「国際金融家の“合理的政策”が19世紀末デフレと英国凋落の原因」
マクロ経済/経済政策
「 成熟債権国家」への日本の挑戦―19世紀の英国の国際分散投資戦略に学ぶ(参考記事)へのコメントです。
国際分散投資戦略が英国拠点の国際金融家の貨幣的富増大に貢献したことや世界経済を活性化したことは間違いない。
彼らが蓄財の合理性を投げ捨て英国の国民経済が発展することを第一義に行動していれば、英国経済はデフレではなく低金利下のインフレが続き、金融家の利益は少なく、世界経済も停滞していたと推測する。
金融家が、貸し出しや投資を英国内に求めていれば、貸し出し貨幣の過剰により低金利になるだけでなくインフレにもなるので、実質利益はそれほど得られなかったはずだ。
(この意味で、国際分散投資は国際金融家にとって“合理的政策”だった)
人気blogランキング <-- クリックしていただくと、より多くの方に読んでいただけます。ご協力お願いします。
19世紀の国際分散投資戦略が英国国民経済を壊した − 国際金融家の“合理的政策”が19世紀末デフレと英国凋落の原因 −投稿者 あっしら 日時 2003 年 7 月 16 日
英国が19世紀後半にデフレに悩んだのは、巨額の経常収支黒字が国外に流出したことと投資先が生産した廉価な財を輸入したことが主要因である。
貨幣供給量が少ない状態で輸入財が増大すれば、物価の下落に拍車がかかる。
その代わり、米国やドイツそして日本という新興産業国家が産業力を高めることができた。
(それを通じて、英国拠点の金融家は大きな利益を手に入れた)
筆者は、英国と国際金融家を同一視しているようである。
産業革命によって「世界の工場」として成長した英国が、その後の海外投資の成功で「世界の銀行」として君臨するようになることで、英国という国民経済は相対的な凋落を迎えたのみならず、「世界の銀行」という地位も米国に譲ることになったのである。
基礎でありフローを産み出す産業力を失った国民経済が、金融業を支え続けることはできない。
国際金融家に貨幣的富が集約し産業力が低迷したことで、英国は、第1次世界大戦の戦費さえ賄えず、米国から80億ドルもの融資を受けてしのぐことになった。
(米国からといっても、英国拠点の国際金融家から借りて、その利益拡大に貢献したことを意味する)
そして、その負債が英国に第2次世界大戦後の発言力を大きく削ぐことになる。
国際分散投資戦略は、国際金融家の利益や新興国家の発展に貢献したが、英国という国民経済を凋落させていったのである。
現代の世界に、当時の米国・ドイツ・日本に相当する“魅力的な”新興国家があるかどうか、あるとしても、そこを発展させることが自国経済や金融業の利益につながるのかを中長期的に予測しなければならない。
たとえば、中国経済の発展に貢献することで日本経済が得る利益は短期的なもので、中期的には、19世紀末から20世紀初頭の米国経済が英国経済に与えた影響や戦後日本経済の発展が米国経済に与えた影響と同じ結末になると考えるのが正しい。
フローの源泉である産業力を劣化させた米国への投資(貸し出し)は、回収不能や債権の一部放棄になる可能性も高い。
参考記事:
--------------------
http://www.kokusai-am.co.jp/r_yama/r_yama_0307.html
成熟債権国家」への日本の挑戦
―19世紀の英国の国際分散投資戦略に学ぶ―
金融市場展望と投資戦略
2003年7月号
_____
要約
「成熟債権国家」への日本の挑戦
―19世紀の英国の国際分散投資戦略に学ぶ―
1, イラク戦争が終結し新型肺炎SARSの終息が見えてきた中、6月25日の米国の政策金利引下げをきっかけに「過度なグローバル・デフレ懸念」が薄れました。
このため巨額の投機資金が債券から株式に移り、先進国の株高と低下し過ぎた長期金利の上昇が加速しています。
欧米の長期金利(10年国債)は、3月のイラク戦争勃発前の相場水準(米国3.97%、ドイツ4.19%、日本0.74%)を目指して上昇し、世界規模で株高が進んでいます。
わが国は、銀行への公的資金注入で当面の信用不安が払拭されたことが加わり、金利の上昇が続いています。
ただ、イラク戦争以前に比べて世界経済に新たな成長を加速する要因が加わったわけではなく、中長期的なグローバル・デフレ要因及びこれを映した先進国の長期にわたる金利低下トレンド自体は変化しないと考えられます。
企業の設備投資意欲が戻らず、個人消費のみに牽引された米国の景気回復速度は、緩やかなままで今年後半も終始するとみられ、グローバル・デフレ・リスクとの共存が続くでしょう。
2, 2007年以降から始まるわが国の人口減少社会がもたらす諸問題が、ここにきて少子高齢化社会の不活性化危機、年金危機、財政赤字危機などとして、注目され始めています。
人口減少は、わが国経済の成長段階が、明治以来の成長期を終えて「潜在成長力が大きく低下する成熟期」に移行することを意味します。
1400兆円というわが国の巨額の個人金融資産は、国内経済の成熟化によって投資機会が減少し、長期視点で海外投資に分散させる必要が生じます。
ただ、わが国の人口減少の速度と高齢化の速度が、他の先進国や過去の英国の例に比較して異常に速いこと、及び、足元の経済構造転換に失敗すれば、海外投資が十分に進む前に、通貨価値の急落、悪性インフレ、高齢者層の貯蓄の取り崩しなどによって家計の貯蓄率自体が低下し、海外投資能力自体を失うリスクがあります。
わが国が、戦後の成長期に蓄積してきた巨額の個人金融資産を軸に、「成熟債権国」への脱皮を賭けて、国際分散投資戦略が正念場に差し掛かっているといえます。
3, 自国経済が成熟化する過程で、国際分散投資戦略を成功させて、世界経済の活性化と巨額の投資収益の自国への還流に成功した英国の例を紹介します。
英国は、1860年以降国際分散投資を本格化させ、さらにそれによる投資収益を再投資したことで海外純資産は加速度的に拡大し、1913年には名目GNPの 1.5倍にも達しました。
英国の経常収支黒字は、第一次、二次大戦時を除いて1800年代から1972年まで超長期にわたって続きました。
この国内の巨額の貯蓄超過(=経常収支の黒字)が国際金融市場に還流し、世界経済を活性化させました。
産業革命によって「世界の工場」として成長した英国が、その後の海外投資の成功で「世界の銀行」として君臨した点に学ぶ時期がきました。

0