2006/2/28
「米国農業経済 最先端の家族農業 その2」
農業問題
第1部: 工業的な農業の論理的帰結 その2
農場は誰のもの? アメリカ人は食料自給をコントロールできない
国外の多国籍企業が生産に関する決定を行う
アメリカ人は自国の農業をコントロールできなくなっています。何を、どれだけ、どこで、どのように、誰が生産するかは、アメリカ人によってではなく、ますます多国籍企業によって決定される傾向にあります。地主や労働者はまだアメリカ人かもしれませんが、生産に関する決定は、国外でほかの誰かによってなされているのです。契約協定では誰に決定権が与えられるかが決められますが、大部分において、農家は地主やトラクターの運転手や養豚場の管理人と同じように見なされており、本来の役割をもつ「農家」として見なされていないことは確かです。
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企業の経済的要求に従うしかない
これらの契約条件を決定する農業関連企業は、法人組織であって個人ではありません。それ自身には家族も友人も所属する地域社会もなく、ましてや国籍などないのです 。企業の労働者は、個人であり、家族や友人や地域社会と共に生きるどこかの国の市民ですが、大抵の株式上場企業のように企業の所有権が経営から離れてしまうと、労働者は企業の利益と発展のための経済的要求に従っていくしかないのです。多国籍農業関連企業はアメリカ農業への支配力をますます強化し、無国籍で世界の至る所に株主を持っているのです。
「大企業がアメリカでの農業を撤退する前に、アメリカの農村地域の多くは『第3世界』に見られる不毛の地へと化してしまっているでしょう。河川や地下水は汚染され、小さな沼に廃棄物は捨てられ、表土は破壊され疲弊し、帯水層は枯渇し、農村地域の犯罪、未熟な労働者、農村地域の消滅――これらは、農業の企業化による負の遺産となるでしょう。」
今後さらに多国籍企業は、アメリカ国外で生産する方がより儲かると認識するでしょう。トウモロコシ、大豆、豚肉、牛肉、綿、米などの主要農産物を生産する場合、南アメリカ、オーストラリア、南アフリカ、中国のような地域と競争するには、アメリカの農地や労働コストは高すぎるのです。アメリカ人は、高賃金で働き、土地は高級な宅地として使用します。その結果、農業関連企業はアメリカで生産することをやめ、簡単に事業をどこかへ――投資に対してより利潤の多い海外のどこかへ――と移転するでしょう。
土地と人間の両方を搾取する大企業との契約協定
世界市場での生存競争に生き残るためには、アメリカの生産者は、土地と人間の両方を搾取する契約協定を受け入れざるを得なくなるでしょう。大規模な飼育場での養鶏や養豚の工業化は、大企業による搾取の代表例と言えます。臭気や廃棄物で農村地域の環境は汚染され、労働者と投資家は最低限の利益を得るのが精一杯です。家族農業は経営を続けていけない状況に追いやられます。それでも、大半の生産者は、契約することが市場に参入するための唯一の方法だと思っています。同じような傾向は酪農でもすでに見られ、工業化はかなり進行しています。そして大企業は、遺伝子組換えの特許やバイオテクノロジーによる穀物生産を、直にコントロールするでしょう。
アメリカの農村地域: 農業の工業化による最大の犠牲
農村地域は不毛の地へと化す
大企業がアメリカでの農業から撤退する前に、アメリカの農村地域の多くは「第3世界」に見られるような不毛の地へと化してしまっているでしょう。河川や地下水は汚染され、小さな沼に廃棄物は捨てられ、表土は破壊され疲弊し、帯水層は枯渇し、農村地域の犯罪、未熟な労働者、農村地域の消滅――これらは、農業の企業化による負の遺産となるでしょう。アメリカ人は環境保護規制で阻止しようとしても、短期的経済性を重視する風潮に結局流されてしまうでしょう。一方、最終的に大企業は、アメリカ国外で食料や繊維を生産する方が安いことに気付き、世界的「自由市場」経済の下、事業を国外へ移すことになるでしょう。
