核エネルギーの利用研究をやめろとは言いませんが、発電(水を沸騰させる)目的で核エネルギーを利用することには反対です。
(効率が悪い水を沸騰させる目的ではなく、瞬時に膨大なエネルギーを得られる手段としての核エネルギーの利用研究することは意味があると思っています。このために、危険を承知の上で孤島で研究施設を稼動させるというのであれば強くは反対しません。原発は元々軍事技術の派生物です)
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「反原発」です核エネルギーそのものを利用しているわけではない投稿者 あっしら 日時 2003 年 5 月 27 日
ご指摘のように、稼動時の事故は他の発電手段とは比較ができないほどのとてつもない災厄をもたらし、廃棄物の処理は気が遠くなるような未来に対して負債を背負わせるだけではなく、近い将来に周辺地域の生存条件を脅かす可能性が高いと思っています。
これは、たとえ原発のコストが他の発電手段よりも安いとしても、原発を選択すべきではないという結論を導きます。
純粋な貨幣的コストを考えても、原発の廃炉や廃棄物処理まで含めればとてつもなく高くなります。たんに蓋をするだけで根源的な後始末はできません。
(廃炉コストは1兆円を超え廃炉技術も未確立であるため、本来30年の耐用年数という前提で設計・建造された原発をまだまだ大丈夫と耐用年数を後付けで60年まで引き延ばして運転し続けています。それこそ、どこかの原発が“瓦解”するまでは、ずるずると引き延ばしを続けるという感じです。また、低レベルのみならず高レベル廃棄物を道路建設に使って“消費”しようともしています)
環境の面でも、運転時ではなく、ウラン採掘・ウラン精製・原発建設・廃棄物処理などにかかる二酸化炭素排出量を考えれば、ことさら少ないわけではありません。
生活様式を改めるということをことさらしなくても、天然ガスやバイオマスなど他の資源を効率よく発電に利用すれば、原発なしで必要な電力を得ることができます。
移行期に一時的な“給水制限”が必要ならば、それを選択してでも原発の廃炉(蓋)に動くべきだと思っています。
生活様式の変容や技術開発を通じて、できるだけ再生が可能な資源から原材料やエネルギーを得るかたちに移行すべきだとは思っています)
そのような路線転換に動かず、優先した電力供給データをもとにした原発の必要性と既に破綻しているデタラメな安全性を言い募り、原発の増設まで納得させるために膨大な広告宣伝費をかけているのは犯罪です。
(その背後に、関連組織の経済利権・国際的組織の利権や思惑・軍事的思惑があるのはことさら指摘しませんが...)
原発に賛成する政治家・官僚・電力会社幹部・重電メーカー幹部をなくすためには、家族揃って年間20日間の原子炉内掃除を義務付けるようにでもしないと、原発をあきらめないかもしれません(笑)
原発は、今儲かるならOKという刹那主義的な経済利益で動く「近代経済システム」の象徴だとも言えます。
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>実際、反原発の人達は、クーラーをこの夏使わないと、宣言されますか?
使い古されたくだらない反「反原発」の論理です。
クーラーなどの電気製品やパソコンなどの電子機器が核エネルギーで動いているのなら、そのような言葉に少しは意味があります。
(原発での核エネルギーは発電機を動かす水を沸かすために使われているだけです)
問題しているのは発電方法であり、核分裂エネルギーに相当するエネルギーを他の手段でどうやって得るかということではないのです。
原発によって供給する電力を意識的に現在の水準まで高めてきた政策が、言われるような愚にもつかないチャチャにもっともらしさの彩を与えているだけです。
また、すぐさま原発をすべて廃棄しろという主張をしている人も少ないのです。
タイムスケジュールを立て、徐々に別の発電方式に切り替えていこうという主張が大勢です。(廃炉問題もありますからね)
>このままでは、二酸化炭素による温暖化は進行するのは確実です。深刻な温暖化になってしまったあとで、私は反原発でしたと、はたして言い切れるのでしょうか。
発電そのものの過程で生じる二酸化炭素の量を比較しても意味がありません。
原料の採掘から後処理までを含めた比較が必要です。
また、二酸化炭素増大の弊害や地球温暖化の要因も総合的に見直す必要があります。
>放射性廃棄物を安全に封印する技術と、原子力代替えエネルギー確保手段を秤にかけて考えれば、まだ原子力発電を続行する方が、技術的に可能性が高いのではないか。二酸化炭素を発生しない代替えエネルギー源が確保できる見通しが立ってから、原子力発電に意義を唱えるべきである。
廃炉を含む「放射性廃棄物を安全に封印する技術」とはどういうものですか?
「原子力代替えエネルギー確保手段」を電気エネルギーを得る手段ということに置き換えれば、一つ二つではなく様々なものがあります。(原子力代替ではありません)
PRなどくだらない原発存続関連費用を新規発電システムの効率化研究につぎ込めば、さらに望ましいものが手に入ります。
(原発は核エネルギーの70%を無駄にしています)
しつこいようですが、原発による発電は二酸化炭素を発生しないわけではありません。
>原発立地候補地の地域住民のエゴの理論は、エゴとして、彼らの言い分もわかる。そりゃ都市生活者の犠牲になりたくないのは理解できる。ただ、私は火葬場反対の住民運動と、反原発運動は同根の、エゴを感じてしまうのである。自分は他人の為に一切犠牲になりたくないと正直に主張しているならまだいいが、地球環境の為とか、子供たちの為とか、自分のエゴを隠し、自己正統を主張するいやらしい人間の醜さが見えて、私は反原発運動を軽蔑している。
火葬場やごみ焼却場などと原発を同列に扱うのはあまりにもばかげています。
火葬場は必要不可欠だとは言いませんが役割としては代替かありません。
(土葬や風葬などはあるが...)
原発は代替手段がある発電施設なのであり、危険でかつ後始末技術も確定していない原発である必要はないのです。
原発立地候補地の地域住民は、自分の健康や生命、漁業や農業の被害など「エゴ」をさらしています。
7/2/19

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