米国の農業を知るには、複雑な農業保護の仕組みを理解する必要があります。
現在米国では2002年から5年間について定められた、いわゆる2002年農業法に基づいて農業保護が行われています。
ここでは同法のあらましと、それに対する農業団体などの反応、内包される問題点について述べます。
2002 年農業保障・農村振興法:The Farm Security and Rural Investment Act of 2002
この法律は、作物別価格政策を含む米国農業政策の中核をなすものであり、主な内容は次の通り。
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(1) 適用期間は6年間(02〜07作物年度)。 予算は10年間(02〜11 財政年度)に配分。 予算規模は、旧農業法が継続した場合の総額1,070億ドルより828億ドル(77 %増)多い1,900億ドル(約24兆円)
注1。
(2) 自由生産の継続(生産調整は行わない)。
(3) 主要作物(飼料穀物、小麦、大豆、綿花、コメ等)のローンレート(最低保証価格) 引き上げおよび対象品目の拡大(放牧用小麦、雑豆等)
(4) 固定直接支払いの継続・支払水準の引き上げおよび対象品目の拡大(大豆の追加)
(5) 新たな不足払い制度(カウンター・サイクリカル)の導入
注2
(6) 酪農について、加工原料乳のローン制度(最低価格保証)を再延長。 また新たに、 飲料乳に対する全国的な不足払い制度を導入
注3。
(7) 農家一戸当たりの政府支払上限は36万ドル(約4千6百万円)。 ただし、コメ、綿花等の大規模生産者が活用している「証書制度」(上限なしの最低価格保証制度)が 維持されるため、事実上、支払上限はない。
(8) 環境保全プログラムの増額(10年間で総額171億ドル。 現行水準の80%増)。 これま での「休耕」を条件とする支払から、「生産を伴う」支払プログラムを新たに追加。
(9) 輸出振興プログラムの増額(総額11億ドル。 海外市場でのPR 活動などマーケティ ング支援が中心)。
(10) 新たに原産国表示制度を導入。 食肉、野菜・果物などを対象に、当初は任意表示、 2 年後の04年10月より強制適用。 食肉については「米国で生まれ、肥育され、と畜された食肉」のみが米国産と表示できる。
(11) WTO 国内支持ルールにおける「黄」支払が、同許容上限額(年191億ドル)を超 える恐れがある場合は、農務長官に対象支払を停止する権限を付与。
注4
(12) 農産物を原料とするバイオ燃料振興プログラムの充実(4億ドル)
(13) ピーナツについて、これまでの生産割当に基づく価格支持を廃止(割当保有者に 対する5 年間の経過支払)し、主要作物と同様の固定支払・ローン制度・不足払い制度を導入。
(14) 羊毛・モヘア毛、ハチミツに対するローン制度の導入(96年農業法で廃止されたものを復活)
(15) 野菜・果実について、政府買い上げ制度の導入(2 億5 千万ドル)、消費拡大プロ グラムの充実。
注1:2002農業法は、いわば補助金の支払要件(一定の要件を満たせば自動的に支払)を定めたもので、実 際の財政支出は、将来 の市場価格等により大きく変動する。 新たな農業予算は、農産物価格が今後上昇するとの予測のもとで計算されており、もし 予測に反し価格が上昇しない場合は、実際の農業予算はさらに拡大することになる。 たとえば、3月まで「総額約1,700億ドル 」と試算されていた予 算規模が、最近の市場価格の低迷により、4月には「1,800億ドル」へ、そして5月初めには「1,900億ドル 」へ上方修正されている。
また、新たな予算は、過去4年間の緊急的に実施された追加直接支払い(総額308億ドル)が今後も続くと想定していない。 新農業法は、こうした追加支払を回避することを目的の一つに定めており、予算を増額した根拠としている。
注2:「価格変動対応型支払い」主要作物について、市場価格+固定支払+ローン支払合計が予め定めら れた目標単価を下回る場合、その不足分を政府が補償。 95年以前の不足払い制度に似ているが、旧制度のような生産調整は求められていない。
注3:これまで飲料乳については北東部州など地域限定の価格支持制度があったが、これを廃止。 新制度 は、全州を対 象とし、市場価格と目標価格との差額の一定割合を政府が補填するもの。 ただし適用期間は今後3年半のみで 、また一戸当たりの支払対象乳量を制限している。
注4:どのように実際の支払額とWTO 支払上限とのチェックを行うのか、政治的に困難な支払停止を農 務長官ができるのか等 、その実効性について疑問が呈されている。
法成立に際しての反応
<農業団体は、新農業法の成立を歓迎>
農業法の成立に対し、主要な農業団体、品目団体はそれぞれ歓迎する旨のコメントを発表した。 とくに、大規模経営の中西部穀物生産者(支払額の増加、対象品目の追加)、南部のコメ・綿花生産者(支払額の増加、支払上限の骨抜き)などが新農業法で最も恩恵を被ることになろう。 一方、政府支払額の9 割は、全農家の上位2 割の大規模生産者へ支払われると試算されており、小規模農家が十分な恩恵を得られないという問題は解消されなかった。 また、地域別では、たとえばカリフォルニア州が、@主要作物に比べ、野菜・果樹農家に対する補助が少ない、A大規模の酪農生産者が多く、新たな不足払いの恩恵が得られない、B原産国表示の導入により、メキシコから輸入し米国で肥育・と畜した牛肉が今後「米国産」として販売できなくなる、など新農業法の「負け組」とみなされている。