効率性を追求し、安全性を犠牲
アメリカ農業の現状を把握するのにデータ、事例、数字は多く必要ありません。常識から判断できます。効率を求め農業の工業化への道を歩んできた結果、農家はさらに減少し、農場運営はより大規模化し、現在では農業は大企業によって支配されています。その過程でアメリカは、農場の安全性と自国の食料自給の安全性を共に失ってしまいました。これは私たちが追求してきた目的と戦略の結果です。効率性を追求し、安全性を犠牲にしてしまったのです。理解するのは難しいことではなく、当然の結果と言えます。
食料自給のできない国家は自衛力のない国家と同じくらい安全ではない
しかし、食料の海外依存に対して懸念の必要はないと主張する経済学者は数多くいます。世界的経済発展の新時代において、アメリカが農業そのものを超えて進化するのは必然であり、食料は世界各地で安く生産され、もっと低価格で購入できるようになっている今日、アメリカ国内の土地と労働力に対してもっと高い使用価値をあたえるべきだと助言しています。しかしながら、もし危機がやって来た時に、食料自給のできない国家は、自衛力のない国家と同じくらい安全ではないのです。農業を完全に放棄することはないでしょうが、今日の石油のように、食料を安易に国外に依存するようになるかもしれません。石油のように、食料を輸入し続けることはできるでしょうが、どれだけ強大な軍事力が必要とされ、どれだけの多くの「小さな戦争」が起き、どれだけ多くの人が殺されることになるのでしょうか?
THE NEW FARM より
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投稿者:農婦
コメントありがとうございます。貴男様の論文は私にとって難しいですが、何回も読めば、理解できます。S/55年〜20年間主人は、製材所で働いてました。底辺層で暮らしてきた私達は、何が間違っていたか少しわかる気がします。心配なのは、使い捨て消費時代に生まれ育ってしまった私達の子供世帯の若者たちです。彼らこそ、被害者だと、思っています。でも(荒川選手の感性と精神に学んで、日本を背負ってください)宮城の誇りです。
投稿者:早雲
>農婦さま
いつも有り難うございます。
経済界や御用学者などは日本の農業だけが生産性が低く問題がある様な事を言いますが、決してそんなことはありません。今後各国の事情をUPしたいと思います。
戦後盛んに植林した「杉」についても、農業の事情と同じような理由で利用されなくなりました。残念なことですが、農業が地域を再興し、山も又復活する道は必ず有ります。世界中で同じ事が起こっている訳ですから、自分たちの地域を再生させることは大げさに言えば世界を救う事にも繋がります。
投稿者:農婦
すみません、いつも腑に落ちず思っていたのですが、戦後杉の植樹がどこもかしこにもなされたのではないでしょうか?ここ北上山系はほとんどが杉で広葉樹は少ないと思ってるのですが、行政側はどう考えている物か。後世の事を思えば、先人が残した杉を何とか利用できないものかと、本当にもったいないかぎりです。朽ち果てている杉が多いです。海のためにも広葉樹は大切だと聞きます。本当はみんなわかっていて、ただ目の前のことに
だけ取り付き、責任ヲ次の人に押し付けているのかと疑います。
投稿者:農婦
いやはや、悶々としていたことが、主婦の立場として心が晴れる思いです。昨年TVなどで、土建業会社が農業に参入する報道がされ、日本も企業化されるのかなと、案じてました。私の友人は、10ヘクタールの稲作と0.3ヘクタールの畑作で生計を立ててますが、それでもかなりきつそうです。夫婦2人で、こまめに働き農業人として生き残れる部類に入りますが、多くの方々は農業をあきらめているようにも見受けられます。
若者で、きずき始めている方もいますので、先人の、知恵と若者の融合に期待してます。いつもいつも。素晴らしいブログに感謝致してます。y