■第三章 西洋文明史の常識
●西洋文明の歴史はここからはじまる
世界史といえば、歴史に詳しい人でも、このように振り返るのではないか。
「いまから約五百万年前に、最古の猿人であるアウストラロピテクスがあらわれた。その後いくつかの進化の道をたどり、かなりの時代を経て、エジプト文明インダス文明、黄河文明が生まれた。」
まさにその通りである。だが、もうひとつの歴史があることを知っているだろうか。
「初めに、神は天と地と光と闇を創り、二日目に空を、三日目に海と陸と草と木を創り、四日目に太陽と月を、五日目に鳥と魚を、六日目に獣と家畜と男と女を創り、七日目に休まれた。これが人類誕生の起源である。」
別に、ふざけているわけではない。キリスト教徒の歴史は、だれでもここからはじまっている。日本では、当然のように語られている進化論だが、これはあくまで学説のひとつに過ぎず、それを認めていない人々も多いのである。
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アメリカでは、一九二五年の進化論裁判から約四十年間、法的にも進化論教育が違法にされていたくらいである。西洋文明の歴史や民族性を学ぶなら、真っ先に聖書を学ぶのが普通だろう。
ところが日本では、聖書は宗教者のものと考え、歴史としての認識をほとんど持っていない。だが、もし西洋文明を学ぼうとするなら、聖書抜きには考えられないのである。
さて、アダムから生まれたイブは、神のいいつけに背いて「善悪の実」を食べその実をアダムにも食べさせた。このとき神を人間が欺いた行為から、生まれながらにして罪がある「原罪」が生まれ、性悪説がその後の基本になった。
イブをそそのかした張本人は、ヘビだったが、ヘビはその昔神と見なされていた。ヘビが邪悪な存在におとしめられたのは、異宗教との対立があったためと思われる。
女性であるイブが罪を犯したのも、当時は大地母神信仰が一般的であり、女神が崇められていたことに関係しているのだろう。一神教であるはずのキリスト教が、聖母マリア信仰を受け入れざる終えなかったことからも、その根強さがわかる。
聖書の記述は矛盾だらけで、しかもあいまいなため、好き勝手に解釈しようとすればいくらでも都合良く解釈できる。従って信仰のないものは、欧米のキリスト教徒が、どのように聖書を解釈してきたのかを読み説けばいいのである。
アダムとイブから生まれたのが、カインとアベルである。ところが、神から祝福を与えられなかったカインは、怒って弟のアベルを殺してしまった。聖書の冒頭から、いきなり親族殺人とは罪深い。カインが追放されたのが、エデンの東だった。
その後、三男のセトが産まれ、何代か後に有名なノアが出てくる。大昔のことだが、人類は救いがたいほど堕落していたらしい。中でも、唯一信心深かったノアだけが、神からお告げをもらい、神から作るように命じられた箱船によって、大洪水から救われるのだった。このとき、人類ははじめて神と契約を交わしたという。
大洪水のとき、ノアはたくさんの動物を箱船に乗せ、救っていた。別のいい方をするなら「ノアが助けたので、動物たちは生き残れた」ともとれる。それなら減ってしまった動物は、また人間の手で増やせばいいのではないだろうか。
欧米の動物保護運動にしても、植物の種子や動物の遺伝子を保存しておき、それらの種が絶滅したら科学の力で復活させようといった行為にも、それなりの根拠がある。
アメリカではじまった捕鯨禁止運動も、聖書の教えを無視しては語れない。
クジラは賢い動物だからと捕鯨禁止を叫んだ文明は、ついこの間まで鯨油やドレスのためにクジラを乱獲してきた張本人だった。
金儲けのために大西洋のクジラをとり尽くすと、今度は太平洋に進出し、ついには日本近海にまでやってきて、またとり尽くした。日本の沿岸にいたクジラは西洋文明が絶滅させたのである。
捕鯨を禁止しても良くなったのは、「石油の発見」でクジラを穫る必要がなくなり、ほとんどの国が、国益と関係なくなったからだ。それまで宗教に反しても乱獲できたのは、元々「動物は人間のためにいる」ことになっているので、そのときの都合でどうとでも正当化できるのだ。
