●民主主義に潜む恐ろしい欠陥
先にあげた中国は、民主主義国ではない。そのため西洋文明は、何かにつけて天安門事件などを取り上げ、人権がどうだとか、非民主的だとかいって内政干渉をする。
傲慢な文明は、いつも自分のことを棚に上げ、他人の非だけをなじる。それなら欧米に、人権問題など存在しないとでもいうのだろうか。よその国を批判するならその前に、自国の人権問題をどうにかすべきだろう。
中国には、一二億以上の民がいる。世界の人口の約五分の一が、あの国にいる。
しかも多民族国家である。中国の支配者は、膨大な数の人々に加え、さまざまな言語や文化や習慣を持った人々をまとめていかなければならない。自己中心的な文明は、そのような事情をすべて無視しているのだ。
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これまで民主主義の問題点について、いくつか述べてきた。その中でも、最大級の問題が、はじめに述べた多数決の弊害だった。意外にも、これはいまだに解決されていない致命的な欠陥だったのである。
「インドの分裂を決定的にしたのは、民主主義だった」ことを知っているだろうか。いまの民主主義は、多数決である。多数決ではどんなに頑張っても、少数派に勝ち目はない。だから、もし政治を多数決で決めようというのであれば少数民族や少数派がそれに危機感を持って、独立しようとするのは当然の成りゆきである。
分裂の発端も、やはりインド人にはなかった。すべては植民地にしていたイギリスが、宗教で分断統治したせいである。少数派のイスラム教徒を味方につけるために、多数派のヒンズー教徒への憎しみや不信感を煽り立て、それが分裂(東西パキスタン分離独立)を決定づけたのである。
あのルワンダも、民主化によって支配体制が崩壊した。ルワンダは、ツチ族と呼ばれる少数民族が支配する国だった。とはいえ、欧米とは大きく異なるのが、多数派のフツ族と平和的な共存関係が保たれていたことだ。その仲をベルギーとフランスが引き裂き、フツ族の中に少数派への憎しみを煽り立て、多数決で少数派の支配者を引きずりおろしたのである。
民主主義がルワンダの秩序を破壊し、民族問題(民族対立)を決定的にした。
そこに民族主義者による扇動が加わり、ルワンダの虐殺へと発展した。
同じく旧ユーゴスラビアも、民族主義の被害者になった。冷戦下とはいえ、一緒に暮らしてきた複数民族と宗教が、大国の死の商人に操られた民族主義者によって分裂させられた。中でも人種と宗教が融合した理想的なボスニアが一番ひどい結果になった。
しばしば昔の虐殺事件が持ち出されるが、実際は昔の争いごとなど何も知らない新しい世代が増えつつあった。それが民族主義者のせいで、民衆が手にした数少ない恩恵である民族も宗教も関係ない平和な生活が粉々に砕かれてしまった。
民族主義の恐ろしさは、たとえようもない。いったん民族主義の火の手が上がり、人々の間に憎しみが育ってしまうと、憎しみの火種は、永遠にくすぶり続けるのである。一度憎しみが生まれてしまうと、それを消すことは至難の業となる。
多民族国家であるアメリカでも、多数決の弊害、つまり少数民族や少数派の問題を解決するために、先のリベラルの改革をおこなった。一九六〇年代の改革はただの変革ではなかった。その結果は、既に述べた通りである。
民主主義国のリーダーであるアメリカでさえ、多数決のバランスを保つための改革に失敗したのに、どうして語られないのだろう。人種問題にしても、融和どころか溝が深まってしまったことをどう解決していくつもりなのだろうか。
欧米が主張する民主主義は、少数派の問題を抱えてしまう多数決である。多数派が国家を支配する制度だから、邪魔な少数派を排除しようとする動き(民族主義)が生まれたり、利己的になった少数派が、無理矢理にでも独立しようとする。これは多数決至上主義がもたらす必然であり、避けられないことなのだ。
西洋文明には、これとは異なるもうひとつの常識があった。それが先の中国、そしてキューバ、ベトナムなどである。これらの国々は、西洋文明の異端にあたる社会主義の大実験をおこなっていた。正統派ではない、異端の文明化を実行していたのだ。
社会主義という新しい制度のために、文明が持っていた多くの秩序を捨て去ってしまったため、何度も失敗を犯し、そのたびに路線変更してまた失敗するくり返しだった。文明化のために、正統派に限らずどの国の民衆も、例外なく苦労を重ねてきたのだ少なくとも、いまの中国は安定している。そこへ民主主義という新しい制度が押しつけられている。それでなくても、市場経済への移行で不安定になりやすくなっているのに、政治まで実験したらどうなるのだろうか。
いまの民主主義は、多数決である。多数決をすれば、人々の違いを明確にしてしまうため、同じ考えや利害関係を持った人々のグループを作らせてしまう。さらにそのグループは、自分たちに都合のいい主張しかせず、自分勝手な行動に走り、人々が作り上げた共存の秩序を破壊してしまう。これが民族主義や宗教紛争や内乱のきっかけであり、欧米をはじめ世界各地でおきている民主主義の悲惨な末路である。
成功すればいい。しかしもし失敗したら、中国全土に少数民族・少数派独立の嵐が覆い、アジア一帯も甚大な被害を受けることになる。そうなれば、中国の民衆にとっても我々にとっても益はない。
もし本気で他国の民衆の心配をしているなら、あのような無責任な発言が出ることなどありえないはずである。
主流派にしても異端にしても、西洋文明がやっていることは、ただ既存の秩序をぶち壊して、うまくいくかどうかもわからない新しいルールを取り入れているだけである。だからいつまでたっても、本物の秩序が育たないのだ。
世界には西洋文明以外にも、たくさんの文明が存在する。文明がたくさんあれば、それだけ価値観もある。しかし、多様性を認められない文明は、自分がやっていることがすべて正しいとしか考えられない。世界の国々には、色々な考えがあったり、色々な事情があることを受け入れられない人間があまりに多い。
それでも、自分のやり方でうまくいっているのなら、まだ理解もできる。現実には、自分の国が民主主義で荒廃しているのに、どうして民主主義を押しつけようとするのだろうか。これほどまでの傲慢さは、謙虚さを重んじる文明には、とても理解できないだろう。
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西洋文明の常識 森川 明氏著
本論文は以前ホームページ上で公開されていました。
大幅に加筆されたものが工学社によって出版されています。
西洋文明の常識
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