金融資本的収穫を支える価値観や政策が、日本にどのように導入され、どういう経済状況が生まれたかを見ていきたい。
「バブル崩壊」後、長期不況を経て「デフレ不況」に喘いでいる日本経済は、マネタリズムの適合性や有効性を考察するのに格好の歴史的現実を提供している。
小泉首相が掲げている「構造改革」に限らず、最大野党の民主党や自由党が掲げる経済政策も、「規制緩和」・「民営化」・「所得税軽減と間接税重視」に見られるように、マネタリズムをベースにしたものである。
「構造改革」を掲げる政治勢力がそれを金融資本的収穫を支える政策だと認識していると思っているわけではない。
外資の証券会社や銀行の日本での事業拡大を認めたり、外国保険会社にガン保険などの「第三分野」で先行的権益を与えたり、旧長銀(新生銀行)を破格の条件で売り渡したりといったことはあったが、一部の自覚的人物を除けば、「構造改革」が日本経済の成長に貢献するという“信仰”や信念に支えられたものだと考えている。
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【世界経済のゆくえ】日本経済が突きつけたマネタリズムへの“最後通牒” 投稿者 あっしら 日時 2002 年 6 月 19 日
戦後日本は、輸入制限や高率関税で輸入を抑制し、資本取引や外資の直接投資を規制しながら国策として輸出促進をはかることで高度成長を達成した。
(1950年代に「貿易自由化」や「外資進出」が行われていたら、現存する大手日本企業の多くが生き残っていなかった可能性もある。GMやフォードが50年代に進出していれば、現在のトヨタはなかったかもしれないのである)
税制は、「直接税重視」・「贅沢品課税」・「金融所得重課税」という所得再分配機能を重視したものであった。
国内の競争条件も、「法的規制及び行政指導」と「護送船団方式」で大枠がつくられ、乏しい資金を貸し出しというかたちで供給する銀行は、日銀も含めて大蔵省の強力な管理下にあった。(資金不足のなかで日銀からどれだけ貸し出ししてもらえるかが、銀行経営の優劣を決した。GDPが急拡大し資金需要も旺盛で担保価値も上昇していったので、日銀から大量の貸し出しを受けることさえできれば“濡れ手に粟”が実現できるという条件に置かれていたのが銀行である。日銀の貸し出し量(通貨供給量)を制約したのは、一義的には経常収支の動向である)
労働力市場も、労働力不足のなか、労資協調路線を基礎に企業自体が中途で従業員が辞めないよう“規制”されていた。(中途採用の枠は小さく、中途採用者は“不忠者”として見られる傾向もあった)
外国為替取引も、80年中期まで実需原則が残されるなど厳重に規制されていた。
主食である米も、「農地改革」で拡大した自営農家の所得増大をはかりつつ企業人件費の増大圧力を抑えるため、配給的統制を続け、政府が逆ざやを税金で埋める米価政策を採った。(農家の所得増大は、農耕機械や農薬・肥料などの需要を拡大していった)
これらの政策がすべて好ましいものだと思っていないし、それらへの復古を主張する気もないが、それらの政策が高度成長期の基礎にあったことは現実である。
「規制緩和」を実施するとしたら高度成長期にこそ順次やるべきだったと考えているし、経常収支が経済政策を規定していた現実から、別に優秀な官僚機構の存在が高度成長をもたらしたわけでもない。
戦後日本は、米国の世界支配構造のなかに入ることで、唯一の国際通貨であるドルを調達することができ、それを原資として米国式の最新生産システムを持ち込んだり原材料を輸入し、それによって生産される製品の輸出も拡大することができた。
このような意味で、“対米従属”を決定した政策がすべてだったと言えるくらいである。
もちろん、それは、厖大な過剰生産力を抱える米国経済を支え、国際金融資本の利益に貢献するものであったし、それが望ましいものであったかどうかも論議されなければならないが...。
高度成長期が終わった72年に登場した田中内閣は、経済成長率の鈍化した伸びを「列島改造論」という一大ケインズ主義的政策で回復させようとした。
それにより72年と73年には8%を超える高い実質経済成長を達成したが、“第一次石油ショック”もあり、74年の狂乱物価(CPIが23.4%も上昇)とマイナス成長(−1.2%)で破綻した。
しかし、“第一次石油ショック”という要因があったことから、「列島改造論」そのものが誤りであったかどうかが見極めにくいため、今なお根強い支持もあるようだ。
“土地神話”が本格的に成立したのはこの時期で、公共事業による経済成長の本格的追求も97年まで続き、ケインズ主義延命・土建国家構造・「不動産バブル」・巨額政府債務という日本的特質につながっていった。
現在なお「世界の工場」である日本では、「近代産業による成長の限界」が明確に認識されたことはないと言えるだろう。(80年代は近代産業と金融の両輪で、90年代も金融的破綻を近代産業でなんとか補ってきたのだから、近代産業の限界をそうやすやすと受け入れるわけにはいかない)
政府債務の巨額積み上げという事情から、さすがに財政支出による景気回復という主張は影を潜めたが、ケインズ理論が論理的に否定されたわけでもない。
90年代の一時期に政権を失ったが、保守合同後一貫として政権を担った自民党は、議員権益や支持基盤(農民や建設業界)との関係で、根強い財政支出拡大衝動を抱えている政治勢力である。
