「昭和天皇は、顔は日本人であったが、精神的には西洋近代主義者だった?」
天皇と近代日本
ジャックどんどんさん:
2・26事件の若手将校たちが忠誠を誓って、信頼していた天皇陛下が実は、顔は日本人でありながら、精神的には西洋近代主義者だった(これは、あっしらさんから、以前指摘していただいた近代ロシアと共通するところがあるのかも)。
戦前の皇室財産の運用を国際金融資本に任せていたのだから、反乱将校たちの苦悩を理解できるはずがありません。したっがって、天皇陛下には、全く責任がなく、戦争中に天皇や国家のためにと思いで、死んだ人々は、実は国際金融資本のために戦って死んだ、犬死ということになります。
以上のことは、力作『神々の軍隊』(著者は思い出せません)を読み、目からうろこ状態になりました。
これは、あくまで自分のコロニーを維持するために、女王アリのためにがんばっていたのに、実は、その女王が社会寄生されて、別種の女王と入れ替わっていたという、社会寄生されたサムライアリとクロヤマアリそっくりで、悲惨さを通りこして笑うしかありません。
やはり、国際金融資本の闇は深く、それは天皇制さえも寄生したということでしょうか。
これでは、戦争に勝てるわけがありません。
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Re: 昭和天皇は、顔は日本人であったが、精神的には西洋近代主義者だった?『神々の軍隊〜三島由紀夫と国際金融資本の闇』(三五館)より投稿者 リーマン 日時 2003 年 6 月 19 日
アリについてのご説明興味深く拝見させていただきました。
ところで、天皇家の財産にも海外の金融機関が手を突っ込んでいたのか、という問題ですが、答えはイエスだと思いますよ。
明治維新後、これからどのような国づくりをしていったらよいのか、という問題に関して実は明治維新を実行した人々はほとんどその問に応える能力を持っておらず、具体的なプランを作ったのは実はイギリス人だったと思っています。
そして明治維新から日露戦争までの間に日本人が歩んだ道は「日本人自らが選び取った道だ」と日本人自身に思わせておいて、実はイギリス人が書いたシナリオいわば「日本間接支配30年計画書」のようなものに沿ってレールを歩かされたものだったとも思っています。
一部の日本人の方には受け入れがたい事実かもしれませんが、少なくともイギリス人の一定以上の知識階級の人間で知日派の人々にとっては、いわば常識に属するものだと思います。
もちろん、イギリス人に何気なく上記の内容を「本当ですか?」と質問しても、なかなか答えてくれないでしょう。
彼らは、日本人は誇り高い(別の言い方をすれば面子にこだわる)人間だと知っていますので、あえてその面子に傷をつけて寝た子をおこすようなことはなかなかしゃべってはくれないと思います。
ここであえてイギリス人の正直な回答を嫌味に表現すれば、以下のような説明になろうかと思います。
「我々イギリス人は、極東の未開の種族である日本人に対し、極めて少ないコストをかけるだけで、我々にとって実に有益な人工国家を作り出すことに成功した、と評価できるであろう。
従来の支配者であった高級騎士階級を打倒すべく、地方の低級騎士階級のグループを我々のAgentとして育成し、既存支配体制を転覆させる革命に成功した。
その後、同国の民度に合わせる形で神格的な要素を強調した「天皇制」というものの導入を我々はAgentに提案し、この制度は以外なほどスムーズに定着した。
その後、時をおかず朝鮮と台湾を彼らに与え、来るべき対ロシア戦に備えさせた。
このような30年にわたる各種の準備を経て行われた日露戦争は、戦争期間中の我々の最大限の助力があったとはいえ、日本人が他のアジア人とはいくぶん異なった資質を持ち合わせていたこと等の事情もあり、我々の期待に良く応え、ロシアの極東での動きを首尾よく食い止めることに成功したのである。」
「但し、その後の日本は、我々大英帝国の極東における力が衰えたこともあって「上手にコントロールする」ことが出来なかった。
それは、有望な未開の土人を見出し、育てる事には成功したものの、思いもかけずに育ちすぎてしまった結果、我々の作った檻から出てしまったフランケンシュタインのようなものにしてしまった。
その後我々は、日本に対する支配権をアメリカに譲ることとなったが、現在までのところ、アメリカ人たちは、我々のアイデアであった「天皇制」をうまく引き継ぎ、良く飼いならし、突然檻から逃げようとするようなことも起こさせず、我々の日本人管理に関する過ちから多くのことを学び、総じて上手に管理できていると評価しても良いと思う。
