●精神文化を軽視した文明
アジア文明でもっとも高く評価したいのが、宗教から発展した精神文化である。
西洋文明にも精神文化はあるが、それは神に対する行為であり、自己の精神をコントロールし、鍛錬するものではない。ここが両者の決定的な違いである。アジアの精神文化に強く引かれる欧米人が多いのは、そのせいである。
欧米では喜怒哀楽を隠さず、かなり大げさな表現をする。契約社会では、自分の考えをはっきり伝えなければならないこともあるが、それ以前に人々は感情をコントロールする文化を持っていないのだ。
大したことでもないのに、怒りを抑えられず、すぐに癇癪をおこして当たりちらすのは精神文化の違いである。自分の感情が、自分でコントロールできないのだ。我慢強い人や怒らない人は、むしろ変人呼ばわりされてしまうくらいである。
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宗教改革により、人々が教会から解放されると、それまで独占されてきた聖書の解釈が盛んにおこなわれるようになった。人々が聖書の解釈に用いたのが「合理性」という理論だった。驚くべきことに、宗教を合理性という一点で追求したため、ついには神の存在まで否定されるに至った。
突き詰めて考えれば、ある意味で真理なのかもしれない。しかし、精神文化に関わる宗教まで合理化してしまったら、どうなるのだろうか。あらゆる秩序を破壊しないではすまない文明は、宗教に含まれていた精神文化まで破壊してしまった。
精神文化がいかに重要であるかは、いうまでもないだろう。「病は気から」といわれるように、気の持ち方次第で、自分の健康状態さえ左右してしまうからだ。
あまりに日常生活に密着しているため、普段は意識することもないが、日々の暮らしに欠かすことができない重要な役割を占めていた。
子育てにも、それは大きく影響していた。欧米では基本的に子供の気持ちを尊重しないため、放任する親でも、しつけに厳しい親でも、過保護な親でも、子供は親の都合に合わせて、いうことを聞かなければならない。
西洋文明の理想的な子供とは、何でもいうことを聞く、手間のかからない子供である。いうことを聞かない悪い子は、強引に力で押さえ込まれる。まだ幼い子供でも、妙にききわけがいいのは、従わないと後でお仕置きが待っているからだ。
そのため、子供は絶えず親の顔色をうかがっている。
少し前までなら、親や教師は、「ムチ」でしつけていた。さすがにいまでは使わなくなったが、それでも力ずくで屈服させることは変わっていない。アメリカの社会問題である幼児虐待も、別にいまにはじまった問題ではなかった。
すぐに力に頼るわけは、いうことを聞かない人間は力で屈服させるしかないと信じられているからだ。これは政府が民衆に対するのでも、経営者が労働者に対するのでも、親が子供に対するのでも、まったく同じ理屈である。
もちろん、しつけのための軽い体罰なら、ある程度までは有効かもしれない。
とはいえ、そのときの感情のままに、一貫性のない体罰を続けるなら、害になるだけだろう。
しかし、それ以上に子供を傷つけるようになったのが、欧米ではごく当たり前になった両親の離婚である。離婚になっても、子供を気遣うどころか、養育権をめぐる夫婦喧嘩の道具にして、もてあそんだりするからだ。親が子供を気遣うのではなく、子供が別れた双方の親を気遣っている姿を見ると、自分さえよければいい親の身勝手さには、あきれて言葉もなくなる。
近年の研究によると、子供の精神形成は、二歳から四歳までが、もっとも重要だとわかった。日本のことわざで「三つ子の魂、百まで」と当たり前のようにいわれていたことが、研究によって確かめられるまでわからなかった。これからも、いかに精神文化が未発達な文明であるかがわかるだろう。
テレビや映画の弊害が助長したのも、精神文化の低さのせいである。子供の精神に有害な影響を与えるものまで平気で流されていたのも、すべては精神文化を軽視した文明に原因があった。
長らく人間の精神面を無視してきた文明だったが、一九世紀後半になり、ようやく心理学として論理的に分析し、理解しようとする試みがはじまった。しかしお世辞にも有効に機能していないのが現状である。
たとえば、児童心理学の誕生で、幼児期の虐待がその後に悪い影響を与えることがわかりだすと、今度は一転して体罰に敏感になり出した。そのせいで、しつけのためにした軽い体罰で、逮捕されてしまう事態に陥っている。中庸を知らない文明は、やり過ぎてしまうまでわからないのだ。
精神治療の基本であり、もっとも頻繁に使われるのが、「現在の精神構造が過去の体験に基づいている」といった考え方である。ちなみに、この理論は自分の責任を過去に転嫁できるため、犯罪を引きおこした理由にしばしば悪用されている。
研究の途上といえ、ようやく問題の本質にたどり着いたわけである。だが過去にこだわらなければならない理由は、文明にある。人間の精神をあまりに軽視し過ぎたために、とくに「子供の精神を傷つけてきた」からこそ、過去にこだわらなければならない。
自分(大人)を優先してきた文明は、いつも子供をお荷物扱いしてきた。それが文明の子孫に悪影響を与えていた。西洋文明は、いまそれによくやく気づこうとしている段階である。
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西洋文明の常識 森川 明氏著
本論文は以前ホームページ上で公開されていました。
大幅に加筆されたものが工学社によって出版されています。
西洋文明の常識
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