“自然の恵み”ではなく“人々の恵み”が産業を発展させ生活も向上させてきた。 の続きです。
■ “人々の恵み”と「産業主義近代」の終焉
「近代」とりわけ先進国は“人々の恵み”を己のものにしながら経済成長(国民生活の向上)を達成してきた。
現在の世界を眺めれば、“人々の恵み”を最大レベルで享受しているのは中国と言える。
今回の投稿、そしてこれまでの投稿をお読みになられた方ならご理解いただけるように、「近代経済システム」において“人々のめぐみ”を持続的に享受するためには、貿易収支の黒字を持続しなければならない。
そうでなければ、利潤獲得を動機としている限り誰も、べらぼうな金額が必要な設備投資を積極的に行ったりしない。とりわけ、内部留保がなく、それを借り入れに頼らなければならない企業は、設備投資をしたとしても債務の履行を果たせず倒産することになるから断念することになる。
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もちろん、貿易収支が赤字であっても輸出で稼ぐ企業は存在するから、そのような企業は生産性上昇を追及した設備投資を行うことができる。
しかし、国民経済として貿易収支赤字であれば、赤字財政支出がそれを補填する規模で行われない限り、必ず他の企業が損失を計上することになる。
(貿易収支が黒字で赤字財政支出が30兆円を超えているなかでも名目GDPが縮小してきたことを思い起こしていただきたい)
A:
企業の長期損失は倒産につながり、銀行の財務には悪影響を与える。
赤字財政支出を増加させていけば、その利払い目的を中心に増税を行わなければならなくなり、勤労者をはじめとするすべての国民の可処分所得は減少することになる。
この間の動向でわかるように、このような現実を知った人々は、現在の消費を抑え将来に備える行動を採るので、可処分所得の減少以上に消費支出は減少することになる。
このような経済状況は、輸出優良企業も、そのために落ち込む国内販売を補填するだけの輸出増加を達成しなければ、利潤水準はともかく雇用水準を維持できないことを意味する。
国際競争条件や諸外国の経済状況によって、それが達成できるかが決まる。
達成できなければ、輸出優良企業も、赤字にはならないとしても、生産縮小には向かうことになるから失業者は増加する。
この影響を受けて首切りをする企業や長期損失に陥る企業が出てくる。
B:
それがAに戻り、再びBまで進み、またAに戻るという“悪循環”が続くことになる。
現在の日本は、このような未来に向けてゆっくり歩んでいるのである。
というより、貿易収支黒字と大規模赤字財政支出のなかで、日本は既にこの歩みを続けていると言ったほうが正しい。
(今は、日本政府が米国政府に融通した35兆円ものお金が日本経済に“小康状態”をもたらしているだけなのである。株式市場が現在の水準を保っている最大の要因が、その35兆円をドルと交換した外国人投資家の買いであることも忘れてはならない)