中:「民営化」について」 から続きます。
◆ 個別の“真理”が総合の“真理”になるとは限らない
国鉄も電電公社も大量の人員削減(国鉄は直接的な大量首切り、NTTは出向が中心)で経営を改善し、JRは、国鉄時代であれば考えられなかった異業種(レストランや本屋など)にまで進出し、NTTも、せっつかれてというかたちだが、他社に回線サービスを開放し料金を徐々に引き下げてきた。
このような意味で、「民営化」と「規制緩和」が、経営の効率化と競争をもたらしたことは間違いない。それにより、利用者の負担が軽減され利便性も上昇したことも否定しない。
そうであっても、「民営化」と「規制緩和」が、国民経済に不況をもたらし、ついには「デフレ不況」に引きずり込んだ可能性があるのなら、きちんと見直す必要があるはずだ。
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個別企業が利益を拡大する(損失を減少させる)ということは、売上高が一定であれば、労働生産性を上昇させた成果である。労働生産性の上昇は、同一単位を生産するために投じる生産諸手段や労働力の額を減らすことで実現される。
(機械設備の改善・余剰人員の削減・稼働率の上昇・原材料価格の低下など)
売上高が増大していれば、労働生産性が変わらないとしても利益は増大するが、労働生産性の上昇と一体になって拡大が進めば、利益はより増大することになる。
これを国民経済的見方に置き換えれば、総需要が拡大せず一定であれば、機械設備や原材料そして雇用に投じる金額を減少させることで、“特定”企業は利益を増大させることができるという論理になる。
総需要が拡大していれば、同一生産単位に投じられる金額は少なくなっても総額は増大する可能性があるので、幅広い企業が利益を増大できる可能性もある。
「規制緩和」による派遣業務対象の拡大は、受け入れ企業が、雇用で生じる経費(給与+法定福利厚生費+研修コストなど)よりも、派遣のほうが負担が少ないと判断した結果である。そして、派遣会社は、企業が雇用でかかる経費よりも少ないか同じ金額を受け取ることで利益まで出している。
これは、同じ仕事をより少ない“給与”でこなすようになったということであり、企業には経費削減や利益拡大をもたらしても、勤労者の可処分所得は減少する可能性が高い。
このような動きが拡大すれば、個別企業の経費は減少しても、国民経済の総需要が減少する。それにより、経費を減少させることに成功した企業も、売上を減らし、利益を拡大できない可能性もある。
“木を見て森を見ない”習性を持つ経営者は、そうなったらなったでよりいっそう派遣に頼るようになり、さらに国民経済の総需要を減らす“不幸”を増大させてしまうだろう。
「バブル形成」以前の80年代前半は、円安=ドル高傾向でありながら、80年2.8%、81年2.8%、82年3.1%、83年2.3%、84年3.8%と低成長が続いた。
これらの値は、人口増加や生産性上昇に負う“自然成長率”に近いものである。
中曽根内閣は、GDPの3.5%に相当する10兆規模の国債発行で財政追加支出を行っていたので、その支えがなければ、0%成長になっていた可能性もある。
三公社の「民営化」は、そのような経済状況のなかで行われた。
86年以降は、中曽根内閣及び竹下内閣のバブル誘導政策と低金利&金融緩和策の融合により、85年4.4%、86年3.0%、87年6.5%、88年5.3%、89年5.3%と相対的に高い経済成長を続けた。
バブル形成期の経済成長率は、株式取引や不動産取引といった“金融資産の移転”に支えられたものと言えるので、その影響を取り除いた経済成長率は、80年代前半と変わらないか低下していると推測できる。
(80年代後半の“不自然な”高成長が、90年代の地を這うような経済状況をもたらしたとも推定できる。需要を先取りしたのである)
このようなことから、80年代以降の日本経済は、“自然成長率”で推移せざるを得ない近代的成熟期にあると言えるだろう。
このような経済状況で個別企業が利益を拡大するためには、国鉄のように、大量の人員整理を行い不採算路線を切り捨てるような手法で生産性上昇を実現するか、NTTのように、データ通信や携帯電話という新規需要の拡大という“時代的な福音”がなければならない。
NTTには通信事業の飛躍的な拡大という好条件があり、国鉄にはそのような好条件はなかった。
(NTTは好条件のおかげで国鉄のように大量首切りをしなくても出向で人員整理ができた)
しかし、NTTの好条件も冷静に考えれば、総需要(個人消費の場合は可処分所得で消費に向けられる金額の総和)がそれに見合うかたちで増大していないのであれば、他の商品の売上減少に依存したものとも言える。
(わかりやすい例では、携帯電話の普及により音楽CDの売上が減少する)
北海道が陥っている経済的苦境も、国鉄の人員整理や路線切り捨てが集中した地域であったことと無関係ではない。
JRに継続雇用された人も東京などに転勤しているので地域総需要が減少し、鉄道路線が切り捨てられた地域は経済活動が低迷することになる。
通信事業について他の需要を奪った可能性を書いたが、通信料金が少しずつ下がっているように、「規制緩和」による価格低下が、他の商品への需要余地を広げることもある。