<EU 、ケアンズグループは、米国の動きを強く非難>
米国農業法の成立に対し、外国からは強い非難が相次いでいる。
EU フィシュラー農業担当委員は「新農業法は、米国生産者を市場から隔離し、生産過剰、価格低下で国際市場をさらに混乱させる」「国際的な農政改革に逆行し、ドーハ閣僚 宣言と全く矛盾する動きである」と批判。 また、ケアンズグループ諸国からも「米国は、 他の国に対し農業保護を削減しろと言う一方で、自らは全く逆のことを行っている」「世界中の農業へ悪影響を与える、身の毛もよだつ悪法である」(トラス豪州農業大臣)、「米 国は、新農業法により世界で最も手厚い農業保護を行う国となる」「WTO 農業交渉における米国の信頼を大きく損ねるだろう」(バンクリーフ カナダ農業大臣)と非難してい る。
<マスコミや議会、政府内部でも批判>
国内外マスコミも農業法の動きを非難している。 たとえば「政府補助を必要としない大規模農家へほとんどの補助金がバラまかれる一方で、過剰生産・価格低下などにより、本来救うべき小規模農家を痛めつけるだろう」、「連邦財政の赤字化、国をあげたテロ対策が求められているなかで、農業予算の大幅増額は認めがたい」、「この農業法と比べれば、 (過剰な補助金として評判の悪い)EU 共通農業政策の方がまともに思える」などといった論調である。 議会・政府内部でも、政府関与からの決別をめざした96年農業法を反故に し、旧来の農業保護政策へ逆行することへの反対のほか、連邦財政上の懸念、WTO 協定との整合性の問題、農家間の格差拡大などを問題視する声があった。 しかし結局は、本年 11 月の中間選挙を控え、議会にとって、そして農業州を支持基盤とするブッシュ政権にとって、農村票を確保するため避けられない政治的決断だったと考えられる。
<今後の想定される問題>
新たな米国農業法の成立は、本年3月から始まったWTO 農業交渉などへ影響を与えるのは必至である。 たとえば、次のような問題が想定される。
(1) 政府支払により収入が約束された米国農家が、市場動向を無視して生産拡大に走る恐れがあること。 そして、これにより国際的な価格低下、国際市場の混乱を招く恐れがある。 特に途上国が輸出・輸入の両面で被害を受ける可能性が最も高い。
(2) WTO 交渉やFTAA (アメリカ大陸自由貿易圏)交渉における、米国の信頼性、 リーダーシップが失われ、交渉が停滞する恐れがあること。
(3) 米国の新農業法をきっかけとして、EU 、日本を含む先進国の農業政策に対する国際的な批判がさらに強まる恐れがあること。
(4) ローン支払引き上げ(「黄」)、新たな不足払い(「黄」もしくは「デミニマス」)、新たな酪農不足払い(「黄」)等により、WTO 上許容されている国内支持上限(191 億 ドル)を超える恐れがあること。 かりに許容額を超えた場合は、これにより貿易上の被害を受けたWTO加盟国が対抗措置をとる可能性がある。
(5) 原産国表示制度の導入に対し、輸入制限措置であるとして、輸出国からWTO上の問題を指摘される恐れがあること。 また一方で、これまで米国政府が反対してきた、 GMO 表示や原産地表示が世界的に広がる可能性がある。
<日本:全中のコメント>
わが国は、ウルグアイラウンド合意以降、痛みを伴いながら、着実に農政改革を実行してきており、米国のこうした「後ろ向き」の動きに対しては、厳しい批判を行う必要がある。 一方で、新たな農業法は、米国が96 年農業法でめざした「政府関与なしの完全な市場原理への移行」が非現実的なものであることを、米国自らが認めた証拠ともいえる。 これをもって、各国の多様な農業のあり方を踏まえた「バランスのとれた、現実的な農政改革」 をともに目指す足がかりにすべきではないか。
マーケティングローン制度については、農家にとって実際は次の3 つの選択がある。
(1)作物を実際に政府(CCC :農務省商品金融公社)へ融資の担保として預け、市場 価格が低い場合に担保農産物をCCC へ引き渡す方法(マーケティングローン)、
(2)融 資を受けず、作物も引き渡さないが、基準価格と市場価格の差額のみを受け取る方法(ロー ン不足払い)、
(3)融資(現金)の代わりに証書を受けとり、ローン不足払いと同様、後 で基準価格と市場価格の差額を受け取る方法(証書制度)である。
この証書制度については、「(実際に政府が作物を預かることはないため)政府の在庫増、 在庫コストを抑える」メリットがあるとされているが、最大の目的は、マーケティングロー ン・ローン不足払いの支払上限の抜け穴として、大規模農家 へ無制限の支払いを認めることにある。 現行の低い市場価格のもとでは、例えば綿花農家 は1,000 エーカー(約400 ヘクタール)分の生産でマーケティングローンの支払上限15 万ドルに達すると言われており、特に、大規模経営が多い綿花農家(例えばカリフォルニア州 では16 万エーカーの企業農場がある)が恩恵を被ることになる。 実際、証書制度の導入に あたっては、綿花団体が強力なロビー活動を展開したと伝えられている。
この証書制度の問題点として、@「作れば作るほど儲かる」制度であるため、生産刺激 的かつ市場を歪める政策であること、A現状でさえ大規模農家への優遇が問題とされてい るなか、こうした不平等をさらに拡大させる政策であること、B支出の歯止めが効かない ことから、財政上も問題がある。

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