●資本主義が確立した理由
西洋文明はローマ帝国の再現に留まらず、産業革命を成功させることで、近代資本主義を作り出していた。産業革命に至るきっかけはわかったが、同時期のヨーロッパでは、一体何がおきていたのだろうか。後はそれがわかれば、どうして資本主義が生まれたかもわかるだろう。
これまで、便宜上、イギリスをヨーロッパに入れてきたが、実際はヨーロッパと一線を画した国である。大航海時代以後も、ヨーロッパ諸国は、領土をめぐる血で血を洗う戦いに明け暮れていたが、島国のイギリスはそれから一歩身を引き奴隷貿易で蓄えた資本で産業の育成に努めた。
イギリスは、領土獲得の野心を海外と隣国のアイルランドに留め、ヨーロッパは、主要市場と割り切って儲けた。従来のように、軍事力や政治力による直接支配で儲けるのではなく、産業とそれを支える金融からなる間接支配で儲ける。
これが資本主義の興りだった。
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キリスト教の教えから、ヨーロッパでは、長らく金貸し業がべっ視されていた。
異教徒であるユダヤ人が、ヨーロッパ金融を握っていたのも、宗教上の理由からである。一時は隆盛を誇ったスペインやポルトガルが没落したのも、ユダヤ人を国外追放にしたため、国家経済の根本である金融が機能しなくなったことがあげられるくらいである。
後にオランダが繁栄したのも、スペインやポルトガルから亡命してきた、ユダヤ資本の存在を無視することはできない。三度に渡る英蘭戦争は、ヨーロッパの金融支配をめぐる、イギリス(アングロ・サクソン)資本対ユダヤ資本の対決ともいえた。その結果、オランダは負けるが、後にイギリスの王位継承問題から同君連合を結んだ。戦争では負けても、目的は達成するところに執念を感じる。
オランダを破り、制海権を手にしたイギリスは、略奪とその後の産業革命のお陰で、従来のユダヤ資本に圧倒的な差をつけて優位に立った。しかし、すぐにユダヤ資本の巻き返しがはじまるのである。それを決定的にしたのが、ナポレオン戦争だった。
一八一五年、ワーテルローの戦いにおいて、ナポレオン軍が負けた情報をいち早く入手したロスチャイルド(ユダヤ系)は、巧みな情報操作で暴落したイギリス国債を買い占め、たった一日で巨万の富を築いたのである。
産業力で群を抜いていたイギリスは、ヨーロッパ貿易から他の列強諸国が手にした富まで集めつつあった。その資産の大半をたった一日で手に入れてしまったのである。経済の本質を象徴する実に興味深い話しである。
経済でもっとも重要なのは、金融である。世界で繁栄した国は、みな金融を支配していた。産業革命期のイギリスのように、産業が発展して自動的に金が集まってくる時代は、黙っていても金融の中心地になれる。問題は産業の勢いが止まったとき、金融の中心地でいられるかなのだ。
資本主義を作り出したイギリスは、早くも一九世紀の終わりには、アメリカとドイツに「追いつき、追い越され」、産業の優位性が崩れてしまった。イギリスは、自分が作り出した資本主義の宿命に直面したため「世界の工場」から「世界の金融市場」すなわち、金融支配へと特化した。
先にヨーロッパの衰退と書いたが、それはあくまで表面上、つまり産業面だけを見た評価に過ぎない。産業では問題があっても、ヨーロッパ金融は万全である。
西洋文明はたとえ儲けていても、叩かれないように隠しているだけだった。儲かることが搾取の同義語にも近い文明では、当然のことである。わざわざ自分から犯人であると名乗り出るような真似はしないだろう。
西洋文明が重視する国益とは、あくまで一握りの人間の利益でしかない。民衆の利益などどうでもよく、一部の人間だけが儲かっていればいい。資本主義の初期、貧困は「社会に適応できない個人の責任」と考えるのが普通だったくらいである。恐ろしいことに、一番過酷な搾取にさらされていた貧困層でさえ、みな自分の努力が足りないせいなのだと信じ込まされていた。
西洋文明は、喰うか、喰われるかの世界である。正確にいうと、搾取するか、されるかの「二者択一の世界」である。なぜなら、みな自分さえ儲かっていればいいからだ。どうして、欧米の資本主義に「共存共栄」がないのか。それは、西洋文明の常識そのままだったからだ。
