■ 日本経済の生産性二重構造問題
榊原氏は、構造問題の基本として、
「輸出関連製造業と国内製造・サービス産業の生産性格差にあることをしばしば指摘してきた」
(P.132)と提起し、
「日本の金融機関の貸出しの大宗は国内製造業、サービス業であり、これらの産業の生産性の向上、利益の拡大が望めない状況では、過剰債務=不良債権問題の抜本的な解決はありえない。」
(P.133)と続け、「過剰債務問題、そして、その根っこにある生産性の二重構造問題を解決しないかぎり、持続的なマクロ経済の景気回復も望めないのである」と結論づけている。
このような問題提起の仕方に対しては、だからこそ、輸出関連製造業が高い生産性=利益を上げてきたのであると主張する。
下請けや外注先に安値で発注できるからこそ、輸出関連製造業自身は、生産性を高めて国際競争力を持続的にアップし、高収益性を誇ってきたのである。
逆に言えば、下請けや外注先は、賃金水準や利益率を輸出関連製造業未満に抑えることで、低い生産性に陥っているのである。
(賃金も利益も低いのだから、生産性が上がるわけがない)
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労働集約的なサービス業や産業が、一人当たりGDPが世界最高水準という高賃金にならざるを得ない条件で生産性を上げることは困難である。
そのような産業では、給与水準を下げない限り、生産性を上げることはできないのである。
しかし、それを実行すればマクロの需要も減少することになり、輸出関連製造業も打撃を受けることになる。
(平均的高賃金が、かつての国内販売価格の相対的高値という状況を支えたのである)
さらに言えば、地価がコストに与える影響が高いサービス業や商業は、土地本位制とも言える状況をつくってきた誤った土地政策によって生産性を上昇させることができなかったのである。
(その低生産性を代償として潤ったのは、銀行であり、不動産所有者である)
おまけを言えば、公共事業の高値発注が、民間建築コストの上昇要因でもあった。
戦後日本の高度成長は、国策として強化していった輸出関連製造業が獲得する利益(貿易黒字)を産業連関的に配分することで実現されていったものである。
(農家は米価政策を通じてそれが実現された)
勤労者も、無自覚かも知れないが、高い農産物価格やサービス価格を支払うことで、自分自身を含む平均所得が世界最高水準という日本経済の維持発展を支えてきた。
(タイやバリ島さらに言えば、一人当たりGDPが日本より低い先進国のそれらの価格と比較して日本の高価格に文句を言うのは筋違いである。おかげで海外旅行にも行けるのだから、それでたっぷり安い価格でエステを堪能すればいい)
付け加えれば、輸出関連製造業が十全には利益を資本化しなかったために円高が進行したのである。
そのようなかたちで形成された為替レートを基準に非輸出財の価格を国際比較して云々するのは早計である。
ブーツ(英国のドラッグストア)そしてセフォラ(フランスの化粧品販売)が撤退し、カルフール(フランスのスーパー)が不調であることからわかるように、日本の商業が無能だから生産性が低いのではない。
賃金水準と地価水準がともに高いという条件で、商業やサービス業の生産性を上げることは至難の技なのである。
(列挙した企業は、地価が低落してから参入したにも関わらずである)
過剰債務問題は、榊原氏が言うような生産性の二重構造問題で解決されるものではなく、財政が身動きできないことから需要サイドで対処できないのであれば、余剰通貨の資本化を通じた名目GDPの増加で解決されなければならないものである。
そして、再び過剰債務問題を起こさないためには、経済論理価格を超えた地価の上昇を防止しなければならない。
日本経済は、輸出で稼ぐ経済主体が利益をできるだけ資本化していくことで全体がうまく循環していく構造になっている。
(基軸通貨国でも国際金融国家でもないのだから、それ以外に方法はない)
このような経済論理を理解できない人が大蔵省の幹部であったのだから、「デフレ不況」が深化していくのは当然だと言えば当然である。
榊原氏は、
「少なくとも、歴史的には、制度の大きな変更には、ほとんどの場合、恐慌、ハイパー・インフレーション、あるいは戦争といった暴力的な破壊装置が必要であった。そして、今回もまたそれが不可避なのかもしれない。」(P.134)と予測している。
このような予測は、どうも財務省キャリア官僚の共通認識でもあるようである。
榊原氏及び財務省官僚のこのような言説に対しては、この場で書くべき言葉を選択できない。
そう言うのであれば、現状をきちんと説明して無条件降伏して欲しいとのみ書いておく。
現状でさえ許しがたい経済状況だと考えている国民の誰も、“不必要”な恐慌・ハイパーインフ・戦争などの大災厄を通じた改革なぞ望んではいないだろう。
それらを通じて改革できると言うのなら、それらが起きる前にきちんとした説明を行えば、それらなしで改革ができるはずである。
(そうでなければ、クーデタの機会を窺っているとも言えるだろう)
私がいくら言っても遠吠えに過ぎないが、榊原氏や財務省官僚であれば、それが可能である。
※ この後に“政府紙幣”発行を通じた過剰債務処理が続くが、榊原論文を読んだことで生じた“精神情況”の問題もあり、後日にしたいと思う。
続きます。
7/1/19

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