晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

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投稿者:【『週刊文春』編集長の絶望的にむなしい言い訳と、メジャーな出版社としてまともな経営方針の見つからない株式会社文藝春秋の始末に負えない通俗のDNA】その101byにいのり
「経済学」とやらが、合理的経済主体なるいかさまに近い想像上の人間を想定した単純モデルを単純に扱って来たがために、市場参加者の裾野が広がれば広がるほど、まるで役に立たくなり、いかさま占い師より信用されなくなるという惨めな姿をさらけ出し、行動心理学等をハイブリッド化する事によってやっと体裁を整え始めたように、19世紀に発明された"イデオロギー"を核に「政治」を記述しようなどという試みは、右翼アナクロニズム同様アナクロ化しているという自覚を持つべきだ。
人間は、それが合理的な選択のはずだと思い込みながら非合理な選択を行うような存在であり、あまつさえ感情的なこだわりや、欲望や流行や、将来的な不安や恐怖に突き動かされる衝動、また、結果を出したいあまりにつく嘘やそれに近い過剰な言い回しをしたい誘惑等々が内心に存在する限り、「合理的経済主体」などというものに一秒たりとも留まっていられる事の方が少ないはずだという認識から始めなければ、「日銀」に巣食っているような「傲岸不遜な猪突猛進主義者」らに典型的なように、先の大戦時同様、「社会」の基礎的代謝機能のようなものまでが崩壊させられる可能性すら高まる事になる。
(つづく)
投稿者:【『週刊文春』編集長の絶望的にむなしい言い訳と、メジャーな出版社としてまともな経営方針の見つからない株式会社文藝春秋の始末に負えない通俗のDNA】その100byにいのり
共産党やいわゆるリベラルの人々が支持を広げられないのは、イデオロギーどころか政治ですらない悪党行為を批判、あるいは典型的症状・症例を指摘すべき局面で、「とりあえずビール」じゃないがとりあえずイデオロギーと結びつけて批判する悪弊から一向に抜け出せないからに他なるまい。
イデオロギーだとか、そんな大層なものは一切関係のないところで物事は進展している。(その事に特定のイデオロギー信奉者が全く気付けないのだとすれば、そのイデオロギーとやらもいかさまの可能性が高くなる)
いったい配偶者暴力や児童虐待やセクハラ・パワハラ・ストーカー等「重大ないやがらせ行為」を繰り返さずには気の済まないような人間について「家政」上の問題に関する解釈、運用の相違程度で彼の扱いを済ませられるはずがあるまい。
そして、それはフラクタル次元を持ち出すまでもなく「相似形」として「社会」「国政」にも蔓延、構造化されているとみるべきものだ。
何度も言っているが、それらは広く精神医学、心理学、また歴史学や宗教学等もあわせ、頭に社会を冠した学問領域をキーホルダーにして学際的に論じられるべき問題なのであって、問題の中心がいわゆる「政治」や「法」の問題とはずれている事を合意形成すべきなのだ。
(つづく)
投稿者:【『週刊文春』編集長の絶望的にむなしい言い訳と、メジャーな出版社としてまともな経営方針の見つからない株式会社文藝春秋の始末に負えない通俗のDNA】その99byにいのり
結局、安倍その人やその周囲で徒党を組んでいる集団のすることなすことは全て、日本国民一般に対するハラスメント(いやがらせ)に収斂していく。
こういう現実というのは、やれ右だ左だ保守だ革新だなどというものの遥か以前の問題でしかないのは勿論の事、政策云々の次元にも到底いたっておらず、社会に出て犯罪を犯さざるを得ないような人間を除いた人としての一定の質の確保、人格の陶冶、あるいは境界線レベルの障害をたとえ持っていたとしてもそれを自覚し認知行動療法的なものにつなげていくべくなされる努力、そのような要素がことごとく欠如し欠落しているという事なのであり、そのような者たちがよりによってわざわざ徒党を組み、妙に能動的に動く事になれば、それらは常識的なロジックにはおさまらない、行為類型的には症例だとか犯罪だとかに分類せざるを得ない政治とは無関係の行為として特定するしかなくなる。
