■ 通貨供給過程
金貨(金属貨幣)が通貨として使われていた時代は、基本的に、国家が通貨発行権を持っていた。
(アメリカ合衆国は現在でも憲法上は通貨発行権を連邦議会に付与している。FRBは法律と屁理屈でのみ正当性が維持されている通貨発行主体である)
おおまかに言えば、「国家が金(金属)鉱山や戦争を通じて得た金(金属)を元に金貨(金属貨幣)を発行して統治上必要な物資や労働力を購入することが通貨供給の出発点になる。そうして流れ出た通貨は、国内の一般経済取引にも利用され、一部は課税を通じて国家に戻り再度経済社会に出ていく。高い信認を得た国家の通貨は、国家を超えた地域(経済的な意味での国際社会)で国際取引にも使用されるようになる」というものである。
(ローマ帝国や東ローマ帝国の貨幣は、そのような通用性を持っていた。そうなると、金含有量ではなく、表示単位そのものが信頼されるようになる。金属貨幣は磨耗するので厳密には量を減らしていく。これは、同じ表示単位の金貨であっても、金の含有量が異なっていることを意味するが、信認度が高い通貨であれば、物理的には0.97gと1.00gと違っていても、同じ経済価値を持つものとして取引で使用されていく。これは、金属貨幣が有する“紙幣性”を示唆するものである。西ローマ帝国は、この経済論理にすがって“悪貨”(金含有量を発行時から減らして同じ通貨単位表示をした貨幣)を発行したために、地域での経済覇権を失っていった。滅亡要因はそれだけはないが...)
「近代経済システム」の大きな特徴は、国家ではなく一経済主体である銀行が通貨を発行するようになったことである。
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【世界経済を認識する基礎】 “あっしら”的経済概念の説明:通貨の供給過程 〈その4〉 投稿者 あっしら 日時 2002 年 7 月 13 日
おおまかに言えば、「中央銀行が通貨を発行し商業銀行に貸し出すことが出発点である。商業銀行は経済主体に借り入れした通貨を貸し出す。経済主体は、借り入れした通貨を使って他の経済主体から物資を購入したり労働力を雇用して経済活動を行うことで通貨の増加を図る。国家は、中央銀行・商業銀行を含む経済主体や擬制経済主体(非雇用者=勤労者)に課税し、それから得た通貨で、必要な物資や労働力を購入する。それで再び通貨が経済主体に戻る。順調であれば、このような流れによって、一般の経済主体から商業銀行へ、商業銀行から中央銀行へと利息が付いたかたちで通貨が返済されていく」というものである。
このように、「近代経済システム」は、根っからの“高利貸し経済社会”である。
● 金本位制の概要
金本位制と管理通貨制の一つの違いは、同じ紙幣であっても、中央銀行の通貨発行量に価値実体的な規定があるかないかの違いである。
金本位制であれば、中央銀行(発券銀行)は、保有する金(貨)の貨幣評価(元々は1円=0.001gなど金量で貨幣単位が規定される)の4倍まで、逆に言えば、通貨発行量の25%に相当する金(貨)を保有していなければならないといったような規制が働く。(米ドルも、70年まで、公的保有金の4倍までという規定が働いていた)
このような緩い規定については、経済取引は不断に継続しているので、25%の金(貨)があれば兌換に応じても支障をきたすことはないというデタラメな理屈で正当化されている。
確かに、紙幣を都度都度兌換するのは面倒だし、その必要もない。それどころか、通帳に記載された数字列になってしまう預金を選択するくらいである。
そして、産業経済主体などは、通貨の量が制限されることを極端に嫌う。それどころか、より多く通貨が供給されることを切望する。(19世紀の米国南部民主党は、そのような経済主体を支持基盤にしていた。そのために、紙幣を濫発した多くの発券銀行が破綻していった)
しかし、この仕組みが、発券銀行にとってみれば“錬金術”であり、経済社会全体で見れば「詐欺」であることは明白である。
100億ポンドに相当する金(貨)を保有している銀行が、400億ポンドに相当する紙幣を発行して貸し出しを行う。
これは、発券銀行が保有金(貨)の3倍の通貨をなんら裏付けがないまま発行し、利子付きで貸し出しできることを意味する。
400億ポンドの紙幣を発行したからといって、1ポンド当たりの価値が1/4に薄まるわけではない。
