●モラルとビジネスの関係
西洋文明にはモラルという、我々の倫理や道徳に似たものが存在する。両者の大きな違いは、我々の常識では、「利益よりモラルの方が大切だ」と考えるが、西洋では、「モラルより利益の方が大切だ」と考える点である。
我々の文明では、モラルはどのような状況だろうが、決して変わるものではないが、西洋文明では、そのときの都合で自由に変わる。利益の大きさによっては絶対に守るべきモラルさえ不問にされてしまうのだから驚きである。
西洋文明は、勝者だけが評価され、敗者はただ消え去るのみである。勝者とは金儲けに成功したもので、敗者とは、金儲けに失敗したものである。そして、勝者になりさえすれば、たとえどれだけモラルに反しても、文明が許してくれる。
西洋文明のモラルを日本の尺度で考えると、いつまでたっても欧米人の行動は理解できないだろう。
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西洋文明の常識:第一章 資本主義の常識
一四九二年、西インド諸島に到達したクリストファー=コロンブスは、金儲けをたくらんで失敗した敗者だった。
コロンブスは、決して興味本位の冒険旅行に出かけたわけではない。あくまでビジネスのため、金儲けのために船出した。後に出てくるヨーロッパの探検家はみな世界の富を物色するたちの悪いビジネスマンだった。
ビジネスをするには、たいてい支援者がいる。コロンブスは、スペイン王室を動かしてインド(アジア一帯を指していた)の総督、すなわち植民地の経営権を手にする代わりに王室に巨万の富をもたらす契約をしていた。
それにしても、外国人で、平民出のコロンブスが、どうしてスペイン王室の援助を得られたのだろうか。当時の状況は、隣国のポルトガルが既にアフリカ南端(喜望峰)に達していたため、インドへ到達するのはもはや時間の問題と思われていた。
スペイン王室は、ポルトガルが成功する前に、コロンブスの一発逆転のギャンブルに賭けたのは間違いなかった。
だが、このギャンブルは失敗だった。コロンブスがたどり着いた島々は、インドではなく、約束した多量の黄金もそれに代わる富も見つけられず、植民地経営にも失敗した。王室との契約を守るために、奴隷貿易までやって儲けようとしたが、モラルに反すると非難され更迭された。
後の歴史を見れば、モラルを問うこと自体が笑える話しだが、金儲けに失敗した敗者はいつも非情な扱いを受けるのである。そしてコロンブスの名は、文明の歴史から一度消え去ったのだった。
ところが、彼の死後、アメリカ文明(アステカ、インカ)から略奪したぼう大な量の金銀、財宝が流れ込むようになり、さらにジャガイモや、トウモロコシなど新種の作物が持ち込まれ、結果的に実に多くの富を手にすることになった。
その極めつけが、ヨーロッパ人が移住するのに適した暖かくて豊かな大地、アメリカ大陸である。コロンブスの名は、そのアメリカで復活するのだった。
そのせいで大航海時代といえば、すぐにコロンブスが出てきてしまうのだが、これは前座であり、本当に知らなければならないのは、コロンブスでも、インド航路を確認したバスコ=ダ=ガマでもなかった。
それは一四九三年、まだ新たな文明との外交に先例がなかった時代、ローマ教皇が勝手に他の文明の領土を、スペインとポルトガルに分け与えたことだった。
大航海時代が大略奪時代へと変貌したのは、ここにすべての原因があった。
キリスト教国を指導する立場にあった教会が、金儲けの亡者と化した両国を諭すどころかこともあろうにお墨付きまで与えた。人々を導く役目の教会が、やりたい放題の悪行を許し、後押しまでしたため、すべてのモラルが失われ暴走したのである。
西洋文明は、長い間、ヨーロッパの限られた富を奪い合うことにしのぎを削ってきた。そこへ貧しかった新興国スペインが、新たな世界で巨万の富を手にし、ヨーロッパでもっとも豊かな国になった。これが文明全体を一攫千金(ギャンブル)に走らせるきっかけになったのである。
スペインが塗れ手にアワで、大儲けした話しを聞きつけると、当初は非難していた列強もこぞってその後に続いた。さらに悪いことに、スペインとポルトガルが、これ以上ないほどの悪行をしていたため、それが先例となり無茶苦茶な破壊と略奪がくり返される悲惨な歴史が生まれたのである。
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西洋文明の常識 森川 明氏著
本論文は以前ホームページ上で公開されていました。
大幅に加筆されたものが工学社によって出版されています。
西洋文明の常識
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