■ 「構造改革」という政策の虚妄
10年を超える不況のなかで行き着いた処方箋が「構造改革」である。
「構造改革」は、「デフレ不況」の主要因が国際優良企業を除く企業の低生産性にあると認識し、解決策として、労働市場を含む規制緩和や民営化といった自由主義&市場原理的経済政策を示すものである。
そして、「行財政改革」や法人&高額所得者減税+消費税増税といった税制変更を並行的に進めていく政策とされている。
まぐれ当たりはあるとしても、解決策(処方箋)は、“診たて”が理に叶っていなければ、無効どころか害を及ぼすことにもなりかねないものである。
小泉首相がスローガン化している「構造改革」が“誤診”に基づく政策であれば、まともな処方箋であればスポーツを楽しめる人を棺桶に入れてしまう恐れもある。
「デフレ不況」の原因が生産性の低さにあると考える人は、経済論理がまったくと言っていいほど理解できていないと断言できる。
(竹中大臣はそうなのかとんでもない嘘吐きということになる)
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【デフレ問題再考 <その2>】 “強い国際企業”を抱える日本とドイツが「デフレ不況」に陥る経済論理 − 中国のデフレは19世紀型 − 投稿者 あっしら 日時
低い生産性は、国際競争力の欠如から貿易収支の赤字を招き、それを主因とする国民経済の縮小や実質利益を伴わない物価上昇すなわち悪性インフレの原因ではあっても、「デフレ不況」の原因ではない。
ある国民経済の生産性が同一生活レベルの他の国民経済に較べて低ければ、国内生産財の価格は相対的に高くなり、その国の通貨レートは安くなる方向に変動する。
これは、インフレの要因であっても、デフレの要因ではない。(自由貿易で変動為替相場制を前提)
また、建設・小売業・サービス業など非交易財についても、生産性の低さは同質のものを安くないコストで供給することを意味するので、財や用役の価格に下落圧力がかかるわけがない。
(需要不足が、コストを下回る価格を強制したり、需要不足を招く賃金削減をもたらすことはあるが、自然に価格下落をさせるわけではない)
さらに、生産性を競争関係にある国民経済レベルまで上昇させる方法は、生産設備の高度化もしくは(かつ)平均賃金の低下である。
平均賃金を低下させればその分総需要が減少するので、デフレ圧力が加わる。
平均賃金を低下させないで生産性を上昇させるためには、生産設備の高度化に向け技術革新を進めたり設備投資を行なわなければならない。
この場合も、総需要が変わらないのに、供給量が増加するので輸出の増加でそれを打ち消さない限りデフレ圧力が加わる。
低い生産性は、インフレや輸出不振(低い国際競争力)に陥る要因であっても、デフレの要因ではない。
このような経済論理は、供給と需要の関係が及ぼす物価変動を考えればわかることである。
生産性が高いということは同じ資本額を投じて産出できる財の物理量がより多いということであり、生産性が低いということは、逆に産出できる財の物理量がより少ないということである。
(生産性は、ある単位量の財を生産するために投入しなければならない資本(通貨)量、もしくは、ある単位量の財を生産するために投入しなければならない総労働量の多寡である。
同一品質の自動車1台を100資本(労働)量で生産していたものが、90資本(総労働)量で生産できるようになれば、生産性が10%上昇したことを意味する)
需要額が同じであれば、生産性が高くなれば財の価格に下落圧力がかかり、生産性が下がれば財の価格に上昇圧力がかかることは自明である。
(但し、通常は生産性が下がるということはない。企業が余剰人員を抱えると生産性が下がったように現象する)
デフレの要因としてよく語られる「供給>需要のギャップ拡大」は、需要額が供給量に較べて少なくなる傾向か、供給量が需要額に較べて多くなる傾向にあることを意味する。
どちらにしても、需要額が同じであれば、供給量が少なくなることでデフレが解消されるということである。
そして、同一資本額による供給量を決定する生産性が低いほど供給量は減少するのだから、生産性が低いほどデフレが解消されるということになる。
このように、生産性の低さは、デフレの要因として語られるべきものではなく、インフレの要因として取り上げられるべきものなのである。
こういう説明をしたからと言って、生産性を下げろと主張したいわけではない。
低い生産性を外国と競争しながら短期間で高めることは難しいが、長期にわたる国民的努力で高めてきた生産性は、それを合理的に活かせば、現在のような「デフレ不況」という災厄を招くのではなく、富裕層も貧乏人も総じてより好ましい生活条件を手に入れる条件にすることができる。
生産性の高さこそが国民経済成長の基盤である。しかし、「近代経済システム」が終焉しようとしている現在、生産性の高さを従来とは違ったかたちで活かさなければ、「デフレ不況」という経済災厄に翻弄されることになる。
※ 参照書き込み
『“供給=需要”は「近代経済システム」を考察する根幹』
「構造改革」という今日的政策は、このようにまったく狂った“誤診”に基づいて打ち出された政策である。
幸か不幸か「構造改革」的政策はそれほど現実化されていないが、少しずつでも進めば、日本経済はより重病になり、最後には臨終を迎えることになる。
