「貧乏人からカネを取るよりも、カネ持ちからカネを取るほうが合理的だと思いますが・・・」
税制・年金
サイボーグ004 さん:
最近よく言われていることで、意味不明なことがある。
それは、相続税の軽減や、課税最低限の引下げ、及び最高税率の引下げである。これでは、金持ちをますます金持ちにし、貧乏人はますます貧乏になるということになる。
「自己責任」「実力主義」の名のもとに、貧乏人は馬車馬のように働かされ、「金融秩序の維持」「社会不安の防止」の名のもとに、大手の金融機関や企業に多額の税金が使われる。
リストラや自己破産も「自己責任」の一言で片付けられてしまう。
これは明らかに、カネ持ち優遇政策である。
人気blogランキング <-- クリックしていただくと、より多くの方に読んでいただけます。ご協力お願いします。
昔、池田某首相は「貧乏人は麦を食え」といったそうだが、今の何某純一郎首相も表面では「構造改革」「国際競争力の強化」を口に出している。彼も口には出さないところでは、「貧乏人は麦を食え」と考えているのだろう。
財政学に、「ビルトインスタビライザー」という言葉があるが、これは、財政は好況の時は税金を課税し、景気の加熱を抑え、したがって、税収が増え、不況時は課税を緩め、景気が冷えることを抑えることができるという理屈だ。
また、「課税の水平的平等」、「課税の垂直的平等」という言葉もある。前者は、例えば、消費税が代表的なものであるが、広く浅く課税するのも野である。
まあ、間接税に多い傾向がある。
後者は所得税が代表例だが、収入の多寡に応じて課税するものである。
こちらは直接税に多い。
「応益説」「応能説」という言葉もあり、これは税の負担はどうあるべきかをあらわした言葉である。
前者は受ける行政サービス(利益)の多さに応じて、税を負担すべきであるという考え方。
後者はおカネを払える(稼げる)能力に応じて税を負担すべきであるという考え方である。
私は、どちらかというと応能説が税の論理としては正しいように気がするが・・・。
それというのも、おカネを稼げるということは、その人の能力もさることにて、社会インフラや治安のよさ、戦争状態ではないという環境があって初めて商売は成り立つからである。
税金は、これらに対するコストである思えばよいのではないか。
これからの時代は、消費税を10%にしようという話もあるらしい。
貧乏人からカネを取り上げ、カネ持ちをより裕福にするのは結構であるが、消費性向の高い貧乏人は、カネがなくて買いたいものも買えない。
消費性向の低いカネ持ちは、買いたいものは大抵買ってしまったので、余った金をどのように使おうか迷って、カネが滞留してしまう。
例えば、5万円するDVDプレーヤーを買うことを考えたとき、生活保護で、保護費14万円/月の人と、大企業の幹部で給料70万円/月の人では、このプレーヤーを買うにしても、考え方が違うだろう。
前者は5/14すなわち月収の35%以上、後者は5/70すなわち月収の7%ちょっと。
すなわち貧乏人→カネがなくて、ものが買えない。カネ持ち→カネが余り、結果、貯蓄する。従って、市場におカネが出回らないということになろう。
素人考えだが、このように考えると、貧乏人にカネを使わせ、カネ持ちから税金を取ったほうが、消費も喚起され、税収不足の改善につながると思われる。うまくマネーが還流するモデルができればよいのだが・・・。
難しいことはよくわからないが、学問の究極の目的、とりわけ社会科学は、人間社会をよくするために存在するのではなかろうか?
