対外的通貨価値の変動 《「円高」をどう考えるか》 上から続きます。
■ 農業やサービス業の低い生産性は何に由来するか
このように書いてきたからと言って、「円高」を推進すべきだと主張しているわけではない。
最初に列挙したなかの、
● 対外的通貨価値は、基本的に、頻繁にかつ大量に取り引きされる国際商品の生産性によって規定される。
(原油・鉱物資源・近代工業の生産財・繊維製品から家電や自動車までの耐久個人消費財の生産性が対外的通貨価値の主要規定要因)
とあるように、金属洋食器など輸出入量が少ない商品や国内で自給される財やサービスの生産性は、対外通貨価値にほとんど反映されない。
このため、米のように基本的に国内自給政策が採られている財は円高で売れなくなるということはないが、ぎりぎりの輸出競争力で輸出されている財や輸出依存率が高い財は、円高の影響を大きく受け、それらを生産している企業は、賃金を圧縮したり、生産を縮小したり、最後には廃業ということにもなりかねない。
(金属洋食器やメガネフレームを生産している企業の一部は、生産性を上昇させるとともに、デザイン性や素材開発などで競争力を確保している)
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輸出規模が小さい品目は、生産性を上昇させる余地も小さく、中小企業が取り組んでいることから財務的耐久力も劣っている。これらの企業は、大手輸出企業が高い生産性上昇を実現した結果である円高の被害を受けているとも言える。
ご存知のように、日本の農産物は国際比較でベラボウに高い。人件費の影響が高いサービス業や建設コストも、国際的に比較すれば数十%高いと思われる。
この要因を、日本の農業・建設業・サービス業の低生産性に求めることもできるが、それらの産業は、製造業が達成した高い生産性で規定された対外通貨価値の上昇のために、生産性が低く評価されているとも言えるのである。
ドル表示で比較した日本の一人当たりGDPは3万7千ドルと世界最高水準である。
米国2万5千ドル・英国2万3千ドル・ドイツ2万2千ドル・フランス2万1千ドルと比較すれば、48%以上も高いのである。
これは、人件費の割合が高いサービス業や建設業は、米国価格よりも48%くらい高くても当たり前ということである。48%未満の高さであれば、それぞれの産業が生産性の上昇でカバーしているということである。
(一人当たりのGDPが高く地価がそれに輪を掛けて高い日本では、人件費と施設費のウエイトが高い商業やサービス業を営むことは“たいへん”なのである。建設業やサービス業は、外国人の不法就労者を雇うことで高い人件費から生じる圧迫を緩和している)
逆の言い方をすると、農業・サービス業・建設業に従事する人たちの可処分所得を高める“高価格”を容認してきたことで、国民経済の成長を持続的に達成し、一人当たりのGDPも世界最高水準になったのである。
農林水産業は、気候など自然に生産性が大きく左右され、米などは1年にせいぜい2回の収穫しかできないものである。
これは、工業と違って、生産性を飛躍的に高めることが難しいことを意味する。
また、一人当たりGDPが世界最高水準であることから、生産性を少々高めたからといって輸出競争力を持つようにはならないだろう。
(輸出競争力を持つためには、一人当たりGDPが米国やEUの水準まで下がり、米国やEUが行っているような所得補償政策もとる必要がある)
農林水産業に従事している割合は、就業人口の5%程度である。
生存にとって基礎的な財である食糧をもっと安い価格で手に入れたければ、失業率が10%になることやさらに「デフレ不況」が悪化することを覚悟して、食糧の輸入自由化を推し進めれば可能であろう。
日本から、自家消費用以外の田畑が消え、農業や漁業の知恵が失われ、山林が放置されることもゆゆしき問題であるが、13億の民を抱える中国が食糧輸入国に転じ、米国中西部の土壌及び水資源が悪化しているなかで、農業を放棄して、国民の長期的な生存条件が維持できるのかという根源的な問題がある。
米国の農産物輸出も、輸出額の半分に相当するものは、政府の援助によって賄われているという。
米国の財政危機が深刻化し、農産物輸出補助政策がカットされるようになれば、米国の農産物輸出が大きく減少するか、輸出価格が大きく上昇することになる。
米国農業は遺伝子組み替え作物に動いているが、遺伝子組み替え作物に重要なデメリットが発覚すれば、一定範囲の農場で数年間作物が収穫できないということもあり得る。
もちろん、現在の農業政策は大きな問題を抱えている。ここでは、所得補償政策に転換するのが望ましいとだけ書いておく。
人は、お金や原油を食べたり飲んだりして生きていくことはできないのである。
可処分所得が少ない人は、基本的に、生活必需品→利便品→快楽享受→奢侈品という優先順位で支出先を選ばざるを得ない。
たっぷり可処分所得がある人でも、生活必需品なしで、快楽享受や奢侈品を楽しむことはできない。
