●日本も搾取されていた
搾取されるのは、何も発展途上国に限ったことではない。資本主義は、喰うか喰われるかの世界である。搾取の形態は、実に多様である。先進国の日本も例外なく恐ろしい搾取を受けていた。
第二次大戦後、弱者からはじまった日本は、いまの発展途上国と同じように懸命に働き続けた。当時は、円安という欧米有利の為替レートで公然と搾取され続けたが、すべてを犠牲にすることで産業の育成に努めた。欧米にはないこの努力があるからこそ、いまの日本の豊かさを見ても、だれも搾取だとは思わないのである。
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日本はその勤勉さゆえに、ばく大な労働力が搾取されたが、産業が追いつくことで強者になった日本にも、世界中の富が集まるようになった。資本主義の必然だが、同じように富は集まっても、倹約家の日本には着実にお金が貯まっていた。
ところが、この状況に大きな転機が訪れることになった。勤勉が取り柄のはずの人々が、欧米の利益至上主義に少しずつ慣らされていき、あるとき蓄えたお金を一気に増やそうとして大損してしまった。それが、バブル景気である。
バブルとは、マネーゲームのことである。最後まで、投機の対象になったもの(土地や株など)を持っていた人間が負けである。そのため、俗にババ抜きとも呼ばれる。最後には、だれかがババをつかみ、だれかが損をすることは“はじめから”わかっていた。わかっていたのに、ほとんどのババをつかんで大儲けしたと得意になっていたのが、よりにもよって日本だったことだ。
欧米のバブルに参加して、煽ったのは日本である。とはいえギャンブルの鉄則は、勝ち逃げである。バブルの大半は日本の金で作り出したのだから、どう考えても巨額な金を注ぎ込んでいた日本が勝ち逃げするなど不可能だった。
一度バブルに手を染めると、よほど巧妙にやらないかぎり、最後にはババをつかんだままで終わる。真面目しか取り柄のない日本では、たとえわかっていたとしても、はじめから勝ち目はなかった。何せ相手は、数百年前から頻繁にマネーゲームをやってきた常連である。喰うか喰われるかで、しのぎを削ってきたギャンブルの達人に、素人では太刀打ちできるはずがなかった。
西洋文明はギャンブル好きというより、ギャンブルに蝕まれた文明である。勤勉に働くことより、常に一攫千金で成り上がることを望んでいる。だからあのようなバブルも、欧米では日常茶飯事のことだった。
ニューヨークといえば、摩天楼で有名だが、あれも世界大恐慌前に膨れ上がったバブルのなれの果てである。日本にも、似たような摩天楼がたくさん作られたが、それと同じものである。日本には、あれほど大きな過去の遺物が目に入らなかったばかりか、似たような物件を高値で買って大損した。
バブルの時代、金の亡者になった日本人は、残業に残業で汗水たらして貯めたお金を、これまでやったこともなかったギャンブルにつぎ込み、その多くを欧米に吸い取られてしまった。まるでハチが懸命に集めたミツを横取りされたようなものである。日本はまさしく働きバチだった。
日本は、ギャンブルで負けたのだから、自分の責任であり、だれにも文句はいえない。西洋文明の投機家にとって、日本は最高のカモだった。ギャンブルのいろはさえ知らない真面目な人々は、あるはずもない楽して儲けられるうまい話しにそそのかされ、数十年分の努力を、人によっては一生分の努力を一瞬にして失ってしまった。
日本は、西洋文明を知らなかったため、バブルで叩きのめされた。これまでの努力は、一体何だったのかと問われるほどの痛手を受けた。それでも、失敗の理由を考えようともしない。
欧米とつき合うなら、西洋文明を知るべきである。欧米の真似をするなら、西洋文明を学ぶべきである。同じ過ちを何度もくり返さないためにも、これまでやってこなかった当たり前のことを、いまからはじめる必要がある。
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西洋文明の常識 森川 明氏著
本論文は以前ホームページ上で公開されていました。
大幅に加筆されたものが工学社によって出版されています。
西洋文明の常識
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