10ポンド金貨と10ポンド紙幣は等価であり、10ポンド紙幣を兌換すれば10ポンド金貨を手に入れることができる。
そして、100億ポンドまでの紙幣と100億ポンドを超えて発行する紙幣を識別するものは何もない。
「労働価値」的視点で言えば、金本位制の紙幣は、1/4に薄められた「労働価値」で、1/1の「労働価値」が転化された労働成果財を手に入れられるという仕組みになる。
ただし、1/4に薄められた「労働価値」で1/1の労働成果財を手に入れられるのは、発券銀行のみである。他の経済主体は、紙幣にも1/1の「労働価値」が裏付けられていると信じている。
これを“錬金術”や「詐欺」と呼ばずに別の表現も可能というのなら、是非とも教えて欲しい。
このような「詐欺」が「詐欺」として指弾もされず取り締まりもされてこなかったことが、「エンロン破綻詐欺」など数々の「詐欺」を生み出し続けている根源である。
このような「詐欺」ともう一つの詐欺である「信用創造」をベースにした経済システムであったことが、対処できないまま「恐慌」を引き起こした要因である。
好況が突然崩れる経済状況が生まれると、労働成果財や非労働成果財の価格が下落し、生産活動も低下する。
銀行から貸し出しを受けた経済主体は、保有している財を期待した価格で通貨に転化できなくなるため、債務を返済できなくなる。その数が増えれば、処理しきれない不良債権を抱えて銀行が破綻する。破綻する銀行が増えれば、そこに貸し出しをしている発券銀行(中央銀行)も債権が回収できなくなる。担保を早く手に入れたもののみが破綻を免れるという経済状況である。
紙幣はそれで兌換に応じるという債務証書でしかなく、紙幣の価値実体(担保)は金(貨)である。余剰紙幣を持っている経済主体は、銀行が担保権を行使するのと同じように、債権が回収できるかどうか不安になって兌換に走る。
しかし、金(貨)は、発行された紙幣の1/4の量しかない。
これでは、バンクホリデーで対応するしかないのは当然である。国家が、「一大詐欺」が発覚することを防ぎ、「詐欺犯」を救済する。
紙幣が金(貨)の貨幣評価と同じ量に限定されて発行されているのなら、兌換に応じればいいだけである。
自己資本の範囲内で貸し出しを行っていれば、預金者の取り付け騒ぎも起きない。
(「信用創造」という詐欺については、次回に説明する予定)
金本位制から離脱することで、金本位制であれば「恐慌」につながっていく経済事象を別のかたちで収束させることができるようになった。
● 管理通貨制
現在の紙幣は、その発行量を規定する価値実体的な制約はない。(媒体は必要だがとりあえず制約なしとみなしてもいいだろう)
これは、金本位制が抱えていた「詐欺」発覚の怯えからの脱却を意味する。
金本位制の紙幣は、1/4に薄められた「労働価値」で、1/1の「労働価値」が転化されている労働成果財が購入できるものであったが、管理通貨制の紙幣は、紙幣が表示する「労働価値」を無限大に薄めることができるものである。
〈その2〉で書いたように、管理通貨制の紙幣は、価値の裏付けを初めから持っていないものだから、薄めるという表現自体が誤りになる。
正確には、労働成果財が内包する「労働価値」の価格表示機能を無限大に弱めることができるというものである。(これまで100円であった財を、それに転化されている「労働価値」が変わらないまま700円に変更することができる)
しかし、これは、「詐欺」発覚の怯えからの脱却ではあっても、「詐欺」からの脱却ではない。正しくは、「詐欺」の拡大である。
薄めるどころか何ら価値的裏付けのない紙幣を貸し出し、それで労働成果財を手に入れることができるからである。
発券銀行が、利息として得た通貨で、物資を買ったり、人を雇うということを考えて欲しい。
管理通貨制の紙幣は何ら価値的裏付けを持っていないのだから、タダでそれらを買ったり雇ったりしているのである。
それならば、そのような絶好の「詐欺装置」を駆使して紙幣を発行しまくりタダで労働成果財を買い漁ればいいじゃないかということになるのだが、現実にはそのようなことは起きていない。
絶好の「詐欺装置」が野放図なものとならずに、それなりのタガがはまっていく論理を考える。
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