■ 「円高圧力」=輸出財の高い生産性をどう活かすべきか
“円高憎悪”は、「円高」→「輸出大手企業手取り円減少」→「輸出大手企業利益減少」という側面にあまりにも囚われて過ぎている結果だと考えている。
自国通貨の対外価値上昇は、「経常収支黒字」で「自国通貨高」であれば、政府が採り得る政策の融通性が高いという現実を見失っている。
「経常収支赤字」や「自国通貨安」であれば、政府が選択できる政策は限られる。
端的に言えば、「経常収支黒字」で「自国通貨高」であれば、「自国通貨高」を防ぐ政策も様々に採れるのである。
対外的通貨価値が高いということは、自国の労働価値が高いということである。
そうであるならば、「高い労働価値に見合う給与を支払う」・「高い労働価値に見合う労働時間短縮を行う」・「高い労働価値を支えにして新しい労働を増やす」・「輸出税で財政を再建する」などといった政策が実行できる。
● 「高い労働価値に見合う給与を支払う」
生産性上昇に合わせて給与を上げれば、生産性の上昇が打ち消されて円高を防ぐのみならず、国内の需要が増大する。
生産性を上昇させにくい産業分野も、大手輸出企業がそのような策を採れば、販売価格が上昇する可能性が高いので、その分野の給与も上昇させることができ、日本全体が高い労働価値(給与)になっていく可能性がある。
(71年や85年は、これが一部実施されたので、デフレ不況にもならず、円高による利益減少も防げたのである)
● 「高い労働価値に見合う労働時間短縮を行う」
生産性や労働価値は単位時間でどれだけの財を生産できるかということだから、同じ給与で働く労働時間(年間総労働時間)を短縮すれば、生産性の上昇が打ち消されて円高を防ぐことができる。
日本も、70年中期以降週休2日制に移行していったが、ドイツと比較すれば年間総労働時間は長い。
余暇時間が増えるだけでは国内経済に貢献しないということであれば、「高い労働価値に、一部を給与で一部を労働時間短縮で報いる」というミックス政策も採れる。
● 「高い労働価値を支えにして新しい労働を増やす」
生産性が高くなるということは、より少ない労働でこれまでと同じ量の財が生産できるということだから、物質的生活水準が現状でいいのなら、それを追求しない分野に労働を向けさせることもできる。
もちろん、新規労働分野を研究開発にすることで、物質的生活水準を上げることに活用することもできる。
80年代後半は、そうではなく、不動産や株式への投機に余剰労働(=余剰資金)が投じられたために、バブルが形成されてしまった。
● 「輸出税で財政を再建する」
“輸出税”を課税して政府歳入を増やすことも考えられる。
“輸出税”を課税すればその分輸出価格が上昇するはずなので、輸出競争力が劣化し、貿易収支の黒字が減り、円高を防止することにつながる。
“輸出税”は、対外的には生産性=労働価値の低下として機能するからである。
雑ぱくに言うと、120円から5%円高に動いて114円になるほうがいいか、高い生産性を誇る品目に3%の“輸出税”をかけて118円で収まるほうががいいかということである。
40兆円の輸出のうち30兆円に3%課税すると、9千億円の増収になる。
このうち5千億円は、「法人税減税」に利用することもできる。
いつも“円高”に怯えながら事業を営むのがいいのか、円高を抑制する“輸出税”を喜んで受け入れて、「法人税減税」を手にするほうがいいかという選択である。
税は懲罰というのなら、国内の労働成果を国外に流出させてしまうからという理由付けでいいだろう。
もちろん、これら以外にも、国内物価を安くするという活用法もあるが、デフレは経済活動を停滞させるものなので、避けたほうがいいと考える。
合理的な政策を採れば、“円高圧力条件”をそのまま「円高」というかたちで現出させるのではなく、輸出企業も含む国民経済の全経済主体がより良くなる方向に活かすことができるのである。
大手輸出企業の短期的な利益減少を気にするばかりであったために、日本政府及び日本の経済界は、「円高圧力」(自国労働価値の高さ)という絶好の機会を有効に活かせなかったのである。
「バブル崩壊」のために“内外価格差政策”が採りにくいなかで起きた94年前後の「円高」が、日本経済をおかしくする意図で引き起こされたものであるなら、お見事と言える。
絶好の機会を有効に活かせなかったと過去形で書いたのは、ここ数年で顕著になった中国の輸出競争力の上昇を考慮したからであり、それを支えているのが日本国籍企業でもあるるからである。
中国絡みの問題は、【世界経済のゆくえ】の続編で説明していきたい。
【世界経済のゆくえ】の続編として、現段階では、「米国が経済覇権を維持する条件」・「日本はこのまま進めばどうなる」・「中国は自滅するか孤立に陥るか」・「EU拡大は合理的な政策か」を予定している。
7/2/24

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