する罰をうけている。で、トラブルに見舞われた国はみんな、その危機のおかげで政策がひとたびスポットライトを浴びたことで、それまででっかいまちがいをやらかしてたことが白日の下にさらされちゃうんだというわけ。たとえば銀行にはリスキーな経営をチェックもせずに許しつつ、一方では絶対的な政府支援を約束したし、企業にはとんでもない額の借金を奨励した、などなどのまちがいね。
でも、経済はその弱点のせいでひどい目に遭ってるんだという考え方は、つきつめていくと少なくとも2つの点で怪しいんだよ。ひとつには、罰の当たり方のスケールが罪の大きさとぜんぜん釣り合わないように思えるんだ。投資判断のヘマが、単なる成長の減速につながるだけじゃなくて、どうして生産と雇用の大崩壊まで引き起こしちゃうのかな? それに、もし悪いのは国なんだとしたら、そいつらのうちあんなに多くの国が同じときに一斉にトラブったのは、いったいどうしてなんだ?
ここではたとえ話がわかりやすいと思う。道路のある区間で、ここ最近で異常な数の事故が起きたとしてみよう。とくに注意すべき問題は、あたりまえだけど事故にあった当人たちだ。ほとんどのケースでは、事故の被害者自身にもまずかった点があるってことがわかる。酒を飲み過ぎてたとか、タイヤがすり減ってたとか、いろいろ。事故を調べた人は、悪いのは道路じゃなくて運転手だと、こうして結論づけてしまう。
この結論のどこがおかしいんだろう? そう、これは二重にまちがってるんだ。まず第一に、どんな車にだって運転手にだって、しつこく調べ上げれば欠陥のひとつやふたつ、だいたい見つかるはずでしょ。この被害者には平均より明らかに欠陥が多い、なんてこと言えるのかな? 第二に、ふつうの運転手よりちっとはダメなところがあったにせよ、彼らのうちそんなに多くの人たちが、ほかのどこでもなくここで事故ったというからには、悪いのはまあ道路だろってことになるはず。これと全く同じことよ。
つまりこういうこと:苦難つづきのアジア経済は政治的・制度的な欠陥をいくつも抱えてるんだってことが明らかになってきたのだけれど、でももしアメリカかヨーロッパが来年か再来年にでもトラブルにぶつかったとしたら、アナリストたちは過去を振り返って、西洋の価値観とか制度のことだって同じようにこき下ろすに決まってるってことね。しかも1990年代のアジアの金融政策が、その前の10年間よりどこか悪くなったなんてことは、ほとんどない。それなら、なぜそんなに最近に、そんなにひどい状況になっちゃったの?
答えはこう。世界が今みたくトラブルに弱くなった原因は、経済政策が改革されなかったことじゃない。それどころか、改革が行われたのが原因なんだよ。世界中の国々は、大恐慌以後の欠陥だらけの体制がイヤになって、大恐慌以前の自由市場資本主義の恩恵にあずかれるような体制にふたたび舞いもどったわけだ。でも、時代遅れの資本主義の恩恵を持ち帰ろうとすれば、その欠陥だって持ち帰ることになる。なかでもいちばん気をつけるべきは次のふたつで、不安定な状態に陥りやすくなる、それから不況が長続きしやすくなるっていう欠陥だ。
ここではとくに4種類の政策改革について考えてみよう。まずはじめは、国際取引の自由化についてだ。1930年代と40年代には、オーストリアなんかの経験をふまえたことで、国際資本移動を抑えようという動きがほとんど全世界中に広まった。多くは為替管理体制の一部としてね。もともとのブレトン・ウッズ体制は、投機筋からの攻撃に備えた為替レートの固定化を防ごうとする管理のやりかたに、実は完璧に依存していた。でも時がたって、為替管理なんてただうっとうしいどころか、インセンティブはゆがめるわ腐敗は呼ぶわ、もう諸悪の根元だってことがわかってきた。それでまずは先進国、つづいて途上国の多くが、完全通貨交換制と自由資本移動の方へ向かってつきすすむことになったわけだ。でもそうすることでそいつらは、投機屋の攻撃という不安定要因に対しては、またしても弱くなっちゃったのね。
