「「近代経済システム」における利潤と経済成長の源泉 後編」
世界経済のゆくえ
前編 から続きます。
■ 「円高」などの“対外的通貨価値上昇”の意味
“対外的通貨価値の上昇”は、輸入物価の下落・対外投資の価値上昇・輸出物価の上昇をもたらす。(輸出物価の上昇は一概に言えないことだが、短期的にはそうなる。海外旅行のメリットは、輸入物価の下落と対外投資の価値上昇という側面が個人の行動に反映したものと考えればいいだろう)
対外的通貨価値は、基本的に、頻繁にかつ大量に取り引きされる国際商品の生産性に規定される。
海外旅行で多くの国を訪れた人ならわかるだろうが、発展途上国では生活必需品はべらぼうに安いが電機製品や自動車は日本とそれほど変わらなかったりかえって高いくらいであり、先進国ではばらつきはあるが日本と物価水準はそれほど変わらない。
(スイスは交通費がべらぼうに高いが、先進国同士の比較では、食糧品を筆頭に総じて日本のほうが物価が高い)
これは、対外的通貨価値が輸出入の主要対象品目になっている財の“労働価値”によって規定されていることの反映である。
発展途上国は低賃金だと言われているが、生活必需品が安いので生活は維持できる。日本ほどの物質的豊かさではないが、職に就いている多くの人はそこそこの生活ができる。
しかし、日本製のパソコンや自動車を買おうとすると、とんでもない価格でなかなか手が出ない。航空運賃もとてつもなく高いものに感じるが、先進国に旅行でもしようものなら、その物価の高さに驚愕することになる。
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一大農業国でもある米国は農産物の輸出拡大をはかっているが、日本など少数の国を除けば、食糧という生活必需品のなかでももっとも重要度が高い財は、極力国内で賄おうと考えている。これは、基礎的食糧は、輸出入の対象品目としてそれほど拡大されないということであり、その生産性が対外的通貨価値を規定しにくいということでもある。
(発展途上国は、インドネシアのように、このような対外的通貨価値の秘密を知っていたわけということではないだろうが、外国人の土地購入を規制していた。土地も生活必需(財)である。対外通貨価値が、土地の利用価値によって規定されるのではなく、近代産業の原材料や製品で規定されているなかで自由な土地取引を認めれば、近代産業の生産性が高いことで通貨価値が高くなっている国の人たちが自国の土地を“安く”買い漁ることを認めることになる。インドネシア人向けの事業であれば、土地を安く買ったからといって利益が得られると言うわけではないが、リゾートホテルなどやってくる外国人を相手にした事業を行うのなら、大きなメリットである。バリ島のホテル料金は、“法外”と言ってもいいものである。実態がわからない人は、自国であれば1泊30万円はとられると思われるホテルに5万円で泊まれることに喜ぶ。基準はどうしても自国の物価になるからだ。しかし、バリの人にとってみれば、5万円は年収に匹敵する価格である。97年の通貨危機を契機に行われたIMFの“強制”により、インドネシア政府も、外国人の土地取得規制を緩めた。土地取得をめぐる詐欺は減少するだろうが...)
日本円の相対的対外価値上昇は、日本の近代産業が対象通貨国との相対的な比較で生産性を上昇させていることの現れである。
(国際商品である工業製品を単位時間の労働で生み出す量が外国よりも多いことの“褒美”が円高である)
それが、輸入物価を押し下げ、日本円の海外での購買力を高め、海外旅行ブームをもたらしたのである。
最近の円高傾向で、「円高」を危惧する人もいるが愚かなことである。
詳細は近いうちにアップする予定だが、自国通貨が高いということは、その国民の労働価値が高く評価されているということであり、その国民が生産した財を外国人に高く販売できるということであり、外国人が同じ労働で生産した財を安く買えるということである。
(日本円を基準に説明すれば、平均日本人の1年の労働は500万円として評価されるのに、ある国の平均人は同じ労働をしても50万円にしか評価されていないということである。労働の内容ではなく、労働時間と考えて欲しい)
高度成長期以降のデータを見ればわかるように、「円高」の節目節目で、さらに高いレベルの貿易黒字に移行している。
輸出企業の“短期的”な「手取り日本円減少危機意識」に惑わされてはならない。
「円安」を求めるということは、自国民の労働価値を低下させるということであり、自国民が生産した財を安く売り払うということである。
米国との関係でいえば、1ドル=360円から始まり、1ドル=80円まで変動し、現在は1ドル=120円程度である。
およそ50年で、日本円の通貨価値は、対ドルで3倍も上昇した。85年の「プラザ合意」では政治的動きで短期間に対ドル価値を40%も上昇させた。
しかし、それでも、70年頃を境に大きく転換した日米の競争力が、再び逆転することはなかったのである。
「プラザ合意」があった85年以降、貿易収支の黒字水準が10兆円前後で推移するようになったのである。それ以前は1兆円から2兆円で推移し、83年に5兆円、84年に8兆円に達した。
(“ニクソンショック”があった71年以降も、千億円台から兆円台へと、それまでよりも1桁多い貿易黒字にステップアップした)
日本経済の80年代以降の“成長”(利潤)は、輸出(外部国民経済からの“貨幣移転”)を源泉にすることができるになった。
86年から始まった「バブル形成」は、輸出で急増した外部国民経済からの“貨幣移転”をうまく利用できずに、不動産や株式に向けさせてしまった“咎”だとも言える。
そして、「バブル崩壊」によって、外部国民経済から移転してきた貨幣の一部が、日本から外に移転してしまった。これが、日本経済の長期大不況の一因でもある。
(それ以上の悲喜劇は、米国債などの米国証券投資による流出だが...)
これを、“金融資本的収穫”と“産業資本的収穫”のせめぎ合いと言うこともできる。
個別経済主体の利潤は、国内外を問わず別の経済主体からの“貨幣移転”であり、国民経済レベルでいえば、外国(外部国民経済)からの“貨幣移転”によって実現されるものである。
(日本とは逆に、貨幣流出の国民経済が長期的にどうなるかは、ラテンアメリカ諸国を見ればほぼわかる)
次回からは、本当に、もっと現実的な「世界経済のゆくえ」に入っていきたい。
世界最大の対外債務国家が世界最高の繁栄を謳歌するという“経済的神秘”を見せてくれた米国、10年を超える長期大不況に喘ぎさらに「デフレ不況」を悪化させようとしている日本、日本と並んで「世界の工場」となり“経済成長第一主義”を掲げている中国、通貨統合を遂げさらにその地域を拡大しているEU、これらの国々(経済圏)のゆくえを考えながら、それらの連関的経済活動で変動して世界経済のゆくえを考えてみたい。
7/8/29
副読本:
“村落共同体”阿修羅村の顛末 前編に続きます。

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