●モラルと宗教の関係
キリスト教は、厳密にいうなら、宗教というよりはむしろ規則に近い。なぜなら、すべてのキリスト教徒は、神との契約(律法)を守る使命があったからだ。しかし、神との契約は、教会が解釈した教義しか認められていなかった。
西洋文明は、教会が作った厳しい「教義」(いまでいう法律)に縛りつけられることで成り立っていた。モラルが「習慣」とはならず「規則」と見なされていたのも、教会の教義が押しつけられていたからだ。だからこそ、人々は宗教の腐敗に乗じてモラルから逃れようとした。
モラルが守られるかどうかは、文明の構造と密接な関係がある。個人主義の強い文明では、他人のプライバシーへ口出しできないのも、そのひとつである。そのため、他人に説教できる人間は、両親、聖職者、恩師(教師)などごく少数に限られている。
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一番重要な存在は、もちろん両親だが、欧米人の育て方では、自分の子供が子供でなくなってしまうため、家庭環境の違いで大きな差が生まれる。実の子が、赤の他人(又は友達)のようになってしまったり、無関心で放任しているような親では、モラルを説くどころではないだろう。
教師はその昔、聖職者が兼ねていた。そのため聖職として、長く尊敬の対象にあったが、現在の教師は教育の崩壊などで権威がなくなり、生徒と同レベルになってしまったためほとんど効果がない。
従って、いま欧米でモラルを説くことができる人間は、聖職者しかいないわけである。よく宗教の腐敗と簡単にすましてしまうが、「他人に説教できる人間がいなくなってしまうこと」と考えれば、大変な問題であることがわかるだろう。
だから、人々が信仰を失ってしまうことも問題である。神を信じなくなると、間違いを正す人間がいなくなる上に、宗教とモラルが一体化しているため、モラルまで一緒に失ってしまう可能性が高いからだ。
冷戦の終結が、この問題をより悪化させた。宗教を否定して「力で規則を押しつけてきた」東欧の社会主義国が崩壊したせいで、信仰を持たない無神論者が数億人単位で生じたからだ。
西洋文明の無神論者は、神との契約(モラル)にまったく縛られていないことを意味している。正統派にしても、異端にしても、後先も考えずに宗教を捨てる大実験をやったせいで、文明の根幹を揺るがす大問題を作り出してしまった。
西洋文明は、宗教(宗派)でモラルが決まると思っていい。その文明で、宗教が馬鹿にされたり、なくなってしまうほど恐ろしい話しはない。
欧米人が、礼儀正しい日本人を見て「何て信心深い国民なんだろう」と錯覚するのは、宗教とモラルが同一視されているせいだ。同じ欧米人でも、信心深い人々と、そうでない人々との日常生活を比べて見れば、モラルの差が歴然としていることがわかるだろう。信仰(聖職者)の大切さは、日本とは比較にならない。
それなら信仰を厚くすればいいかというと、そう単純でもない。ごく少数ではあるが、信心深く、厳格なモラルを持った宗派が生まれた。しかし、モラルを持った人々も持たない人々と同様に極端だった。
イギリスのピューリタン革命を見てもわかるように、欧米には、中庸の考えがないためどんなことでも極端になりやり過ぎてしまう。過去にも聖職者が、堕落した人々を諭したことが何度もあったが、突然厳しいモラル(禁欲)を課すため人々は嫌気をさして長続きすることはなかった。何でも禁じ過ぎれば、一般大衆はついていけないことを知らなかったためだ。
それでも、モラルを取り戻すためには、宗教に頼るしかほかにない。モラルを失ったアメリカでは、いま信仰を取り戻す努力がされている。だが、下手に信仰に頼ると、宗教を押しつけていた時代へ逆戻りすることになりかねない。
モラルのために、宗教を捨てることはできないが、だからといって、宗教を押しつけてしまうのも困る。西洋文明が抱える大きなジレンマである。
これが日本になると、倫理や道徳は、儒教、仏教、神道、道教などから、さまざまな教えが説かれていた。しかもこれらの教えは、ほとんどが宗教を意識させないぐらい生活にとけ込み習慣化していた。だから、無神論者だろうが、宗教にこだわる必要はなかった。
日本の倫理の基本となる儒教でも、本家中国では、開祖である孔子を神として祭っている。しかしほとんどの日本人は、孔子を神と思うどころか、宗教とさえ認識していない。それでも孔子の教えには従っており、それに疑問を持つ人はほとんどいない。
そのわけは、人々が倫理や道徳の大切さを良く知っており、自発的に従っていたからなのだ。これまで考えもしなかったと思うが、意識しないでモラルにだけ従えることは、ものすごく素晴らしいことだった。
欧米では、解決のめどさえ立たない問題を、日本ではなにげなくやっていた。
日本ではごく当たり前のことが、欧米にはとても真似できないことだった。これが文明の違いなのである。
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西洋文明の常識 森川 明氏著
本論文は以前ホームページ上で公開されていました。
大幅に加筆されたものが工学社によって出版されています。
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