●民主主義と同居していた人種差別
西洋文明を学ぶなら、人種差別の問題を抜きには語れない。欧米の歴史は、基本に人種差別がなければ、理解できないものである。それを無視してしまったら歴史の解釈がおかしくなってしまうだろう。
たとえば、ヨーロッパでおきた一連の革命運動である。あれらは、非常に高く評価されているが、フランス革命やイギリスの市民革命にしても、国内の身分差別を緩和するための運動であって、すべて自分のためにやったに過ぎない。両国が保有する植民地の人々は、ほとんど無視されたのだから、他国が評価するものではないことぐらい明白だろう。
アメリカの独立革命は、ヨーロッパ諸国の寄り合い所帯だったため、もう少し範囲を広げて白人に限った自由と平等を認めた。もし、すべての白人に自由と平等が与えられなければ、移民国家がひとつにまとまることはなかったからだ。
我々の文明の目で見るなら、同じフランス革命で民族による国家が強調されたことの方に注目すべきだろう。フランス革命が、その後のきっかけを作ったといってもいいからだ。
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第一次大戦後、アメリカのウッドロウ=ウィルソン大統領は、民族国家を世界的に押し進める民族自決を提唱した。民族自決も高く評価されているが、民族単位で独立することが正しいのなら、既存の国家にも人種問題が発生してしまうのではないだろうか。
バルカン半島で民族問題が吹き出したのも、ヨーロッパ中でユダヤ人迫害が強まったのも、ヒットラーが民族自決の権利に基づいて領土を要求したのも、すべては民族国家に原因があった。
民族主義の本質を知るには、その前にヨーロッパの差別について知っておく必要がある。西洋にはびこる差別は、支配者と被支配者の摩擦から生まれるため一般の差別とは、区別して考えなければならないからだ。
西洋文明の支配は、力で押さえ込み、徹底した搾取をするのが基本である。
支配者は、搾取を正当化するために差別を作り出し、一方、搾取に苦しむ被支配者は、それに憎しみを持つため、やがて差別と憎しみが一体になってしまうのである。
イギリスとアイルランドの関係がもっとも顕著だが、差別する側も、差別される側も互いに憎しみ合う。これは人種差別に留まらず、身分差別や職種差別などさまざま差別が存在し、たとえ同じ民族同士でも、支配と被支配の関係で敵対し合うのだ。
どうして欧米の労使は、敵対し合うのか。西洋の支配の構図を知っていれば、簡単に理解できるだろう。労働者にとって経営者は、あくまで自分を搾取する支配者でしかなく、そのような支配者にただ従属することは最大の屈辱と考えるからだ。
この対立の発展系が、民族主義である。いま世界中でおきている紛争の多くが、民族主義者によって作り出されている。しかし、民族同士が憎みあっていなければ、民族主義は高まらない。まして同じ民族同士なら、民族主義などあり得ない。そのような時は、搾取しているのは相手の民族だとデマを流したり、宗教や言語の違いなどから故意に民族を作り出せばいいのである。
民族を対立させるには、殺し合いが一番である。憎しみが弱まり、和解に近づくとかならず殺人がおきる。惨たらしい殺され方をされるほど、人々の中に憎しみが募り、民族主義は強化される。
民族主義は、文明の排他性を金儲けに利用する、西洋文明の常識だった。元をたどれば一部の人間の利益のために生まれた理論である。ところが、時代と共に本物の民族主義者が育ってしまうので、本質がずれていってしまうのだ。
民族主義の発展系である人種優越主義も、植民地での略奪や奴隷制度を正当化するために生まれた理論だった。とにかく、金儲けに関しては、我々の百倍頭が働く文明なので、決して甘く見てはいけないのである。
資本主義の発展には、安い労働力が欠かせない。しかし、世の中にあるタダの労働力は、自分の労働力しかない。だからいかに他人の労働力を安く買うかで、儲けの額が決まってくる。いつの時代も、人件費が最大のコストなのだ。
もしアメリカやアフリカ大陸から、原住民をかり集めて奴隷にすれば、給料を払う必要もない最高の労働力が得られた。これを金儲けの亡者が、見逃すはずがなかった。問題があるとするなら、それをどうやって正当化するかである。
自分の利益のために、奴隷制度を作ったとなれば、どうしても人道に反してしまう。そこで、まず西洋文明の優秀性(白人至上主義)を説くことからはじまった。人道に関係なく差別するには、相手を劣った存在にし、できれば人間でなくしてしまうと一番いいからだ。
高名な学者たちは、「劣った有色人種は、優れた白色人種に支配されるべきだ」とか、一九世紀中頃に誕生した進化論の適者生存や弱肉強食を利用して「強いものが生き残り、弱いものは滅ぶのが正しい」とかまことしやかに語り、自らの悪行を正当化し続けたのである。
かつて、日本と同盟を組んだヒットラーも黄禍論の支持者だった。人種差別主義者の筆頭だったヒットラーが、日本と同盟を組んだというのに、それが当たり前のように語られている。
ドイツでは、もちろんこの矛盾をどうにかしなければならなかった。アーリア人優越説を唱えていたナチスドイツが、黄色人種国家と手を組むには、何らかの理論づけが必要だった。
そこで、日本人=アーリア人説という奇怪な理論を作り出し、強引につじつまを合わせた。西洋文明の目的は、自己の利益であり、主義主張そのものが、金儲けのためにある。だから利益のためなら、簡単に主義主張が変わり、昨日の敵が今日の味方になったりする。
