「購買力平価を大きく超える「円高」になっている理由:“円高恐怖症”自体がその一因」
産業主義近代の終焉
『
外国為替レートの変動論理:変動相場制における生産性上昇と物価変動』の補足的な説明です。
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日本では“円高恐怖症”が蔓延しているが、日本がとってきた経済政策及び経済行動は、“円高恐怖症”なのに「円高」を誘発するという倒錯したものだった(である)。
■ 変動相場制の為替レート変動論理
変動相場制での為替レートの変動論理は、趨勢的には国民経済相互(たとえば日米)のインフレ率推移の差に規定されるというものである。
(インフレ率の内実は、生産性上昇率と通貨供給増加率の関係)
土地を除く固定資本(ストック)の価額や実質金利もインフレ率に規定されるので、国際基軸通貨国家アメリカという“特殊な国民経済”の存在が変動論理の撹乱要因になっていることを除けば、この論理は現実の長期レート変動にも適合している。
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「産業資本主義」の終焉:購買力平価を大きく超える「円高」になっている理由:“円高恐怖症”自体がその一因投稿者 あっしら 日時 2004 年 8 月 04 日
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※ 参考:相対購買力平価説
相対購買力平価説は、「自由貿易」に基づく「世界一物一価」を前提とした考えである。
日本のインフレ率をπとし、米国のインフレ率をπ'とすれば、
相対購買力平価=基準レート×((1+π)/(1+π'))
のように、「円ドルレート」は変動するというものである。
日本の物価上昇が米国の物価上昇よりも小さければ、ドルに対する円の貨幣価値が相対的に上昇することになる。
1ドル=110円のレートのとき、財の平均価格が、日本は5万円(455ドル)で米国は455ドルだったとする。
数年後、財の平均価格は、日本で6万円、米国で500ドルになった。
これを上述の式にあてはめると、
110×((1+0.2)/(1+0.1))=120
になり、1ドル=110円だった「円ドルレート」が1ドル=120円にならなければならない。
なぜなら、1ドル=110円のままであれば、日本製の財を購入するより米国製の財を購入したほうが得だから米国から日本への輸出が増加し、日本の貿易収支黒字が縮小するか赤字になることで円のドルに対する需要が増加し(円の価格が下がりドルの価格を上がる)、「円ドルレート」は日米の輸出入が平衡する価格(120円)に収斂するはずだからである。
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だからといって、外国為替レートは、相対購買力平価説に従って変動してきたわけではないし、今後もそうではないはずだ。
まず、財全般が交易されるわけではなく、国際交易財は限定されている。
国民経済で最大の構成比を持っている加工食品は、歴史的に形成されてきた食生活様式に強く影響されているので、穀物など未加工農水産品ほどは交易されない。
住宅やビルなど建物も、土地に付随するものなのでツーバイフォー工法や内装品など限定的な交易にとどまる。
(土地は投資対象にはなっても交易の対象ではない。成熟経済ではサービス業のウエイトが高いが、これも交易できないものである)
外国為替レートは、企業物価指数(旧卸売物価指数)・消費者物価指数・GDPデフレータといった総合的な物価変動の差で規定されるわけではなく、交易に占めるボリュームが大きい限られた国際交易財の物価変動の差で規定される。
(米価や書籍代金の変動は円ドルレートと関係ない)
また、同一傾向の変動を示すとは言え、同じ財の国内出荷価格と輸出価格が同じというわけではないから、それぞれの国の国際交易財の輸出価格がどう変動するかが問題である。
この他にも、交易構造の変容や国際交易財の“競争関係の喪失”という問題がある。
長年にわたる国際交易は、そこで展開される競争を通じて淘汰も引き起こす。
米国の家電メーカーは、多くの製品で日本との競争に敗れその事業から撤退した。
それでも米国民がビデオなどの製品を欲しているのなら、“無条件”に日本から輸入するしかない。
競争関係が喪失すれば購買力平価説は存立基盤を失い、輸出価格変動が「円ドルレート」に影響を与える度合いは極端に低くなる。
お互いが同一使用価値の財で国際競争を展開するという相互関係性から、相互補完的な「水平分業」になればなるほど、相対購買力平価説の通用性は劣化していく。
最後に、ブランド力や価格超越性という非価格競争力の問題を指摘する。
金持ち相手の財に特有だが、価格はほとんど問題にならず、とにかくあのベンツやあのシャネルが欲しいという購買行動も、相対購買力平価説を妨げるものである。
ベンツのある車種がたとえトヨタのある車種と同等の性能であっても、ベンツであることで、100万円高くても売れるという話である。
宝石や毛皮などを含む贅沢品は、使用価値そのものよりも保有や身に付けることで得られる満足感が購買動機である。
そのような価値判断で購入される財は、使用価値で比較することはできないから購買力平価で説明することもできない。
そうでありながら、昔から国際交易消費財に占める贅沢品の割合はけっこう高い。
購買力平価説が通用するのは、可処分所得が限定的な人たちが購入する対象である中級品以下の財に限定される。
高度成長期から現在に至る日本経済の輸出は、普及品から始まり中級品に移行しながら、その規模を拡大させてきた。
同時に、日本の産業は、高級品を中級品にしてしまう生産性の高さも持っている。
中国の追い上げが予測されるなかで日本が今後経済活力を維持する最大の条件は、ブランド力とデザイン力を高め、価格に縛られない金持ち相手の“贅沢”財の輸出を増加することである。
(見栄を張る金持ち相手の商売で成功するのが儲ける秘訣である)

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