「非労働成果財(金融資産)の取引から続きます。
本来はずっと前に述べるべき基幹の経済テーマであるが、金融資産の取引を説明した後の方がすっきり説明できると考えたこともあり、終局近くまで延び延びになってしまった。
■ 「近代経済システム」における金利と物価の変動
物価はともかく、金利という経済指標がこれだけ注目されている経済社会は、これまでの歴史的経済社会のなかで「近代経済システム」のみである。
それは、それまでの歴史的経済社会が、通貨の貸し借りで利息が発生することを“原則的に”禁じていたのに対し、「近代経済システム」は、通貨流通の始源である中央銀行の通貨発行そのものが商業銀行への貸し出し行為であり、中央銀行から貸し出しを受けた商業銀行が様々な経済主体に貸し出しを行うことで通貨が経済社会に流れ出すという構造になっているからである。
「近代経済システム」で通貨を獲得するためには、貸し出しを受けるか、生産した財を販売するか、自己の活動力(労働力)を販売するかのいずれかになる。
通貨発行主体である中央銀行は貸し出しを通じてしか通貨を供給しないから、始源的には、貸し出しで通貨を獲得するしかない。
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【世界経済を認識する基礎】 “あっしら”的経済概念の説明:「近代経済システム」における金利と物価の変動 〈その8〉 前半部 投稿者 あっしら 日時 2002 年 7 月 23 日
(政府部門の徴税、恐喝や窃盗などの犯罪、贈与・寄付・家計内などの経済的対価を伴わない通貨の移転は、対象の通貨がそれ以前に経済取引を通じて手に入っていなければならない)
生産した財や自己の活動力(労働力)の販売は、経済論理的に言えば、財も活動力(労働力)が転化した物だから、ともに活動力(労働力)の販売だと言える。
貸し出しは、通貨を一時的に手放すことで利息という対価を得る経済行為である。
この利息も、これまで説明したように、“資本の増加”がその源泉であり、利息を経済的実のあるとして獲得するためには、間接的であれ、活動力(労働力)が発揮される“場”である資本に転化され、資本の活動の成果として資本が増加していなければならない。
「労働価値」が転化される過程である資本の生産過程を通ることがない貸し出しは、「バブル形成」や「ハイパーインフレ」といった歪な経済事象を生み出すだけで、利息のみならず元本まで回収できなかったり、獲得した利息と元本の合計が実質価値ベースで貸し出し時を下回ってしまうという結果に終わることもある。
(資本の生産過程を通ることがない貸し出しが多量で長期にわたって続けば、必ずそのような結果に終わる)
このような論理を前提に、もう少し現実に近づくと、貸し出しという経済取引が成立する条件は、通貨を保有しそれを貸し出ししてもいいと考える経済主体と通貨が手に入れば構想している経済活動ができると考える経済主体が、同時的に存在していることである。
保有通貨を貸し出してもいいと考える経済主体はその対価としてできるだけ多くの利息を求め、通貨を貸し出しを通じて手に入れたいと考える経済主体は、その対価である利息をできるだけ少なくしたいと考える。
そういう両者の取引である貸し出しは、借りたい通貨量と貸したい通貨量の関係で金利率が決まると想定できる。
借りたい通貨量に対して貸したい通貨量が少なければ、金利が上昇するはずである。
しかし、管理通貨制の通貨発行量(中央銀行の貸し出し通貨量)には、金本位制のように価値実体的な量的規制がない。
あるのは、銀行(中央銀行&商業銀行)に内包されている“資本の論理”だけである。その“資本の論理”は、資本=通貨を実質ベースで増加させなければならないというものである。
管理通貨制の金利規定論理を考える前に、通貨流通の構造が共通の金本位制で金利の規定論理を考える。
● 金本位制における金利の規定論理
保有金(貨)に対する紙幣発行量の倍率がいくらかは別として、金本位制であれば、中央銀行が貸し出しできる通貨の量は保有する金(貨)の量に規定される。
中央銀行が保有する金(貨)の量は、対外決済の黒字と紙幣による購入で増加し、兌換によって減少する。
好況期であれば、財の輸出が順調で兌換請求の紙幣も少ないので、保有金(貨)は増加する。
不況期であれば、財の輸出が不調で兌換請求の紙幣が多くなるので、保有金(貨)は増加しにくい(あるいは減少する)。
貿易収支の黒字による保有金量の増加は、紙幣による金の購入とまったく同じである。
貿易収支の黒字は、貿易に関わる個々の経済主体の総和として、ある国民経済が支払いよりも受け取りが多いというものである。
金は中央銀行が直接受け取るとしても、個々の経済主体が受け取った外国為替に対して紙幣を支払ったがゆえの金の受領である。
