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「産業資本主義」の終焉:「金融資産」という大いなる“幻想”:フロー(所得)とストック(資産)について』の補足的な説明です。
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■ GDPに占める個人消費比率の高さは経済衰退の証
日本経済は、バブル崩壊後の95年からGDP(総支出)に占める個人(家計)消費が60%を超えている。(米国経済は個人消費がGDPの70%も占めている)
末尾に添付している時系列データを参照してもらえばわかるように、60年代の高度成長期に比較すると、GDPに占める個人消費の比率は10%ほど増大している。
米国の個人消費がGDPの70%を占めていることから、それを繁栄や成熟の経済指標と考える向きもあるが、米国の膨大な貿易収支赤字でわかるように、それは衰退した国民経済が示す経済指標と考えるほうが理に適っている。
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「産業資本主義」の終焉:固定資本形成と経済成長の論理:GDPに占める個人消費比率の高さは経済衰退の証投稿者 あっしら 日時 2004 年 7 月 27 日
個人消費の比率が高いということは、人々が現在を生きるために行う活動の比率が高く、将来のための活動の比率は低いということである。
将来をあまり考慮せず、過去の遺産(それまでに形成された固定資本=「人々の恵み」)に頼って今を生きている状態とも言える。
(米国は国際基軸通貨国であり金融利得も大きいからそのような経済構造でもなんとかなっている)
日本でも、個人消費がGDPの60%を占めているのだから個人消費を拡大する政策を採らなければならないという論がけっこう見られる。
確かに、個人消費の量的増加は一つの重要な政策テーマだが、それがGDPに占める個人消費の比率増大を意図するものであったり、赤字財政支出の増加で量的増加をめざすものであれば、日本経済はさらに衰退を続け、国民生活も困窮化していくことになるだろう。
実のところ、GDPに占める個人消費の比率が60%を超える状況は、成熟経済の証というわけではなく、高度成長期以前や高度成長初期の常態だった。
入手できるGDP統計の最初の1955年(昭和30年)から1959年(昭和34年)までのGDPに占める個人消費の比率はずっと60%台である一方、その後、1960年から1994年まではずっと60%を切っていた。
90年代後半から現在に至る日本経済は、まだまだ貧しかった高度成長期初期の経済構造に戻ったとも言えるのである。
1950年代当時の人々は今を生きることに追われ、稼いだお金(所得)も、多くがその時々の生活のために使われ、貯蓄する余裕は小さかった。
多くの人々が生きることに精一杯であれば、道路や公共建物に活動力(お金)をそれほど割くわけにはいかず、余剰のお金(貯蓄)がなければ、企業も、大型の設備投資を行うことができない。
政府も、郵便貯金を活用した財政投融資にとどまり、法的制約もあったが民間資金を奪うことになる国債は発行していなかった。
現在との比較で重要なのは、1950年後半は、TVが徐々に普及していったことからもわかるように、生活の向上を実感できる高い経済成長が続き、人々が将来に明るい希望を抱いていたことである。
それに対して現在は、失業の恐怖とともに所得切り下げと公的負担増大にさらされ、老後の生活の原資である年金までもがどうなるかわからないという不安に苛まれている。
現在が50年代と違って余剰のお金(貯蓄)があると考えるのは誤りである。
バブル崩壊後に急速に積み上がった公的債務はおよそ900兆円に達し、民間部門の純貯蓄を超えている。
仮に今、公的部門と民間部門が一気に債権債務を清算すると債務超過になるはずである。
(もちろん、膨大な対外債権はあるにはあるが、そのほとんどは米国債になっているから売るに売れない)
50年代当時よりも確実に上回っているのは、国民の平均的生活レベルである。
今後はわからないが、現在のところは、50年代の平均的産業労働者世帯の生活よりも、公的生活扶助世帯の生活のほうが“豊か”である。
そのような国民生活を達成した原動力が、産業の設備投資を中心とした固定資本形成なのである。
■ 経済成長の原動力としての固定資本形成
GDPに占める個人消費の比率が増大したということは、企業設備投資・政府固定資本形成・民間住宅投資といった固定資本形成の支出比率が下がったことを意味する。
90年代に語られ始めた「フロー経済からストック経済へ」という謳い文句とは逆に、実際の日本の経済構造は、「フロー経済」(今のための経済活動)の様相をさらに強くしているのである。
固定資本形成がGDPの30%を超えていた高度成長期後期から70年代にかけての期間こそが「ストック経済」だったのである。
(バブル期もそれに近いものだったが、“幻想”で後にとんでもないツケを回す「ストック経済」でしかなかった。最近のGDP固定資本形成関連支出は、政府固定資本形成の比率が低下したことが主要因で25%程度である)
固定資本形成がGDPの30%を占めていたということは、民間部門就業者のうち30%は「将来のために働き」、残りの70%が、30%の将来のために働く人たちの分を含めて「現在のために働く」という経済構造だったことを意味する。
もちろん、そのような自覚のもとでそのような経済構造になったわけではなく、与件のもとで利益を増加させたい企業と国民経済を成長させたい政府の動きが一体となってそのような経済構造をつくった。
固定資本形成は、大まかに設備投資・公共投資・住宅投資に分類することができる。