皆様はどうお考えですか。ご意見・ご感想お待ちしています。m(_ _)m
--------------------
銀二さん:
それはおかしい
税金とは、行政が提供するサービスへの対価と考えると、本来、貧乏人も金持ちも同額の税金を払わなくてはならない、はずです。
サービスの内容は金持ちも貧乏人も同じですから。
むしろ、貧乏人のほうが、行政からいろいろな恩恵、サービスを優先して受けているので、税金を高くはらってもいいくらいなんです。
安易に金持ちから金とればいいやってのは、モラル的にあきらかに間違っています。
それじゃあ強盗と同じですよ。考えの根本が間違っています。
本来は国民一人一人が全員で国家を支えなくてはならないんです。
ところが、今は税金を払っていない、もしくはほとんど払っていない人が非常に多い。
これは本来の形から離れている。
だから、本来あるべき姿に近づけよう、ってのが今回の税改革の趣旨なんです。もっと新聞をよく読んでください
--------------------
Re: 自由主義的平等主義的正論です 投稿者 あっしら 日時 2002 年 6 月 14 日
近代国家の成立論理に照らせば、銀二さんが言われるのが正論です。
均等税(人頭税)+物品税+関税で国家を運営するのが筋です。
元英国首相のサッチャーさんは、そのような意味で“歩く近代主義”や“歩く資本主義”だと思っています。
(悪意を持った表現ではなく、資本主義や近代国家を善と判断する人は、そのような主張を堂々とすべきだという意味です。ごまかしではなく、理念で政策を主張したということでサッチャーさんを高く評価しています)
“正論”を実現することが、“正論”を好ましいと考える人にとって、好ましい現実をもたらすとは限りません。
「均等税(人頭税)+物品税+関税」で国民経済が動けばどうなるかは自明です。
“正論”を、理念や論理として好ましいと考えるのではなく、自分の経済的利益にとって好ましいと考える人の一部は、正論じゃないと考えてしまいがちな“貧乏人”にずり落ち、それによって、さらに“貧乏人”が増えるという循環が続いていきます。
生活保護についても、正論から言えば、自己責任で、「物乞いをしてしのぐ」か、「ルンペンになる」か、「自殺する」かで結末を付けるべきだという考えも成り立ちます。
しかし、現在のような「デフレ不況」であっても、生活扶助など社会補償費の財政支出で支えられているのです。
(もちろん、それを公共事業などに回して同じ効果を得ることはできます)
経済論理とは別に政治的な面で言えば、「均等税(人頭税)+物品税+関税」がもたらす現実が、現在の国家や経済社会の存続を保証するかという問題もあります。
警察力と軍事力を強化すれば、なんとか存続できるかも知れません。
しかし、物乞いやルンペンからは税金を取りようもないのですから、そのために、「均等税(人頭税)+物品税+関税」を増税するしかありません。
(どうなるにしろ正論は実現すべきだという姿勢も評価しますので、そうなってもやるべきという主張もどんどんやって欲しいと思っています)
>ところが、今は税金を払っていない、もしくはほとんど払っていない人が非常に多い。
所得税については、ご指摘はあてはまりますが、「消費税5%」がありますから、国内で物やサービスを購入している人は、税金を払っています。
>だから、本来あるべき姿に近づけよう、ってのが今回の税改革の趣旨なんです。もっと新聞をよく読んでください
政府が、正論に近づけることだけを名目に掲げているのなら、銀二さんの主張は正しいでしょうが、「経済の活性化(不況克服)」や「財政改革(税の増収)」のほうがより前に掲げられています。
Re: 本論には同意ですが、社会科学の目的には?です 投稿者 あっしら 日時 2002 年 6 月 13 日
サイボーグ004さんと基本的に同じ考えに基づき、違った視点からいろいろな書き込みをしているので一言。
(本当は、サイボーグ004さんの論で多くの理解が得られるものだと思っているのですが、そうではないようなので、あれこれと書き込みをしています)
貧乏人にお金を回しても、結局は、企業や金持ちに戻ってくるもの。
貧乏人にお金を回さなければ、結局は、企業の一部が破綻したり、金持ちの一部が貧乏人になっていくもの。
このような経済論理が理解できない人たちが、政策運営や企業経営を行っているのが日本の不幸です。
短期的な利益の追求が長期的な損失につながることや増税が増収につながるわけではないということを考えられない人たちが、税制変更・「構造改革」・企業経営を進めているのが日本(世界)の実状です。
(かつては、米国企業は短期的な利益を追求しているからダメで、日本企業は長期的な利益を追求しているから成長していると誇っていたのに...)
>難しいことはよくわからないが、学問の究極の目的、とりわけ社会科学は、人間社会をよくするために存在するのではなかろうか?
生活・名誉・自己満足・真理探究という目的ではなくおっしゃられる目的で研究している人もいるとは思っています。
しかし、人間社会をよくするためという目的には“危険性”を感じます。自分が気持ちよくなるという目的のほうが“安全”でまっとうなものが出てくると思っています。
ほとんどの研究は、先人が構築した理論体系を説明することに終始したり、それを細分化したものを対象として研究しているといったものですから、先人の枠を超えることはできないようです。
(そうでなければ誰も相手にしなかったり、職にも就けないというのが現実のようです)
学問を生業にしている人は、そのことによって限界を越えられないと思っています。
また、知性や思考力に過剰な信を置いている人も、限界を突破できないと思っています。
どんなに大天才と言われる人の思考力でも、現実に対しては貧弱なものです。
そうでありながら、研究者たちは、多くの人のまともな直感を、知性や理性の名において圧殺しています。
地を這って生きている人(勤労者や主婦など)が、他我とも思考力は貧弱であることを自覚しながら自分の直感の正当性を必死に理論化し、論議し合っていくしかないのかなと思っています。
見聞きした範囲では、職業研究者・職業政治家・職業革命家・職業宗教家はあてにならないと考えています。
(あてになる人が出てきて欲しいとは思っていますが...)

25