■ 「世界の工場」となっている国民経済がデフレに陥る理由
経済論理で考えるよりも、現実の世界を見たほうが、生産性と物価変動の関係はわかりやすいかもしれない。
国民経済を低迷に引きずり込み国民生活を疲弊させるデフレの波は、日本を始源として、中国圏(中国・台湾・香港)に広がり、今ではドイツをさらには米国を襲おうとしている。
覇権国家であり国際基軸通貨国として群を抜く資金吸収力で90年代後半に“好況”を謳歌した米国を除けば、現在、デフレが問題視されている国に共通しているのは、「世界の工場」として国際競争力を誇っていることである。
(米国も、兵器や航空機そして娯楽・金融関連では政治力も支えではあるが抜群の競争力を誇っている。補助金付きではあっても農業も含めることができる)
このような現実を真摯にみつめその要因を探り出さなければ、「デフレ不況」に対する処方箋を書くことはできない。
競争力や生産性が高いが故に「デフレ不況」に陥っているとしたら、「デフレ不況」を解消するために競争力や生産性を高める「構造改革」を行うというのは、自己矛盾であり、自己破滅的な振る舞いになってしまう。
(「デフレ不況」のなかでは、どうあがいても国民経済レベルで競争力や生産性を上昇させることはできないのだが、誤った逆方向の政策を実施してあがけば、個々の企業は一時的にそれらが達成されるとしても、大局的中長期的にはより深刻な「デフレ不況」へと進んでいく)
デフレになる経済論理に照らせば、デフレに陥るというのは産業力の強さの証でもある。
日本・ドイツ・中国圏という現実世界でのデフレ出現状況も、それを示すものである。
小泉政権がそれをどこまできちんと認識しているかはわからないが、「日本のファンダメンタルズは強固である」と説明しているのは正しい。
(小泉政権は、自国経済の強さの活かし方がわからないだけではなく、逆に弱体化させる政策を進めている。そして、主要メディアは、それを日本を再生する「構造改革」だといって誉めそやし、それに反対する人々を抵抗派と呼んで排撃してきた)
経済力が強い故に国民生活が困窮するというパラドックスはなぜ生じるのか。
その一つの要因は、生産性の上昇による供給>需要ギャップの傾向的拡大である。
(生産活動に同じ金額を投入して、従来よりも多くの財を産出するようになったのに、需要額がそのペースで増加しなければ、デフレになるかデッドストックになる)
● 中国のデフレ要因
中国のデフレは、日本やドイツのような21世紀型ではなく、19世紀型である。
19世紀型だと言えるのは、政府公表数字とは言え、7%を超える実質経済成長率を持続的に達成し、企業も設備投資を中心に資本を拡大しているからである。
中国のデフレは、生産性の上昇による供給>需要ギャップの傾向的拡大と実質経済成長が同時進行しているなかで生じており、供給量の増加が輸出量増加+赤字財政支出増加を上回るペースであることが大局的な要因である。
具体的には、低生産性のために競争力を失った国有企業の大量人員解雇による需要減、国有企業債務の不良債権化に伴う融資抑制、地域及び階層間の所得格差がもたらす需要増加抑制(貯蓄は赤字財政支出を担保しているが継続的株式投資や不正蓄財はデフレ要因となる)、国際環境による輸出増加の“抑制”などをあげることができる。
中国のデフレを考えるときには、歴史過程的に生産性が上昇したわけではなく、外資の導入や技術・生産システムの移転で急激に生産性が上昇したという問題を取り上げなければならない。
中国では、長期的な国民経済的循環を経ないかたちで生産性が急激に上昇してきた。
日本企業や台湾及び欧米企業が、現代レベルの生産設備を持ち込み生産を行なっているからである。
生産に使われる生産設備が国内で生産されているのなら、それも需要(額)になるが、外国から持ち込まれるのであれば、新たに雇用される人たちの賃金は需要増要因だが、輸出が思うように増加しなければ供給(量)が大きく増加することになる。
外資や日本のODAによる資金流入がなければ、中国の資金事情からあのような急激な生産性上昇は不可能だった。
(国際的には紙切れに等しい人民元をいくら発行しても、日本などから生産システムを輸入することはできない)
中国企業も、外資が持ち込む資金と外資が輸出で稼ぎ再生産のために中国にとどめる外貨があることで、生産性上昇のための輸入が可能になった。
(戦後日本も外国の資金に依存したが、それは借り入れであり、返済を考慮したかたちでの緩やかなスクラップ&ビルドであった)
中国経済の脆弱性は、このような外資依存と資本財輸入依存&消費財輸出依存の構造にある。
(これは、そのまま19世紀後半に成長を伴うデフレを経験した米国の姿である)
そして、戦後日本がとってきた米価政策を軸とした農民優遇策や税制を通じた所得平等化政策を投げ捨てた“自由主義”政策がもたらす地域間&階層間の所得格差が政治的混乱を招き、経済構造的脆弱を国家分裂という悲劇的なかたちで現象させかねない危険因子をはらんでいる。
大量の移民を受け入れる余地があった19世紀末の米国と違って、13億人を抱え食糧の輸入依存や危機が顕在化している中国が、20世紀の米国になることはない。
7/3/16
後編に続く

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