イラク戦争や有事法案をめぐる国会論議は、憲法解釈についての神学論争ばかりで、実際に戦争が起きたらどうするのかという戦略はほとんど論じられなかった。
ある日突然、北朝鮮から核ミサイルが飛んできて、「対応を議論しているうちに東京にミサイルが落ちて一千万人が死んだが、憲法は守った」といったら、後世の人々はわれわれを評価してくれるのだろうか。
これに対して、本書のリアリズムは恐るべきものだ。本書の原型は、昨年フーバー研究所の機関誌に発表され、サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」以来という大反響を呼んだ論文で、著者はブッシュ政権に強い影響力をもつ「ネオコン」(新保守主義)系シンクタンク、PNAC(新米国の世紀プロジェクト)の創立者である。
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池田信夫氏書評:ロバート・ケーガン『ネオコンの論理』(光文社):ブッシュ政権の世界戦略を動かす「米国一極支配」の思想投稿者 あっしら 日時 2003 年 7 月 01 日
イラク戦争の開戦をめぐって、単独先制攻撃も辞さない米国と国連中心を主張する欧州の亀裂が深まった背景には、両者の軍事力の違いがある。
米国の軍事費は年間四千億ドルに近づいているが、欧州各国の軍事費は合計してもその半分に満たない。
ボスニア紛争でもコソボ紛争でも、主力は米軍だった。欧州が国連や国際法を守ろうとしているのは、平和を愛好するからではなく、単独で自国を守る軍事力をもっていないからだ、と本書は断定する。
軍事的には米国に依存し、通貨の自主権さえもたない欧州各国は、もはや主権国家とはいえない。
欧州は永遠の平和と「ポストモダン」の楽園を夢想しているが、現実の世界では「ならず者国家」やテロリストによって、ホッブズ的な「万人の万人に対する戦い」が起こっている。
ここで秩序を維持する手段は、協調や説得ではなく米国の圧倒的な軍事力しかない。
このように国際法や国家主権を否定する本書の思想は、政治的には正反対の立場で書かれたネグリ=ハートの『帝国』によく似ている。
それは偶然ではない。ネオコンは、もともと米国の左翼が挫折する中で生まれたものであり、軍事力によって(米国独立)革命を世界に輸出する発想は、伝統的な保守主義よりもレーニンやトロツキーに近い。
軍事力がすべてを解決するという本書の発想の背景には、米国以外の文化圏を懐柔または征服の対象としかみない「自民族中心主義」がある。
米国は「良心をもった怪物」だと本書はいうが、怪物であることは確かだとしても、良心をもっているとは限らない。
ホッブズは「自然状態」を克服するために独裁国家という怪物(リヴァイアサン)を必要とした。
戦後のあらゆる世界秩序を疑う著者が、米国が「自由で進歩的な社会」だという建て前を疑わないのは皮肉である。
私は著者の結論に賛成するものではないが、本書は危険な説得力に満ちている。
日米間の認識ギャップは、欧米間よりもはるかに大きい。
日米安保の傘の下で享受してきた「楽園」を米国がいつまでも守ってくれる保証はない。
彼らの軍事行動の基準となるのは、米国の国益であって日米関係ではない。
日本人は、本書の描く国際政治の冷酷な現実を直視する必要がある。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/kagan.html
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米国ネオコン派とホッブスを直結させることはおかしい。
そんな水準では、ネオコンの正体を知ることは出来ない。
http://www.pavc.ne.jp/~ryu/
投稿 平成15年05月25日22時04分
太田龍の時事寸評
平成十五年(二〇〇三年)五月二十五日(日)
(第五百八十八回)
○ロバート・ケイガンの「ネオコンの論理」(光文社)の巻末解説の
中で、福田和也、と言う人は、米国ネオコン派の代表格としての
ケイガンの論理を、ホッブスのリバイアサン(怪物)と殆どひとし
いもの、と解釈する。
○これはおかしい。
○「リバイアサン」とは、新約聖書、巻末ヨハネの黙示録に出て来る。
○ケイガンのこの本(「ネオコンの論理(英文原題は、楽園と権力)」)
は、ネオコンの論理を全面展開したものではない。それは、米国と
ヨーロッパの位置関係に限定した論文である。
○ケイガンはたしかにそこで、ホッブスを引き合いにだす。しかし、
米国のネオコン派が、ホッブス説をそのまま受け入れてしまって
居るかと言えば、それは違う。
○シァディア・ドルーリー女史の著作「レオ・シュトラウスとアメリカ
の右翼」(一九九七年)、九十二、三頁。