そこを誤魔化すと、発達に問題を抱えた子供が「プレゼント」などと言いながら、死んだ蛙や毛虫を友人の背中に投げ入れたりするのと似たようなレベルの事が「政策」と称して本当に実行に移される事となり、取り返しのつかないハラスメント政治が蔓延する事になる。
(つづく)
投稿者:【『週刊文春』編集長の絶望的にむなしい言い訳と、メジャーな出版社としてまともな経営方針の見つからない株式会社文藝春秋の始末に負えない通俗のDNA】その98byにいのり
典型的な"症例"としては、前都知事選の時の、よりによって首相自らによる「こんな人たち」発言(指差し付き)。
あれには、さすがに呆気に取られた国民も多かったようですが、他にも、往年のスパイ大作戦の観過ぎか何か知らないが、森友学園関連の財務省側の資料消滅男を、これまたよりによって国税庁のトップにつかせた件なども、正常な大人のする事ではない。
極めつけは、一部で話題になった東京新聞社会部の記者が、政治部には任せておけないとばかり、官房長官の会見に出入りするようになり答えにくい質問を連発したまでは良かったのだが、あのセクハラ面さらけ出した薄気味悪い官房長官がどこまで我慢するのか観察していると、まさにあっという間というレベルで記者を飛び越えて会社側に圧力を掛け始めた一連の経緯。
何という堪え性の無さだろう。しかもトランプのようにユーモアの「ユ」の字もなく、ひたすら暗く執拗で危険な臭いのする、DV男やストーカー男に特有の執拗なねちっこさ、しかも一歩対応を誤れば一気に身の危険すら想定せざるを得ない暗く内にこもった凶暴性。
こういうネトネトネチネチした爬虫類系の人間が最側近として幅をきかせているのだから後は推して知るべし。
(つづく)
投稿者:【『週刊文春』編集長の絶望的にむなしい言い訳と、メジャーな出版社としてまともな経営方針の見つからない株式会社文藝春秋の始末に負えない通俗のDNA】その97byにいのり
「解散してしまったんだから後ろを振り返っても仕方がない」のは、立候補者限定の話であり、私たちはこの無意味な「解散」にしばらくの間、もっとこだわっても良いのではないか。
こちらにお邪魔するようになってから、私は安倍政権の性格を「DV(ドメスティック・バイオレンス)型政権」と何度も繰り返して形容して来ました。
対外的には右翼の風上にも置けぬ自国の財産を切り売りして自分だけ良い顔をする異様な外交を続けて来た訳ですが、国内的には権力の上にあぐらをかいて…というより、より正確には権力の使い方が分からなくて、法に則った権限の行使がまるで出来ず、そういう危うさを諌めんとする者には広義のバイオレンスを繰り出し、媚売りと取り入りに長けているだけの薄汚い"側近"を自分の味方や友人と思い込むという…政治家以前に社会人として、あるいは普通の人間としてお話にならない鶏レベルの関係性から繰り出される戯言を詐欺師よろしく垂れ流して来ただけの政権。
「DV型」あるいは「虐待型」、「病的パターナリズム信奉者」、また「自己愛性パーソナリティ障害」そして「サイコパス」、安倍とその周囲の人間を観察する限り、そのような単語と親和性のある者しか登壇していないのではないか。
(つづく)
投稿者:【『週刊文春』編集長の絶望的にむなしい言い訳と、メジャーな出版社としてまともな経営方針の見つからない株式会社文藝春秋の始末に負えない通俗のDNA】その96byにいのり
さてさて政局が動き始めて、正直そのバカバカしさに口をポカンと開けて見ているしかない部分もあるのですが、小沢一郎氏がいつも口にしているように、国民一人一人が国政に直接介入できるのは選挙しかないわけだから、いやいやながらもアンガージュマン(?)せざるを得ない。そうしなければ状況が更に悪くなるのは目に見えているのだから。
で、この「いやいやながらも付き合わざるを得ない感」が何かにものすごく似ていると思ったら、「ダメ上司に無理やり飲みに付き合わされる」あの時の感覚とそっくりである事に気づきました。
自民だの公明だの支援する皆様方も正直になっていただきたいのですが、「ダメ上司に無理やり飲みに連れて行かれること」ほどイヤで不快な事って他にあまりないんじゃないですか?
