【世界経済を認識する基礎】 通貨の供給過程 後編 から続きます。
アラブの金保有の理由:
>なるほど利子を罪悪視してるからアラブ諸国は金をたくさん溜め込んでるんだ。ありがとうございます。謎がとけました。
ムハンマド自身が株式会社のオーナーみたいなものです。
全部の宗派がそうであるかはわかりませんが、イスラム法では、株式投資やそれに伴う配当金の取得は問題ありません。
ただし、非イスラム法国家の銀行株への投資がどうなのかは、ダメという考え方が強いようです。
イランも、厳格なイスラム法国家でありながら、利息を支払うのならという理屈で国債の発行を決めたようです。
(取得は駄目だけど支払いはいいだろうという話のようです)
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Re: 株式投資や配当金の取得はOKです 投稿者 あっしら 日時 2002 年 7 月 09 日
ほとんどのイスラム国家が、19世紀末から20世紀中盤にかけて西欧の植民地支配を受けたために、厳格なイスラム法の適用ではうまくいかない経済社会になっています。
それが、イスラム復古派が勢力を伸ばしている背景でもあります。
アラブの大金持も、敬謙なムスリムであれば、お金を増やそうというとき、それがイスラム法に適合しているか真剣に悩み、律法学者にお伺いをたてるほどです。
イスラムやイスラム国家に関する情報が少なすぎることも大きな問題だと思っています。
Re: 利息取得を詐欺だとは説明していませんよ 投稿者 あっしら 日時 2002 年 7 月 09 日
イスラム国家の現状については、英国法で国家が統治されている国から、イスラム法で統治されている国と濃淡の差があるので一概に言えませんが、次の書籍を読まれると苦悩の状況やイスラム復古派の考え方がそれなりに理解できると思いますよ。
『イスラーム経済論』と『無利子銀行論』です。ともに、ムハンマド・バーキルッ=サドル氏が書いたもので、日本語訳は黒田寿一郎氏です。
(出版元は「未知谷」です)
『無利子銀行論』では、利息を取らないためにどういう手法があるかを呻吟しています。
成功はしていませんが...。
>貨幣が時間差から利子を生むのは、貨幣が貨幣たるがゆえであり、人間がメシを食えばクソが出るような話です。全人類がそれを当然のものとしてゲームをしている以上、それを詐欺であるとはいえません。
貨幣保有者が貨幣を一時的に手離すことで利息を得ようという欲求を持ち、借り手が利息を払ってまで貨幣を手に入れようとすることは、古来より行われてきたことであり、「旧約聖書」の「モーセ五書」が繰り返し同胞(ユダヤ人)から利息を取ることを禁じたことでもわかります。
「全人類がそれを当然のものとしてゲームをしている」という根拠は何ですか?
歴史的限定的にそうであることは認めますが、利息取得が公に認められている歴史的時期とそういう経済社会(現在のもの)に生きている数を考えれば、「全人類がそれを当然のものとして」として表現するのは、不的確だと思いますがが...。
>つまり、全人類が騙されているという自覚がなく、経済活動を行っている以上、それは詐欺とはいえません。
オリジナルの書き込みで、利子を取得することが詐欺だとは述べていません。
発券銀行が保有している金(貨)の4倍の紙幣を貸し出していることを「詐欺」と言い、何ら価値的裏付けがない紙幣を貸し出していることを「詐欺」の拡大だと言っているのです。
>貨幣が労働価値のみを現すというのであれば、ルノワールの絵画に数億円の値段が付く一方で、三流画家がルノワールと同じ労働時間をかけて描いた絵画か数千円でしか売れないという理由を科学的に説明できません。
「貨幣が労働価値のみを現す」というのではなく、通貨が「労働価値」の価格表示機能を果たすと主張しています。
「ルノワールの絵画に数億円の値段が付く一方で、三流画家がルノワールと同じ労働時間をかけて描いた絵画か数千円でしか売れないという理由を科学的に説明できません」ということについては、どのような貨幣理論を持ち出しても、科学的に説明することはできないのではありませんか?
