晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

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投稿者:北斗七星
こころを制御する術

おそらく、この「こころを制御する術」を失った時代なのでしょう。
社会思想の違いによるものではなくて、貪欲と怒りと、心を制御する教えを信じない時代。
貪・瞋・痴・慢・疑の五つに支配された人間が政治を占領している時代。

ある日突然に破局はやってくるという予感が消えない。
ヨーロッパ、中東では、それが始まっている。

日本は軍事同盟だけはやめたほうがいい。

これだけは絶対にやめたほうがいい。

かつて殺された者は殺し、奪われた者は奪い、強姦された者は強姦し、奴隷にしたものは奴隷にされる。因果応報、善因は善果、悪因は悪果。
縁起の法。
これが「全知全能の神」の正体ではないだろうか。

恨みを捨ててこそ恨みは止む。
手柄も捨ててこそ高貴と言われる。
捨無量心。

縁起の法。
これが「全知全能の神」の正体ではないだろうか。



投稿者:北斗七星
能力主義

信じられないほど優秀な頭脳を持った人の頭脳労働は、高度な文明を築いてきた。

紡績機が発明された時代、機織りは飛躍的な生産力を発揮して社会を混乱させた。

画期的な機械が出現したにも関わらず、多くの人間が不幸になった。

何故?。

画期的な機械は、その所有者の物だから。

能力がある者が創り、能力がある者がそれを所有し、能力がある者が富を築いて行くドリーム。

能力に応じて働き、その成果に応じて報酬を得る。

極ごく、当たり前に思える世界ではあるが、文明が吐き出す「様々なゴミ」の始末は利用者負担にされている。しかも膨大。

そんな物が無くとも、われわれは等身大の技術で生きてきたであろうに!。

人類は貪欲に任せて「バベルの塔」のような文明を築いているのではないか。

折しも南極では氷が溶けてきた。

2017年4月18日〜7月2日

ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展
ブリューゲルの最高傑作、ついに来日!
投稿者:北斗七星
死ねば仏さん

一般には、死んだ人を「仏さん」と言う。
あるいは、往生したと言う。

死ねば、成仏したか往生したことになっている。(死ねば幸せ。)

ならば、お盆の施餓鬼は不要となるが、どういう『訳』があるのか?「お盆」がある。

今ではだれも教えてくれないし、訊く人も居ない。

お盆祭りなのか?
そういえば、クリスマスもお祭りなのか?

キリスト・イエスは大戦争の最中(さなか)に再臨するという。
イエスを呼ぶために大戦争を起こすのか?
イエスはその時何をするのか?

再び、人類を救うためにその命を「神」に捧げるのだろうか???。

自分のことは自分で始末すべきではないか。
自分のことは自分で始末すべきではないか。
自分のことは自分で始末すべきではないか。

死んでしまった人には親族、友人、知人が「回向」を回してあげるしかない。
投稿者:北斗七星
>膨大な活動成果的ストックがあるというか、それを造り出し使いこなすことができる歴史段階になったことが、「開かれた地域共同体」への移行を保証すると確信しています。

人類の膨大な欲望が膨大なストックを生み出して、そのストックがいわゆる「1%」の手中に収まっている訳でして、当面の課題はそれを如何に分かち合うか?でしょう。

「1%」の止まる所を知らない膨大な貪欲をどのようにコントロール出来るのか?それが課題であり、共産革命は血を流すことによって解決しようとしたが、その後の支配者達はおのれ自身も同じ貪欲に染まって行ってしまった。そこには右も左も中も無い。

日本の「お盆」の行事というのは、「盂蘭盆」に由来していて、「ウラボン」とは「逆さ吊り」の刑の苦しみのこと。あるいは、「逆しまな見解」を持って生きることで生じる苦しみであり、生きてある時も苦しみ(これを逆しまな人は楽しみと見る。)過剰なストックを溜め込み、施すことを忘れた人間は死して餓鬼になる。
その先祖に施すことを「施餓鬼」と言い、これを毎年のお盆に、そうとも知らずに行っている。

唯物論者は、心は脳の活動の所産であり、脳が破壊されれば脳波は停止して心も無くなると考えるから、「お盆」など無意味だろう。

脳は何故出来るのか?。

脳が先か?、心が先か?
それが問われなければならないだろう。

遺伝子が先か?、心が先か?
それが問われなければならないだろう。

ビッグバン以前の状態に遺伝子(物質)は存在したか?

それが問われなければならないだろう。

そして、不可思議(思議することは不可能)。

だが「こころ」は確かに在る。

死ねば無くなるのか?
無くなれば輪廻は無い。

それが問われなければならないだろう。

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