イギリス人支配階級たちがLondonのMayfairあたりの閉鎖的なClubで上記のような会話を交わしていた(いる)であろうことは間違いのないところです。
ここでの問題は、上記内容が事実か、といった捉え方ではなく、イギリス人自身が極東史を理解する際は、上記のような枠組みで理解することが常識となっている、彼らの世界観からはそのように見えているということなのです。(そして世界の知識人たちの常識としても)
別に、上記のような考えを受け入れろ、といっているのではありません。しかし「支配者は被支配者が、真実を受けれようとしない態度を喜ぶ。」「真実は太陽のように被支配者の眼前にさんさんと輝いている。しかしさんさんと輝いていればこそ、人々はその真実から目をそらせようとするものだ。」といった類の言葉の意味・有効性をイギリス人は確認してきたのだと思います。
「インディージョーンズ魔宮の伝説」という映画がありましたが、イギリス人にとって日本の天皇制をあの映画にたとえると、臣民が恐れおののいてひれ伏している偶像(シバ神?)が天皇にあたり、そのシバ神と臣民の仲介としての神官役を担うのが、明治維新の元勲たち、ということになるのです。
では、イギリス人たちはどこにいるの?ということになりますが、彼らは、さらにその神官たちの後ろに隠れ、神官たちを操ることによって臣民達が掘り出した宝物の上前をはねる役割を担っている、ということになります。
無礼な!と思われるかもしれませんが、近代イギリス人から日本をみたらそう見えている、ということです。(何が正しいのか、という議論ではありません)
天皇家が具体的に海外金融家にお世話になっていたという証拠を見せてみろ、といわれると実は、何もないのですが、明治という国家の成り立ちから考えて「全くそのようなことはありえる。なかったとしたら不思議なくらいだ。」ということになります。
あえて挙げるとすれば、明治の大蔵省の基礎を作った松方正義とその後の松方家はこれらのことにかなり深く関わっていただろう、と想像するくらいです。
(松方の作った銀行は宮家ごひいきの銀行だから絶対つぶれないだろうと思っていたら、金融恐慌時に案外簡単につぶれてしまったという事実や、松方家の娘が、戦後日本の支配権がイギリスからアメリカに移ッたことを受けて、アメリカの日本支配の大ボスであったライシャワーに嫁いだということ等の背景を調べれば、何かわかるのではないかと思います。
蛇足ですが、戦後アメリカから返還された宮家等の皇室財産等を基礎に作られた銀行が長銀です。長銀は戦後のゴタゴタが一段落した昭和27年頃設立されました。)
その他これに類する関連事項でいえば、日銀の株主構成や東京証券取引所(どちらも渋沢栄一が関与)の会員権の成り立ちや構成を調べて見れば、何かわかるのではないか、と思います。
ジャックどんどんさん:
『そんなことは知識人の間では常識だ』ということばを待っていました。やはり、当たり前のことなんですな。
小生が、それまで抱いていたイギリス及びイギリス人のイメージを覆されたのは、会田雄二さんの『アーロン収容所』でした。時々、テレビに出演されたりして、歯に衣を着せぬ毒舌ぶりで独自の歴史観を展開されていたので気にとめていました。エッセイでもアングロサクソン(ワスプ)の真の支配階級の閉鎖性、老獪さ、狡猾さについても、ずいぶん指摘されておりました。
いかんせん、会田さん自身の専門がイタリアルネッサンス思想だったので、欧米アングロサクソンの大奥まではたどり着けなかったようですが、洞察力は鋭く、亡くなる直前には、だれか『ローズ奨学生』について調べてくれる奴はいないかな。どうも、世界支配の大奥につながっている臭いがするのだが。というような言葉を最後の著書で残されていたのを覚えています。
英国の支配者たちが、ロンドンのメイフェアあたりのクラブ(当然秘密クラブなのでしょう)でリーマンさんが、指摘されたような長期支配プランを話し合っていても、なんら不思議はない。ということですが、そのようなことが、一般の日本人には全く信じられないのであります。英国の一流の紳士たちが、そんな邪悪なことをするはずがない、というのが日本の主流でしょう。しかも、敬虔なキリスト教徒という仮面を被っているのだから、なおさらです。