(設備投資のなかには店舗やオフィス&商業ビルも含まれている)
固定資本を経済論理的に区分すると、機械装置など財の生産性を上昇させるもの・道路や港湾など財の輸送の生産性を上昇させるもの・賃貸ビルや店舗など用益を通じてフロー所得増加に資するもの・持ち家など長期間の用益に資するだけのものに分けることができる。
製造業であれば、機械装置は生産性を上昇させるものだが、工場の建物やオフィスビルは、直接生産性を上昇させるわけではなく長期間にわたって用益を果たすものである。
道路・橋梁・港湾施設・空港施設・公共建物が中心の公共投資(政府固定資本形成)は、財の輸送の生産性を上昇させて産業活動に貢献するものも多いが、それ自体が収益を生むものは少ない。
住宅投資は、賃貸物件ならフロー所得を生むが、持ち家は長期間にわたって用益を果たすだけのものである。
機械装置や道路などの輸送関連施設は、財の生産性を上昇させ物価水準を下落させる固定資本で、他の固定資本は、経済活動を容易にしたり、生活の利便性を高めたり、心地よさを高めたり(自然環境を破壊したりも)するものである。
フロー所得の増加がなければ費用や債務が増加するだけで収益を生まない固定資本に投資する余裕は生まれないから、財の生産性を上昇させる機械装置や交通体系がフロー所得の増加につながっていったことが、収益を生む固定資本形成や用益を長期間教授するだけの固定資本形成を支えたと言える。
機械装置の拡充や交通体系の整備による財の生産性上昇が他の活動に従事できる人の割合を増やす条件を生み出し、他の固定資本を形成する“余裕”をもたらすと考えるとわかりやすいだろう。
他の固定資本形成は、その“余裕”の見返りとして、財の生産性上昇で生じるデフレ圧力を緩和する重大な経済的働きを持っている。
1970年のGDP(総支出)構造を基に、固定資本形成が経済に与える影響を考えてみたい。(1970年:設備投資20.8%:政府固定資本8.2%:住宅投資6.4%:民間消費52.4%)
このデータをざっぱくに要約すると、日本経済の活動力の35%が固定資本資本形成に動員されていたと考えることができる。
消費を抑えて固定資本形成に活動力を振り向けたとも言えるが、国民生活は確実に向上していたので、消費を我慢して固定資本形成に励んだとは言えない。
正しくは、実質経済成長率9%といった高度成長の動因が、固定資本形成にあったということである。
固定資本形成は、直接的には建設業や機械メーカーに支出されるが、鉄鋼・セメント・化学樹脂・輸送業・輸送機器(自動車)メーカー・建設機械メーカー・エネルギー供給業など幅広い産業連関で経済活動に影響を与える。
(土地所有者は土地と通貨の交換なので除外する。固定資本形成は、輸入原材料を除くあらゆる必要な財の生産に関わる人たちに、その時々の消費財を購入するための所得をもたらす)
固定資本形成の原資は、企業の設備投資であれば企業内部留保や借り入れであり、政府部門であれば税金や政府債務であり、住宅投資であれば借り入れ・預貯金・企業内部留保である。
借り入れや政府債務(国債発行)の原資は、企業の内部留保を含めた預貯金である。
端的に言えば、税金以外は可処分所得から消費に使われずに貯蓄に回ったお金が固定資本形成の原資である。
もしも、貯蓄がタンスや銀行の金庫にしまわれたままで固定資本形成に使われなければ、その分民間消費需要が減少し、デフレ圧力にさらされることになる。
(道路や港湾は政府など公的部門によって資本形成がなされるので、民間経済主体は、デフレに伴う設備投資のリスクを負うことはない。その一方で、公的部門が債務で資本形成を行っていれば、公的部門がデフレに伴う債務負担の重みにあえぐことになる)
固定資本形成に携わる人たちは、消費財を増やす生産活動には関わらない一方で、固定資本形成活動で得たフロー所得で消費財は買い求めるから、デフレ圧力を解消する役割を担う。
(インフレになるのは、銀行が「信用創造」で貯蓄以上の貸し出しを行ったり、政府部門が赤字財政支出を行ったり、貿易収支の黒字分が日本円に転換されて使われるからである)
銀行が使われないお金(貯蓄)を固定資本形成のために貯蓄額の増加を超えて貸し出しを増加させたり、大蔵省が郵便貯金や簡易保険たり使うことで、日本経済は名目・実質ともに高い経済成長を続けたのである。
貯蓄とはその時点での消費の断念だから、生活に少しは余裕が出てこないと貯蓄は行われない。
しかし、将来に備えるための行為であるとしても、貯蓄は、活動力のある割合を“ムダ”にすることである。
それは、消費財の生産活動に従事している人のことを考えればわかる。
100単位の消費財を生産して所得を得たのに、70単位しか消費しなければ、30単位は消費されないまま“ムダ”になる。
(税金などで10単位は公的部門の人たちが消費するとしても、貯蓄に回した20単位は“ムダ”になる)
しかし、貯蓄率が30%と言われていた時代も、消費財が大量に捨てられたという話はないから、生産された消費財はほとんどちゃんと消費されていた。
消費財の生産に従事した人たちの貯蓄は、生活環境や将来のための固定資本形成に使われ、貯蓄によって“ムダ”になる可能性があった消費財は、固定資本形成活動に従事した人たちの所得によって買われたのである。
この問題は、貨幣そのもの意味や公的債務=財政に関わる経済論理でもあるので、後に別途説明させていただく予定である。
ここでは、個々の家計や経済主体は余裕のお金を貯蓄しているつもりであっても、国民経済的には“使われてしまっている”ということを記憶にとどめていただければ幸いである。
8/2/2

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