そのため本来なら、一般にある差別と、金儲けが作った差別を分けて考える必要があったが、やがて略奪により豊かになってくると、自分たちは本当に優れていると信じるようになっていった。自分の利益のために、有色人種を家畜扱いしていたのが、それを差別とさえ思わなくなってしまった。
時代と共に、人種差別思想が民衆の間に定着してしまうと、本物の人種差別になってしまった。だから西洋文明を解き明かすもうひとつのキーワードが、人種差別なのだ。
さて、非人道的な人種差別政策をした国といえば、ナチスドイツや南アフリカを真っ先に思い出すだろう。しかし、本当にこの二国だけの問題なのだろうか。
突然そのような国が生まれること自体、おかしくないだろうか。
人種差別の歴史を語るなら、それが生み出された奴隷制度の時代にまでさかのぼる必要がある。アメリカの奴隷制度は、南部の利権がらみで長期間放置され、南北戦争が終わるまで延々と続くことになった。
人種優越主義により正当化された奴隷は、公然と売買され、過酷な扱いを受けた。西洋文明の奴隷には、一切の人格が奪われていたため、他の文明に見られた奴隷とはまったく異なり、その扱われ方は常軌を逸していた。
南北戦争中の一八六三年になり、ようやくリンカーンの奴隷解放宣言が出されたが、それさえも北部がアメリカを統一するための政治的妥協に過ぎなかった。
黒人のための解放ではなかったので、お金も土地も持っていなかった黒人には、どうすることもできなかった。いくら解放されても、ほとんどの黒人は自立する道などなかったのである。
南北戦争後、負けた南部にとって、奴隷制の廃止は死活問題だった。タダ同然の労働力があったからこそ、繁栄を享受していたからだ。そこで今度は、借金という債務奴隷にすることで土地に拘束し、タダ働きさせるようになった。つまり、北部の法律でも合法的な半奴隷制度を作り上げることで、現状維持を図ったのである。
それでも一時的には、黒人も公民権を手にすることができたが、北部と南部の和解により、南部に駐屯していた北軍は撤退していった。政治的、経済的取引により、南部の黒人は見捨てられることになった。
やがて、KKK(クー・クラックス・クラン)を代表とした人種差別の嵐が吹き荒れ、南部だけでなく、北部でもリンチ(私刑)が横行した。奴隷の解放で、個人の所有物からひとりの人間になると、今度は人間としての差別を受けるようになったからだ。
そして、一度は得た公民権を失い、人種隔離政策で病院から学校、墓場まで差別されることになった。これは明らかに憲法違反のはずだったが、北部も最高裁判所もそれを認めて放置した。
人種隔離政策は、第二次大戦後も続いたが、公民権運動が高まったリベラルの時代、一九六四年から六五年にかけて、ようやく黒人にも投票権が認められた。
これはアメリカが真の意味で民主主義国になった重要な年である。
とはいえ、これも法律上の権利が認められたに過ぎず、現在に至るまで人種問題は解決していないのである。
ここで先のナチスドイツと当時の西洋文明を比較してみたい。ナチスはユダヤ人から全財産を没収して、ゲットーや強制収容所に押し込め、最終的には計画的な民族の排除をはかった。
それに対して、アメリカやヨーロッパ諸国は、迫害から逃れようとしたユダヤ人移民の受け入れを規制し強化した。ユダヤ人迫害は昔から頻繁にあったことであり、ナチスの専売特許でもなんでもなかった。
アメリカにおける黒人の隔離政策は、既に述べた通りであり、戦時中も人種暴動が多発していた。また、民衆の支持を基盤に、KKKが再度台頭しており、黒人ばかりでなくユダヤ人、東洋人、共産主義者などあらゆる人々が排除の対象になった。
アメリカとカナダでは、交戦国でも日系人だけが、ユダヤ人と同様にほとんど全財産を没収され、強制収容所に押し込められた。
民主主義国と全体主義国を比べてみても、やっていたことに大して変わりはなかった。差別されていたのは、ヨーロッパのユダヤ人だけでなく、アジア系でもアフリカ系でも、有色人種ならみな差別されていた。
ナチスドイツや南アフリカが、特殊な国として扱われるのは、西洋文明の常識を隠すために他ならない。両国の中に多少の独自性はあったものの、間違いなく当時の西洋文明の常識を忠実に守った国であり、飛び抜けておかしなことはしていなかった。
南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)でさえ、ただ時代にそぐわなくなっただけであり、西洋文明の流行に乗り遅れただけである。白人の元支配者層の本音は、「昔は良かったのに、なぜだめなんだ」ではないだろうか。自分の利権のために奴隷化するなど、昔なら当然だったからだ。
西洋文明は旗色が悪くなると、いきなり自分は無関係の人間のように振る舞い自らの犯罪を煙に巻いてしまう天才である。昔の同僚たちが、善人であるかのようなふりをして経済制裁を呼びかけた変わり身の早さには、ただ感心してしまうよりほかない。
人種差別が生まれたのは、偶然ではない。西洋文明の常識から、人種差別は生まれた。そして人種問題は、いまでも再燃し続けているのである。
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西洋文明の常識 森川 明氏著
本論文は以前ホームページ上で公開されていました。
大幅に加筆されたものが工学社によって出版されています。
西洋文明の常識
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