●粉砕された西アジア文明の結束
西洋文明とイスラム文明の対決は、一一世紀末の十字軍遠征の時代にまでさかのぼる。圧倒的に優勢だったイスラム文明もいまではかなり弱体化したが、それでも巧妙な駆け引きによって、幾分勢力を取り戻していた。ところが、一枚岩といわれたイスラムのアラブ勢力が、湾岸戦争のイラク支持で真っ二つに分かれてしまったのである。
湾岸戦争は、西洋文明の西アジア戦略に基づいて遂行されたと考えていいだろう。外交戦術や内部工作により、敵を分裂させて勢力をそぐことは、ヨーロッパの常套手段だからだ。
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二〇世紀に入り、不毛と見なされていたアラブに石油が見つかると、アラブの地もヨーロッパの搾取の対象になった。イギリスとフランスによる支配も、石油の発見が大きく影響していたのである。
ところが、一九七〇年代に入ると状況は一変した。OPEC(石油輸出国機構)により石油価格の決定権を握ったアラブ勢力は、石油を武器にすることで欧米の搾取に対抗したのである。
自国の資源を最大限に活用して儲けることができたのは、アラブ(産油国)だけだった。アラブは当時、中東に高く依存していた石油の戦略的価値を熟知していた。過剰生産されていた石油の生産量を適正に抑えることで、どうしても必要だった文明に適価(欧米は高値と呼ぶ)で売ったのである。
アラブ勢力の結束は、欧米の金儲けを阻む敵でしかなかった。もちろんアラブの切り崩しは、すぐに開始されていた。
とくに、一九八〇年から八年間続いたイラン・イラク戦争では、イラクをイランにたきつけることで、少数派のシーア派イランとスンニ派との間に深い溝を作った。
もちろん、この戦争でも欧米は武器を売りまくり、大儲けしながら両国の国力を消耗させた。イラクが軍事大国になり、多額の借金を抱えたのもこの戦争だった。
戦争が長引く中で、さらに決定的な事件がおきた。OPEC内部の切り崩しや原油の先物取引開始、加えて、北海、アラスカ油田の開発により、一九八六年、最大の切り札である石油価格の決定権が消滅したことだ。そして最後のとどめが一九九一年の湾岸戦争だった。この戦争では多数派であるスンニ派の間でも分裂し、ついにアラブの堅い団結は崩れさったのである。
フセインは完全に、欧米の操り人形と化していた。イラン・イラク戦争にしても湾岸戦争にしても、欧米の利権のために作られた戦争だったからだ。もちろん最大の利権が、アラブの石油だったことはいうまでもない。
湾岸戦争のお陰で、下落し続けていた石油価格が一気に高騰したため、オイルメジャーはボロ儲けしていた。アメリカ国内で、石油の利権をめぐる戦争だと反対の声があがったのも当然だった。
イラクの陰に隠れて、話題にもされなかったが、湾岸戦争の発端は、サウジアラビアの油田を守る派兵にはじまっていた。西洋文明に担ぎ出される形で生まれた王室は、欧米の石油利権を認めることで私腹を肥やしている。一部の民衆は、民主主義を求めているが、これには見向きもしない。欧米に妥協したアラブで中心的な役割を担ったのが、このサウジアラビア王国だった。
はじめにいくつか楔を打ち込んでおき、問題がおきたら、それを巧みに利用して勢力を削ぐ。西洋文明のアラブ切り崩しは、実に見事だった。
湾岸戦争は、イラクに先制攻撃をけしかけることで大義名分まで作っていたが、結局はいつもの金儲けの戦争に過ぎなかった。中東にひとつ戦争を企画しただけで、軍需、石油、世界戦略と、あらゆる点で大成功を収めていたのである。すべてが計算づくの戦争だったことは間違いないだろう。
ただひとつ誤算があったとすれば、それは政治である。ひと昔前までなら、民衆を無視して参戦しても、勝ちさえすればすべてが許されていた。湾岸戦争では、大義まで作って勝利したのに、それでも通用しなくなっていた。なぜならベトナム戦争で捨て石にされた人々が、ようやく戦争の正体に気づいたからだ。
ベトナム戦争が泥沼化する中、自分たちには何ひとつメリットがないのに、殺し殺されにいかなければならない不条理さに、我慢がならなくなった。マーチン=ルーサー=キング牧師が、「アメリカの貧困者に五三ドル、ベトナム人を殺すのに三二万ドル」とお金で説明したのも、何でも損得勘定で考える利益至上主義の文明ならではである。
国益の実態を悟った一部の民衆は、金儲けのために戦争を賛美していた西洋文明の常識(帝国主義)に疑問を投げかけ、反対するようになった。国家のためならと、それまではどんなことでも許してきた文明から考えると、大きな進歩だった。
西洋文明の民衆がまともなことをいい出したのは、つい最近のことである。欧米が犯した数多くの野蛮な行為は、どれも民衆が認めたものだった。そのような民衆に幻想を抱くとしたら、大きな誤りだろう。
だが、民主主義の基本は多数決であり、民衆であることに変わりない。欧米の民衆は、今後良くなっていくのだろうか。西洋文明の主流国であるアメリカを例にして、その行く末を見ていくことにしよう。
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西洋文明の常識 森川 明氏著
本論文は以前ホームページ上で公開されていました。
大幅に加筆されたものが工学社によって出版されています。
西洋文明の常識
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