搾取が常識だったから、植民地の略奪と搾取で豊かな時代でさえ、「貧困層」がなくなることはなかった。偽善的な寄付や、教会のわずかな施しを除けば、みんなで豊かさを分かち合おうといった精神はなかった。日の沈むことのない偉大な文明に、日々を暮らす糧さえない飢餓状態の民衆が山ほどいた。
極端なまでの貧富の差は、何度も革命運動を引きおこし、それを食い止めるべく暴動がおこらない程度まで妥協するようなった。ところが、時代と共に植民地の数が減り、逆に東アジアの産業が復活して搾取の絶対量が減っため、それに比例しておこぼれの量も減った。だから、いまヨーロッパは不況なのだ。歴史的に見れば、ヨーロッパは衰退したというより、本来の姿に戻ったというべきだろう。
西洋文明でくり返される搾取は、昔から限度がない。搾取が生み出す貧困は、搾取される人々の憎しみを増大させ、搾取する支配者層と対決させる。おまけに貧富の差は縮まるどころか年々拡大しているため、人々の怒りは鬱積している。
不満を放置しておけば、いつかは爆発するので、スケープゴートを作り出すことで頻繁にガス抜きをしている。
日本が叩かれるのも、支配者層の搾取を外国の責任にすることで、民衆の不満をそらすためだった。失業が増えるのも、貿易赤字になるのも、本当の理由は「金儲けのためなら国家などどうでもいい人間がいる」からなのに、それで生じた失業や貧困を国家に押しつけ、押しつけられた国家は、外国のせいだと責転嫁任している。
普段は自由貿易だと個人の利益を優先させておき、結果だけは国家単位で論じようとする。つまり、国家を隠れ蓑にして人々を搾取する西洋文明の実態を把握していれば、資本主義の本質も見えてくるだろう。
世界から孤立していた文明は、ようやくアジア文明と直接貿易ができるようになった。しかし、産業格差が想像以上に大きかったため、アジアと貿易しても貿易赤字になる一方で、結果的に儲けられないことに気づいた。
そこで、アメリカ、アフリカ、アジアから略奪した富を元手に産業革命をおこし、その一方、アジア文明の産業を破壊することで、何とかアジアとの生産力を逆転させることに成功した。
産業革命があったからこそ、単なる略奪と搾取で終わらず、逆に圧倒的な産業力の差をつけることで、貿易でも優位を築くことができた。そしてさらに自分が作った土俵で搾取するべく、世界中の文明の営みを破壊して、資本主義経済に取り込んでいった。
ペリー提督が、日本を開国させたときのいいわけにも、搾取を正当化しようとする意図があからさまに出ていた。ペリーは傲慢にも、野蛮な日本が開国して文明化すれば、自国の不足を貿易で補えるといったのである。その真意は、自給自足を否定して、日本の富を食いつくそうとしていたのだった。
発展途上国が貧しいのは、どうしてだろうか。それは欧米型資本主義が、産業力の強い国だけが儲かる搾取型経済になっているため、産業が進んだ国に依存すると一方的に搾取されてしまうからだ。
自由貿易が正しいとか主張するのも、他国の自立を阻むことで、個人が国家を搾取するために使っている大義名分に過ぎなかった。
西洋文明の支配者は、長年、他人の富を搾取することにしのぎを削ってきた。
自ら富を生み出すより、奪う方が簡単だったからだ。しかし国内の民衆を搾取するだけでは、限られた富しか集まらない。だから、自国の富以上の豊かさを得るために産業力の差で他国の富を搾取し、一部ものだけがより豊かになる
「世界の富が集中する方程式」
を作り上げた。それがいまの資本主義だった。
西洋文明が持ち出す理論など、どれも搾取を隠し正当化するための大義名分でしかない。個人の利益で動く文明は、国家など関係ないのである。
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西洋文明の常識 森川 明氏著
本論文は以前ホームページ上で公開されていました。
大幅に加筆されたものが工学社によって出版されています。
西洋文明の常識
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