需給理論でもっともらしい説明を付ける人もいる知れませんが、ルノワールのある絵が1点あり、それに数億円の通貨を投入してもいいと考える人が最低一人はいることが数億円の価格で売れる根拠である。
そして、そう考える人が複数いる場合は、残りがあきらめるまでの高い価格を提示できる人が取得できる。
逆に、そう考える人が減っていけば絵の価格は下がる傾向になり、一人もいなくなれば、億円単位では売れなくなるという説明レベルです。
これは、その絵の価格がいくらであるべきかを何ら説明したものではありません。
ルノワールの絵が数億円の価格で売れた理由説明の困難さは、テッド・ターナーがU.N.に10億ドル寄付したことを、科学的に説明できないのと同じです。
「必需財」→「利便財」→「金融財」→「奢侈財」→「享楽財」の流れで、価格理論は科学的(論理的)に説明しにくくなるものです。
言えることは、「金融財」を除き、上記の順序に従って、生存上の不可欠性や緊要性が薄らぐということです。
「必需財」の価格理論を明確にすることこそが、経済学の最優先理論です。
「利便財」と「金融財」は、「労働価値」と通貨の関係である程度まで説明できると考えています。(個人的趣味趣向の色合いが濃い「奢侈財」と「享楽財」については、「必需財」と「利便財」を充足した後に求められるという傾向が強いので、「労働価値」と通貨の関係で説明できるのは“最低価格”についてのみになります)
>また、資本が欠けても、労働者が欠けてもモノは生産できませんが、例えば泥団子にいくら労働力を投入しても、泥団子は食べられる団子になりません。
使用価値がないものは、いくら資本を投じて生産しても財にならないことは既に説明しています。
>また、コカ・コーラを売るという行為について、例えば、コンビニで販売すれば店員の労働力が要りますが、自動販売機で販売すれば労働力は要りません。
>(製造や輸送の過程で必要とされる労働力についてはとりあえず除外する)
>同様のことは最近ロボットがビルの建設をするように機械化の進展した建設業でもいえることです。
だからこそ、「デフレ不況」になるのです。
指摘されたことは「労働価値」の上昇を意味します。
「労働価値」の上昇で不要な労働力が生じたことで通貨を稼げる人が減れば、コカコーラを買う人が減り、その他の財の販売量も減っていけば、ビルを建設する人も減っていきます。
>世界の大勢は技術の発展によって、同じ仕事なら、ますます労働力を必要としない方向に向かっています。つまり、資本は利益をあげるために労働力を(完全にとは言えないが)必要としない方向に向かっているのです。
そう思っています。
繰り返しになりますが、だからこそ、「世界同時デフレ不況」になるのです。
「近代経済システム」において、それでもうまく経済発展ができるという理論の出現を期待しています。
私は、それは論理的に不可能だという判断から、それはなぜ不可能なのかという論理を書き込みしています。
>ところで、あっしらさんはマルクス主義経済学の特殊な変種を信奉しておられるのですか?
>私はいぜん貨幣廃止を主張したポルポト派を高く評価している方から似たような話を聞かされた経験がありますので。
主義や宗教は信奉していません。
おかしな言い方ですが、自分の論理も信奉していません。
「資本論」が「近代経済システム」の説明体系として相対的に優れたものだとは思っていますが、「労働価値」の考え方が間違っているし、「剰余価値」という誤った利潤源泉を持ち出していることから、方法論を汲み取るとしても、記述された論理記述は捨て去るべきだと思っています。
「資本論」では、現実の経済社会は分析できないし、経済政策も打ち出せません。
「貨幣廃止を主張したポルポト派」と言われますが、世界全体がある意味では貨幣を廃止したと考えています。
今存在している貨幣は、そうでなければ経済活動ができない経済社会の条件(社会的分業)を巧妙に利用して、紙切れを貨幣だという言い募っているだけの「詐欺」です。
新旧はあるでしょうが、古典主義者も、マルクス主義者も、ケインズ主義者も、マネタリストも、現実の経済社会を重要な点で説明できていないのです。
Re: 通貨には一切の「労働価値」的基礎は不要です 投稿者 あっしら 日時 2002 年 7 月 09 日
>要するに価値の計量単位としての貨幣は、労働価値を基礎としているのではなく、労働価値は貨幣の性質の一部を成すにすぎないということです。
金貨でさえ制限回数がないまましかも減価もせずに全き表示単位の通貨として使われていたのですから、労働価値を基礎にしていないとも言えます。
(新産金が金貨として初めて使われるときのみ労働価値を基礎にしている)
あれこれと既存経済学との関係で逆説的な説明もしているので分かりにくいと思いますが、財の取引を媒介する機能としての通貨は、それ自身「労働価値」を基礎とする必要がないというのが私の通貨に関する考え方です。
通貨は、「労働価値」がかたちになったものである労働成果財の価格表示機能にその役割は収斂できるというのが結論です。
>つまり、価値とは人の心と体の欲求と必要が産みだすものなのです。
>人間が紙幣などという紙切れに価値があると信じているから紙幣を誰も只の紙と思わずに使っているのです。
言われていることは理解できるつもりですが、それでは、経済社会の動きを説明することも、「デフレ不況」の原因や解決策も見出せないと思います。
せめて、なぜ、「人間が紙幣などという紙切れに価値があると信じている」のかを考えてみられることをお勧めします。

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