最初に出した『アーロン収容所』を読んだのは、たしか、高校のころだったとおもいます。この本では、長年の植民地支配のノウハウに習熟した英軍将校たちのふるまいを冷静な観察をもとに分析しています。イギリス人って、そんなとんでもない邪悪な側面があるのかと感心してしまった記憶があります。
一世紀前に、英国の作家チェスタトンが当時のボーア戦争や、その他の戦争・紛争に資金提供している奴らのことを、エッセイで書いておりました。その国際金融家の連中は、敵と味方の両方に資金提供して争わせる。奴らの中で多いのが、クエーカー教徒であると、指摘しています。すべての国際金融家が、クエーカー教徒でないのはもちろんですし、クエーカー教徒がすべて邪悪な奴らばかりというわけではありません。ちなみに、終戦直後、皇室に入ってきたのが、クエーカー教徒だったと思いますが、このあたりも、何やら怪しさを感じます。
イギリスの知識人が考えるような長期支配戦略に対抗して、日本人のなかでそれに対抗する戦略か可能なのかを考えると絶望的になりますが、突破口はあるのだと思いたいですね。あっしらさんは、『開かれた地域共同体の連関』にその可能性があるらしいのですが、そこにたどりつくまでの具体的なプランはわかりません。
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参考:
●また濱田政彦氏は、その後に出した『神々の軍隊』(三五館)の中で、もっと詳しく次のように述べている。
「日本の場合と同じくドイツの場合も、まず中小財閥がヒトラーとナチスを援助して育て上げ、その後ナチスの勢いに目を付けた大金融資本家が、相乗りしてヒトラーを煽り、東西対立ショーの役者に仕立て上げたのである。だがヒトラーの本質を全く理解していなかった彼らは、手下であるはずのヒトラーが、力をつけたとたん、自分たちに牙を向いてきたことに愕然とした。ヒトラーの裏切りがわかったらあとは早い。皆でヒトラーを包囲してよってたかって潰すだけである。」
「……ともすると我々は国際金融資本を、一致団結した一つの集団として認識しがちだが、ヒトラーを取り巻く投資家グループを見てもわかるように、彼らは常に『誰に投資すれば一番儲かるのか?』という貨幣投資の能率を基準にして動いており、その先物投資の理論からすれば、投資先の政治信条や思想信念は二次的なものでしかないのである。早い話、儲けのためなら敵にすら投資するのだ。
“彼ら”の徹底した儲け主義の現れを象徴する一例をあげれば、次のような実例がある。ナチス・ドイツの金庫番・蔵相シャハトが、ロンドンの金融中心地シティにおいてロスチャイルド財閥をはじめとするユダヤ系銀行家たちに、ドイツ国内のユダヤ人を引き取るように取引を持ちかけたところ、この銀行家たちは一般ユダヤ人に課せられたドイツ出国税が高すぎると言って、これを値切り始めた。結局、交渉は決裂し、このために国外に脱出できなくなった数百万のユダヤ人が、強制収容所で殺される運命となったのであるが、こうした出来事は『貨幣』の前には自民族や国家の理念などどうでもいい、という彼らの本質がよく現れているように思われる。
ヨーロッパ情勢は、ナチス・ドイツに加担する金融グループと、英米の反ナチス陣営に与する金融グループの間で起きた、戦争を伴った通貨競争(マネーゲーム)の投影であった。この両者は、それぞれ敵国内に支店を持ち、平時には国際金融市場で共存していたために、これら両グループの支援と指示を受けている各国の政府は、『こちらに協力しろ!』というふうに両陣営から圧力を受け、板挟みの中で身動きできなくなってしまったのである。
2つの椅子を前に迷ってしまった各国の政府は、初期のヒトラーの行動については目をつむり、どっちつかずの傍観する姿勢をとるという、いわば2つの椅子に腰掛ける態度をとることにしたのであるが、結果としてこれが『ヒトラーの奇跡』を生むこととなったのである。かくしていい気になったヒトラーは、勝利への幻想に酔い始め、独ソ戦という無謀な“逸脱”に走っていったのである。
こうしてみると政治的な反ユダヤ主義が、いかに欺瞞に満ちたものであるのかがよくわかる。“彼ら”は親ユダヤ、反ユダヤ、などという政治・宗教・民族的な枠組みとは何の関係もない、無国籍・無定見・無機質な存在で、実体のない記号である『通貨』と同じ存在なのだ。我々が真に問題にすべきは、国境を越え、一国の国政や民族のアイデンティティを大きく飛び越して広がる、顔のないこうした“彼ら”の増殖なのである。」
7/12/1

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