確かに、欧米型の取り尽くしを学んだ日本にも非はあったが、だからといって自国の行為をすべて棚に上げ、徹底的に非難したあげ句、一方的に禁止にさせるような傲慢な文明のいうことに耳を貸す必要などなかった。
キリスト教を知らずして、西洋文明は理解できない。公園でハトが特別扱いされているのでさえ、宗教上の理由である。ただ、なんとなく「公園にハトがいる」ですましてはいけない。聖書を読むことで、西洋文明がいかに宗教と一体化しているのかを学びとる必要がある。
聖書の話しを続けたい。ノアの子供たちが、セム、ハム、ヤフェトの三人である。セムの子孫がアブラハム、ハムの子孫がアフリカ人、ヤフェトはその他の民族(又はヨーロッパ人)の祖となった。
ここでの聖書の悪用は、とりわけ根が深かった。なぜなら、三人のうちハムがノアを犯した罪で肌を黒くされ、呪われた民になったとおとしめられたからだ。
黒人差別は、「神との契約を守るため」と、信仰からも長く正当化されてきたのだった。
セムの子孫である、アブラハムから生まれたのが、イサクとイシュマエルとその他六人であり、イシュマエルが、アラブ人の祖になり、もう一方のイサクからヤコブが生まれ、ヤコブからヨセフとユダとその他十人が生まれた。この兄弟が後のユダヤ十二部族のはじまりとなる。
ヨセフはその後、エジプトに移住した。だからこそ、その子孫であるモーゼがエジプトにあらわれたのである。
紀元前一三世紀、モーゼは、エジプト王の圧制に苦しんでいたユダヤの民を引き連れ、神から与えられたというイスラエルの地に導いた。有名な出エジプトである。モーゼからは、日本の世界史でも歴史として登場している。
イスラエルへ向かう途中、モーゼはシナイ山に登り、十戒を授かった。このとき、神との二度目の契約が交わされたという。十戒の内容は、次の通りである。
一・神は唯一にして全能の神である。
二・偶像を崇拝してはならない。
三・神の名をみだりに唱えてはならない。
四・週の七日目を安息日とする。
五・父母を敬うこと。
六・人を殺してはならない。
七・姦淫してはならない。
八・盗みをしてはならない。
九・偽証してはならない。
十・他人のものを欲してはならない。
モーゼは、神の啓示を受け、神との契約を交わした偉大な人物とされるが、その実践者は、後を継いだヨシュアである。モーゼ亡き後、ユダヤの民を引き連れイスラエルへ至る道のりは、並大抵の苦労ではなかったことが記されている。
放浪と戦いが続く過酷な旅を続けると、あのような民族性が生まれるのだろうか。神は、民衆が堕落しない限りいつも味方であり、何をやっても許しまた手を貸してくれた。とくに出エジプト後の記述は、色々な意味でユダヤ人の民族性がつまった箇所である。
それから何代か後に、ダビデとその子ソロモン王の時代を迎え、ユダヤの王国は栄華を極めた。シバの女王が訪れたのは、エルサレムに神殿や宮殿が建設されたソロモン王の時代である。
前一〇世紀になると、王位継承問題から、王国は南北に分裂してしまった。北のイスラエル王国は、十部族の国となり、南のユダ王国は、ユダ族(とラビ族)の国になった。しかし、この状態も長くは続かず、北のイスラエル王国は、アッシリア帝国に滅ぼされてしまった。よく聞く世界のユダヤ人説は、四散したこの失われた民からきている。
一方、南のユダ王国は、バビロニアに滅ぼされ、バビロン捕囚に見舞われた。
ちなみにバビロニアが滅ぶと人々は帰され、いったんは再興して神殿を作り直すが、二度のローマとの戦いに敗れたため、神殿は破壊され民族は離散した。これが「旧約聖書」を超簡略化したあらましである。
旧約聖書には、救世主の出現を暗示した記述がある。キリスト教徒は、これがイエスだと主張し、旧約聖書はキリスト教へと引き継がれる。キリスト教は、イエスと新たな契約を交わしたことで生まれた宗教であり、新約と呼ばれるゆえんである。
それでは、新約聖書もざっと流して見てみよう。
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西洋文明の常識 森川 明氏著
本論文は以前ホームページ上で公開されていました。
大幅に加筆されたものが工学社によって出版されています。
西洋文明の常識
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