通信需要が一定で料金が下がればその分支出が浮くので、他の商品やサービスに支出が向けられることになる。
「規制緩和」に限らず競争による価格低下は、国民経済全体の成長に貢献することもある。
輸出企業が、通信費の軽減でコストを減少させ、輸出競争力を高めて売上高を増やすことになれば、「規制緩和」が経済成長に貢献したと言える。
しかし、輸出額も伸びず国内総需要も増えなければ、「規制緩和」によってもたらされるものは、他への支出余地から生まれる消費のバラエティー化か、「規制緩和」商品の需要増大か、貯蓄の増大ということになり、経済成長に必ずしも貢献するとは言えない。
競争環境のなかでコストを下げることで、これまで販売できなかった国際市場に輸出でき、売上を伸ばしていくという高度成長期の日本のようなかたちであれば、国民経済の成長に寄与するが、そうでなければ、成長とはそれほど関係がないということになる。
米国の航空規制緩和で新規参入が相次ぎ、日本の通信事業規制緩和でも新規参入が相次いだように、「規制緩和」は新規参入企業を生み出す。
新規参入は、新たな設備投資や雇用を必要とするので経済成長に寄与することになる。
結論を先取りすると、“成熟期”の「規制緩和」がもたらす経済成長効果は、ほぼこれだけなのである。
米国の航空需要が伸び続けていれば、既存企業も新規企業も利益を得続けることができるが、飽和的状況であれば、シェアの奪い合いのために熾烈な価格競争が起こり、競争力に劣る企業は破綻することになる。
うまくいっても、過剰の機材と人員を抱えながら、何とかシェアを分け合いながらしのいでいくことになる。しかし、過剰の機材や人員は、いずれ、売却されたり、解雇されることになる。
米国の航空規制緩和では、既存大手航空会社が新規航空会社を潰す目的で価格競争を仕掛けたことで、ほとんどの新規航空会社が破綻し、大手航空会社がさらに運航シェアを拡大し、運賃も高止まりで推移するという結果に終わった。
国際線や数多くの国内線を保有している航空会社と限定機材数で限定路線を運行する航空会社とでは競争条件が異なる。そして、利益追求という企業の論理から、競争が緩和されると、価格は高くなるものである。
「航空規制緩和」で潤ったのは、今ではネバダ砂漠に保管されている航空機を販売したボーイングやエアバス社であり(需要の先取りだけとも言える)、新規航空会社の株式取引などで利益を上げた金融資本ということになる。
(日本の航空業界も、エアドゥなどの苦境を見れば似たような状況にあると言える)
通信事業の「規制緩和」は、データ通信需要の高まりや携帯電話という新規需要が発生したことから、「航空規制緩和」とは違った推移を見せている。
「規制緩和」による競争の激化が、データ通信の需要をさらに拡大し、携帯電話の脅威的な普及をもたらしたことは間違いない。
問題は今後がどうなるかである。
データ通信は新サービスも始まったばかりだからしばらくは拡大が続くと思われるが、携帯電話は昨年から伸びが鈍化している。
携帯電話事業は、米国の航空事業と同じ道を辿る可能性もあると考えている。
勝ち残るのはNTTドコモだと推測できるが、需要が頭打ちになれば、シェア争奪に向けた熾烈な価格競争が起きるだろう。
その結果が、林立する中継基地の撤去や設備廃棄であったり、失業者の増加であったり、携帯通話料金のアップにつながったりする可能性もある。
「規制緩和」は、供給力の増加により競争を促進するが、総需要が増大しないのであれば、一時的な新規参入効果が得られるだけで、長期的な経済成長にはつながらないのである。
「デフレ不況」という供給過剰=需要不足の典型的な経済状況で「規制緩和」を行うことは、所得水準を保てる人や存続できる企業には価格低下メリットをもたらすとしても、デフレをさらに進めることで、所得水準を保てない人や存続できない企業をさらに増やし、「デフレ不況」をより悪化させる可能性が高いのである。
説明してきたように、総需要が増大しない限り、「民営化」や「規制緩和」を推進しても、経済成長が達成できるわけではない。
それどころか、労働力市場の「規制緩和」に代表されるように、それ自体が総需要を減少させてしまうものもある。
個別企業の正しい判断が、国民経済総体にとって好ましい結果をもたらすとも限らないし、当該個別企業に好ましい結果をもたらすとも限らないのである。
「構造改革」という金看板のもとで進められようとしている「民営化」や「規制緩和」は、危険な毒を含むものであり、「デフレ不況」をさらに悪化させかねないものである。
個別企業の経営者であればやむを得ないが、政治家や官僚は、“総合の誤謬”を常に念頭に置きながら政策の妥当性を考えなければならない。
ケインズ主義はおよそ40年で、マネタリズムはおよそ20年で、その理論的有効性を失った。
マネタリズムに最後通牒を突きつけたのが日本経済でありながら、その渦中にいる日本の政治家や官僚が、さらにマネタリズム的政策を拡大しようとしているのは何とも言えない皮肉である。
次回からは、これから先の世界経済や日本経済について考えていきたい。
【世界経済のゆくえ】「競争モデル」から「独占モデル」へ − マルクス主義批判も若干 − 前編に続きます。
7/8/28

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