○ここに、ホッブスについてのレオ・シュトラウスとカール・シュミット
の意見の相違が説明されて居る。
以下に、要約して置く。
(1)シュミットはホッブスを賞賛したが、それはシュミットの誤り
である。
(2)シュミットは、ホッブスが、政治の輝かしさ(栄誉)を理解して
居た、と見たが、シュトラウスはそのシュトラウスの説に全く
反対。
(3)ホッブスはむしろ、リベラリズムの伝統の基礎をを作った人
である。
(4)ホッブスは、自然状態では万人は万人を敵として戦う、とした
が、それは、政治の始まりではない。
(5)シュトラウスは、政治を再宗教化することを提起した。
以下略。
○政治の究極のかたちは戦争である。
○政治は、市民、人民、国民、民衆....に対し、戦争のために、
死ぬことを要求しなければならない。
○しかし、ホッブス的リベラリズムでは、それは出来ない。
○かくして、「政治の再宗教化」が必要となる、
と、シュトラウスは言う。
○このシュトラウス学派の理論から、今の米国のネオコン派が出て
来る。
○ロバート・ケイガンの前記の小著には、そんなことは書いてない。
○しかし、ネオコン派が、米国のいわゆるキリスト教原理主義、より
正確に表記すれば、
シオニスト・キリスト教、
キリスト教シオニスト、
タルムード、カバラ主義化されたキリスト教、
と言った勢力と、緊密に同盟して居ることは多言を要しないで
あろう。
○シュトラウスがユダヤ人、ユダヤ教徒であること、カバラ学に深く
通じて居たこと、そんなことは、今更、言うだけ野暮と言うもので
あろう。
○以下省略する。
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ケイガンの「ネオコンの論理」を読む。
又は、いかに読んではならないか、を論じる。
http://www.pavc.ne.jp/~ryu/
投稿 平成15年05月24日22時45分
太田龍の時事寸評
平成十五年(二〇〇三年)五月二十四日(土)
(第五百八十七回)
○ロバート・ケイガン著、山岡洋一訳
「ネオコンの論理 − アメリカ新保守主義の世界戦略」光文社、
平成十五年五月
○この本の英文原題は、
OF PARADAISE AND POWER
America and Europe in the
New World Order
(楽園と権力 − 新世界秩序に於ける、アメリカとヨーロッパ)と成る。
○英文原題と、邦訳本の表題を、じっくりと眺めて、考えて見よう。
○すると、邦訳本の表題は、このケーガンの本の本筋を、まるで意図的に歪曲して居るかのような印象を受ける。
○ケイガンの著作は
ニュー・ワールド・オーダー、と言う場をまず問題として居る。
○邦訳本は、その本体を、ないことにしてしまう。
○つまり、問題を、極力、矮小化する心理が働くのであろう。
○このケイガンの新著を、ネオコンの論理、とすることも、アメリカ新保守主義の世界戦略、とすることも、許しがたい、矮小化である。
○ここで何が、問題とされて居るかと言うと、
(1)ニュー・ワールド・オーダーと言う美名のもとで、イルミナティ
は、米国を使って、世界人間牧場の構築に向かって進む。
(2)そのための主たる方法は、全面世界戦争である。
(3)この世界戦争は、総力戦である。
(4)つまり、単なる武力戦でない。
(5)武力戦争に加えて、
心理思想戦争
宗教戦争
経済戦争
文化戦争
その他ありとあらゆる領域を戦場とする長期の戦争である。
(6)米国は、このような世界戦争を、数十年に亘って遂行して
行くぞ。
(7)ヨーロッパは、この米国の世界戦争の邪魔をすることは許
されないぞ。
(8)もし、あくまでも妨害すると言うなら米国は、そうした
ヨーロッパの妨害抵抗勢力をも敵と見なして粉砕するぞ、
と成るであろう。
○ロバート・ケイガンがその作成に参画した、アメリカ新世紀のためのプロジェクト文書なるものによると、二十一世紀の戦争の主たる戦場は、東アジアと、設定されて居る。
○この件については、既に、小紙(週刊日本新聞)上で論じた。
○しかしこれは、具体的には何を意味するのか。
○それは、イルミナティ(米国)が、二十一世紀の世界戦争の最終の戦略的標的を、中共中国の征服占領、中国の解体と、アメリカ化(アメリカの植民地化)、に置いて居る、ことを意味して居る。
○米国(イルミナティ)は、日本が、対中共中国解体のための戦争を妨害することを許さないぞ、と言う。
それは自明だ。
しかし、更に進んで、日本はイルミナティの「囚人部隊」として、対中共中国侵略戦争に参加せよ、と要求される。
○いまや断末魔のうめき声を上げて居る、死亡寸前の北朝鮮金正日ごときが問題ではないのだ。

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