日本で“新保守主義”が脚光を浴びるようになった契機は、「戦後の総決算」と「民間活力」を掲げた中曽根内閣が82年に登場したことである。
「民営化」と「規制緩和」は、中曽根内閣によってスケジュール化され推進されたが、「税制変更」や「大幅な規制緩和」は、支持基盤(商工自営者や農民)の根強い反対もあり、実現は87年に成立した竹下内閣以降に持ち越された。
中曽根内閣は、「小さな政府」を標榜しながらも、レーガン政権と同じように財政赤字を増大させていった。
「バブル崩壊」・「巨額政府債務」・「不法滞在外国人」の芽を育んだのは、この中曽根内閣である。
● 「不動産バブル」の形成
「プラザ合意」後に超金融緩和と財政刺激策を採るととに、オフィス需要の拡大とオフィスの不足を煽ったり、リゾート法を施行して、「不動産バブル」を形成した。
(国鉄民営化で売却リストに上がった国鉄跡地が注目を浴びた)
● 「株式バブル」の形成と崩壊
85年に外国証券会社の東京証券市場への参入を実現し、「株式バブル形成」政策を推し進めた。
外国証券会社は、89年から90年にかけて「株式バブル崩壊」を引き起こし、その後も株式市場をコントロールしながら厖大な金融資産を手に入れてきた。
● 財政赤字の深化
83年度13.5兆円・84年度12.8兆円・85年度12.3兆円・86年度11.3兆円・87年度9.4兆円と当時のGDP規模(300兆円弱)に照らすと巨額の国債を発行し続けた。
とりわけ、景気過熱期の87年5月に緊急経済対策としておよそ5兆円の財政出動を行ったことは犯罪的な政策である。“円高不況”を名目としたが、株式・不動産のバブル形成が行われていた時期だから、企業に余剰資金があったことは明白である。
● 中国人語学留学生の受け入れ
現在よりもよりいっそう大きな所得格差(為替レート格差)があるなかで、中国からの語学留学生の受け入れを決めた。それが、お金稼ぎの手段として利用されることを予測できないようでは統治者とは言えない。この政策が、密入国者の増大を招く引き金になった。
(イラン人などの不法就労も、バブル期に不足気味だった3K従事者を補うという目的で“政策”的に見逃されていたと考えている)
※ 別に中国人留学生を排除せよと言っているのではない。“経済格差”が大きいなかで、日本語を学ぶという名目だけで入国できるようにすれば、そうなるということである。日本の大学で勉強したいという人を受け入れることを基本の政策にし、そのための前段階としての日本語修得への支援は、中国の主要都市に日本語教育機関をつくるための助成金を出せばいいことである。
● 対米軍事協調路線
中曽根首相の「不沈空母」発言が有名だが、有事法制(原案は中曽根内閣時代)の下地をつくった。
「バブル崩壊」はバブルが形成されれば必ずやってくるものであり、バブルを形成する政策を推進した中曽根内閣こそが、現在の経済的苦境をもたらした元凶だと言えるだろう。(中曽根・竹下政権時代をきちんと論理的に反省しなければ、現在の「デフレ不況」も解消できない)
マネタリズムとの関係で言えば、ここ数年の日本経済は、マネタリズムを窮地に追い込む現象を示している。
その一つは、マネタリズムの命とも言える金融政策の不適合である。
日銀は、「デフレスパイル」を防ぐために、超金融緩和政策を継続している。しかし、日本の物価は、上昇に転じるどころか下落を続けている
これを“流動性の罠”と言うそうだが、世界第2位の経済規模を誇る近代国家日本でこのような現象が起きていることは、マネタリズムに対する信頼性を揺るがすものである。
このような意味で、マネタリズムを信奉している先進諸国の中央銀行や経済学者は、日本を経済的苦境から救出するという意図ではなくとも、自らの理論的基盤が揺らいでいる現状を直視し、日本で起きている経済現象を血眼になって分析しなければならないはずである。
70年のスタグフレーションがケインズ理論の有効性に疑義を突きつけたように、現在の日本は、マネタリズムの有効性に大きな疑義を突きつけているのである。
日本の現実を他人事のように見過ごせば、日本と同じ経済苦境が口を開けて待ち受けている現実に気づかないままであろう。(意識的にそういう事態を待ち望んでいる人は別だが..)
マネタリズムの有効性を疑わせるもう一つの経済現象は、長期不況と深刻な「デフレ不況」である。
これは、「税制変更」・「民営化」・「規制緩和」を通じた自由な経済活動の促進が必ずしも経済成長をもたらすわけではないことを示唆するものである。
このような言説に対しては、「日本は直接税の割合がまだ大きい」とか、「日本は規制緩和がまだ不十分」とか、「郵政や福祉を見てもわかるように民営化も不十分」といった反論も予想できるが、80年代中期以降、「民営化」・「間接税比率の増加」・「規制緩和」が進められたことは間違いないのである。
そして、高度成長期の年率平均10%という経済成長は持ち出さないが、80年代後半にバブルが形成され、90年にはバブルが崩壊し、94年からは長期の本格的な不況が続き、98年からは深刻な「デフレ不況」に陥っているのである。
「税制変更」については国債問題絡みで書き込みしているので、「民営化」や「規制緩和」といった政策がほんとうに経済成長に貢献するのかどうかを考えてみたい。
7/8/27
続きます

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