中央銀行は、そのような経路で受け取った金をベースに、その4倍といった量の紙幣を追加発行できる。
(これまでの説明をお読みの方であればわかるように、これは、1/4に薄まった紙幣で1/1の金を手に入れたことを意味する。そして、その金をベースにさらにその4倍の紙幣が発行できるというのが金本位制である。このような取引を繰り返せばどれほど実質利益が膨らむことになるのかは計算してみればすぐにわかる。しかし、このような私的経済取引が詐欺として有罪になったことは寡聞にして知らない。イングランド銀行は現在なお、戦前までのフランス銀行も私有銀行である。そして、FRBも私有銀行である)
財の生産や販売に関わっている経済主体は、好況期であれば、経済活動をさらに活発化したいと考えるので通貨に対する需要を高める。
金利が通貨に対する需給で決まるとしたら、財の生産や販売に関わっている経済主体が求める借り入れ要望通貨量が中央銀行の貸し出し可能通貨量を上回るほど、金利が上昇するはずである。
中央銀行が紙幣を発行できる倍率が保有金(貨)の4倍だとすれば、保有金(貨)の増加量の4倍を超える借り入れ要望通貨量の増加がなければ金利は上昇しないことになる。
しかし、奴隷制があり輸出が急増している経済社会で奴隷が潤沢に供給される状況でもない限り、そのようなことは基本的にあり得ない。
なぜなら、そのようなペースで借り入れ要望通貨量が増えるためには、厖大な活動力(労働力)を雇用しなければならないからである。
不況からの脱却時期でもそのようなペースでは経済活動は活発化しないが、好況期であれば、余剰人員(失業者)も少ない。
借り入れ要望通貨量の増加が貸し出し可能通貨量の増加を上回る状態を保つためには、銀行もしくは一般経済主体が、国民経済の外に通貨を貸し出したり持ち出していなければならないことになる。
(国際融資や対外直接投資のこと)
銀行は、通貨を貸し出すことで資本=通貨を増加させる経済主体である。ゆえに、安全であることを命題としながらも、できるだけ多くの通貨をできるだけ高い利率で貸し出したいと考える。
安全性は担保などで解決するとして、通貨は、貸し出しをできるだけ行って手元に残す量を減らし、借り入れ要望量が多い相手(国民経済)を見つけて貸し出しを行うのが理想ということになる。
(中央銀行であれば、保有金量に対して未発行の紙幣量を減らす)
例えば20世紀初期までの英国であれば、その通貨であるスターリングポンドは、世界最高の信認性を誇っていた。
そして、米国や日本を含め多くの国民経済が、資本=(国際)通貨不足に陥っていた。
この事実は、イングランド銀行やその他の商業銀行ができるだけ有利な貸し出しを自由に選択できる状況にあったことを意味する。
世界を眺めて、好況もしくは成長性がありながら通貨不足に悩んでいる国民経済(経済主体)を見つけ出せば、より有利な貸し出し条件を手に入れられるという世界経済構造である。
多くの国民経済が資本=国際通貨不足であるという現実は、日本や中国などアジアの一部の国家を除けば、今なお続いている。
このようなことから、金本位制の貸し出し金利は、特定国民経済の中央銀行が持っている貸し出し可能量と国際総和的な借り入れ要望量で決定したと言える。
これを当時の英国の現実問題として考えると、自分たちの経済活動で中央銀行の保有金量を増加させたにも関わらず、もっと経済活動を活発にしたいと考え借り入れを求めると、経済論理的に言えば金利は下がるべきなのに、4倍に薄まった紙幣をより高い金利で借り入れなければならないという話になる。
もちろん、通貨の借り入れは最終的には自由意志であるし、国際的に通貨が貸し出されることで、自分たちの経済活動がより活発になるというメリットも享受する。外部国民経済に通貨がなければ、輸出は思うように増加できない。
貸し出しを受ける当時の英国の経済主体にとって望ましい状況は、英国は好況で、他の国民経済が順調でありながら借り入れ要望量が少ないというものである。
そうであれば、欲しい通貨が低い金利で手に入る。銀行は、低い金利であっても、貸し出しをしないよりは無限大に有利だからである。
最悪の状況は、英国は好況でかつ自由にできる余剰通貨を保有している経済主体が多く、他の国民経済で借り入れ要望が多いという状況下で、通貨不足=資本不足に陥っている英国の経済主体である。
この経済主体が競争下にあるのなら、他の経済主体に較べ、利息の負担で価格競争力を劣化させるので、最終的に得られる利益の額を減らしたり、破綻することになる。
このように、金本位制の金利変動は、英国(イングランド銀行)を基軸とした国際的な通貨の需給関係に規定されていたと言える。(だからこそ、ロンドンが国際金融のセンターになった)
7/2/18

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