ふたつめは、国内金融市場の自由化について。1930年代の暗い影のもとにあって、ほとんどの国は厳しい規制としっかりしたバックアップつきの銀行制度をしいていた。こういう制度は安全ではあっても効率が悪くなりがちで、預金者にはちょっとのもうけしか出さないし、あずかった金を効率よく運用するのもすごく下手だった。時がたって規制がゆるめられると、金融システムは前よりずっと競争的で効率的になった。でもそれと同時に、1997年秋にアメリカ経済を脱線させたのと似たような金融パニックが起こる可能性も復活しちゃった、というわけ。
みっつめは、物価安定の立て直し策。ほとんどの国は戦後に実質的なインフレを経験していて、1970年代と80年代はじめには物価の大爆発が世界規模で起きた。このインフレは抑える必要があって、事実そうなった。おかげで今ほとんどの国では物価はびっくりするくらい安定してるし、今後も物価安定を維持し続けるだろうという信用も固まってる。でも、インフレには実はいくつか思わぬメリットがあるということがわかってきた。ひとつには、たとえば国内にでっかい負債を抱えてる国は、インフレをつかってその額をなんとかなる程度にまで、かんたんに目減りさせられるってことがある。(訳注6)ひどい不動産貸し付けを抱えてた1970年代の日本がやったみたいにね。そしてもっと大事なのが、不景気退治のために金利を下げるようなとき、インフレ率5%で金利8%の国は、物価が安定してて金利が3%の国よりも、ずっと余裕があるってこと。いいかえれば、もし1980年代に物価安定のためにあれほどクソ真面目にがんばってなかったとしたら、先進国は流動性トラップに対してもっとずっと強かっただろうってことなんだ。
最後に、財政秩序の再建策がある。1970年代と80年代には、巨額の赤字予算を組んでる国がいっぱいあった。結果として、財政の責任をちゃんと果たそうという大きな動きが1990年代に起きてきた。ヨーロッパでは、はじめはマーストリヒト条約によって、いまはEMU成立以後の「安定協定」によって、赤字支出が切りつめられることになったし、アメリカじゃとうとう赤字予算が消えてなくなるところまでいっている。でも不況のおかげで赤字支出にはまりこんだ日本は、来た道を戻ってバランスを回復しようとやれるだけ努力して――それで経済を不況のほうへ押しもどす結果になっちゃったんだな。(訳注7)
要するに、大恐慌経済がいまになって帰ってきたのは、政府が正しいことをやらなかったからじゃなくて、正しいことをやったからだ、というのが本当のところなの。罰されることなき善行はなし、ってのは真理だよね。
そうなってくると、資本のコントロールだとかインフレだとかの問題に対する責任者の態度には、なんだか変な矛盾がでてくる。1997年にアジア経済危機が起きる以前、途上国の全部が資本勘定を自由化できるわけじゃなかったのは、ほとんど誰にとってもうれしいことなんだ。とくに中国なんて、ツイてるよな、非兌換性の資本勘定がいまだにあるんだから(訳注8)。でも、マレーシア式に資本流動制限に戻る(訳注9)のは、おっかないことだと思われてる。これと同じで、アメリカにあるのは2%のインフレと5%の金利であって、安定した物価と3%の金利じゃないってことを知ってれば、みんなは夢見が良くなるわけ。けれど、日本がインフレ率3%とか4%を目標にしてがんばるべきだなんて、やっぱりとんでもないお話。言葉をかえれば、そこにいるのはいいけど、そこを目指しちゃダメ、なんだってさ。(訳注10)
それでも、こういう結論を避けて通るのはむずかしい。遅かれ早かれぼくらは時計の針を、少なくとも途中までは戻さなくちゃならなくなるだろうってこと。たとえば、通貨統合と自由変動相場制通貨のどちらにも適さない国への資本の流れを制限したりとか、金融市場にあるていどまで規制をかけ直したりとか、物価の安定よりも低いけど低すぎないインフレ率のほうを目指したりとか。ぼくらは大恐慌経済の教訓の前に頭を垂れなきゃいけない。そうすれば、辛い道をまた歩まなくちゃならなくなるような目には、もう遭わないですむはずだから。 ポール・クルーグマン著 小宮山亮磨訳 からの転載です。
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