特に今の若い感覚を共有する方々なら、「これ、パワハラの一種じゃない?」と言いたくなるはず。
当たり、その通りだ。
まずこれは、安倍とかいうダメな卑しい首相によってなされた「パワハラ解散」なのだという事を正確に認識し表象していくべきだ。
この手の「パワハラ」は、殆んど犯罪ですからね。私たちは「犯罪的パワハラ解散」に無理やり付き合わされているのだ。
(つづく)
投稿者:【『週刊文春』編集長の絶望的にむなしい言い訳と、メジャーな出版社としてまともな経営方針の見つからない株式会社文藝春秋の始末に負えない通俗のDNA】その95byにいのり
但し、そうはいってみても虚しく響かざるを得ないのは、国民の選挙結果に基づきまがりなりにも議院内閣制の範囲内で正式に活動しているはずの安倍内閣なるものが、政治にかこつけて何をやらかしているのか大体察しのつくところまで暴かれてみれば、普通の知性と倫理を有している国民なら、もう「前列踏襲硬直官僚」でも「動機もなければ責任も負えない推論機械(AI)」でも何でも結構だから、「一味」と呼ぶ以外呼びようのない何をするにも濃厚な犯罪臭を漂わせずにはおかない異様で異常な集団がのさばろうとするのを阻止してくれと思わず吐き捨ててしまいたくなる状況というものが間違いなくあるからなのであり、それを当人らも察してはいるのだろう、選挙制度上の対戦相手が準備不足でもたついている間に説明責任も何も一切はしょって冒頭解散に打って出ようというのだから、恥知らずもここに極まれり、これはもうお互い減量に失敗して「まともな試合」を見せられる状態ではないド三流ボクサー丸出し同士でありながら、一方は体重制限などどこ吹く風、「早く試合しちゃおうぜ、前売り券はもう売り捌いちまったんだしさ」とうそぶいてみせているのと全く変わらないという事だ。
(つづく)
投稿者:【『週刊文春』編集長の絶望的にむなしい言い訳と、メジャーな出版社としてまともな経営方針の見つからない株式会社文藝春秋の始末に負えない通俗のDNA】その94byにいのり
「AI」に政治を任せてしまいたくなるのと同様のメンタリティという意味で象徴的なところでは、文科省の前事務次官が安倍政権下の国家戦略特区疑獄に関連して、「行政がねじまげられた」と静かな怒りをたぎらせながらあえてメディアの前面に立ってみせたわけだけれど、「アベノ劣悪政治」を糺すという側面では「おっしゃる通り」と思わず手を叩きたくなってしまうのだが、政治部門(選良側)の劣悪性のレベルが甚だし過ぎるゆえにそうなってしまうのであって、本来なら私たち普通の国民側は、「官僚(や専門家・学者ら)からの政治のポピュリズム批判」というものを簡単には許してはならないはずだったのだ。
にもかかわらず、「官僚」だの「AI」だのの発する「御託宣」が無二で不二の「正しさ」や「正義」や「解決策」に見えて来たりもするとすれば、そこになくもがなの「神話化作用」を私たちがやはり認めてしまっているからという側面も間違いなくあるのであり、「原発は安全である」という「神話」がいかに嘘と誤魔化しにまみれていたか、そういう直近の事例を簡単に忘却しないほうが自分のため/身のためになるのに簡単に忘れてしまうから、悩ましい事に事態は混迷を深めたりしてしまうのだ。
(つづく)
投稿者:【『週刊文春』編集長の絶望的にむなしい言い訳と、メジャーな出版社としてまともな経営方針の見つからない株式会社文藝春秋の始末に負えない通俗のDNA】その93byにいのり
その意味で、「棋界」に「救い」がもたらされたのは、奇しくも、若き俊才と彼を見届けて引退を決めたユニークな老将(?)とが、一気にメディアの前面に躍り出てみせた事だった。
また、その少し前には、夭逝した棋士の実話に基づいた映画なども、将棋の「文藝」的側面をクローズアップしてみせてくれていた。
こういう事に、なぜ、わたしたちは時に食事も忘れるほど、あるいは中学生棋士が何をお昼に食べたのかすら気になって仕方がないほど、気もそぞろになる事があるのかといえば、それが滅多にない「人間劇」だからだろう。
結局、将棋や囲碁やチェスにしても、興業としても確立した良く出来た「知的スポーツ」なのであり、人間がAIに勝てない事が分かったからといって大騒ぎするようなものではない。人類最速の100b走200b走にしたって、時速にしてみれば36`/時付近の攻防に過ぎない。だが、生身の人間がやってみせているからやはりそれらは面白いのである。
商人は、商売になっている内はそのようなものについて、「コストガー」とかあまり言わない。
AIAIこうるさい連中は、開発者本人では決してなく、煽り商人連中なのだという単純な事実をわたしたちは見落とすべきではないのだ。
(つづく)
投稿者:【『週刊文春』編集長の絶望的にむなしい言い訳と、メジャーな出版社としてまともな経営方針の見つからない株式会社文藝春秋の始末に負えない通俗のDNA】その92byにいのり
この言い方は「書記体系の発明」で何がもたらされたかを説明するには非常に分かりやすい説明であるのは確かだろう。
しかし、「計算(推論)」は人間の知的能力の『決定的に重要な部分』とは言い切れないはずだという"最も肝心な点"をこの著者はあえて(?)見ない事にしている…ような気がする、なにしろまだ本文を読んでいないので(笑)。
そもそもが、この著者がなぜ『サピエンス全史』なる著作をものにしようと思ったのか、その「動機」こそが人間の思考にとって『決定的に重要な部分』ではなかったのか。近代以前なら「啓示を受けた」とか「お告げがあった」などと言っていた部分だ。
この著者は、[人間]における[サピエンス全史]と呼び得るような[世界視線]的記述を私が手掛けてみようという気の遠くなりそうながらもわくわくするような想念が自分の中に湧いて来たとき、これこそが人類の未来を考えるために必要な知的発想だと自ら自負したはずだろう。
「書記体系」は、人間がそこから先に考察を進めるために"決定的な手助け"になるものではあろうが、「書記体系」自体が「思考」を開始する訳ではない。
「推論機械」は勝手に「動機」を持つことはない、残念ながら、あるいは幸運な事に。
(つづく)
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