● 金本位制の景気変動
金本位制が萌芽形態ではなく本格的に確立したのは、イングランド銀行創設(1695年)後の英国(イングランド)である。
金本位制の萌芽は、「金融家の登場」で書いた為替システムである。
為替の基本は、ご存じのように、ある金融家にお金を渡し、その証拠として“紙切れ”(為替証書)を受け取り、遠隔地にいる別の金融家に対してその“紙切れ”を渡せばお金を受領できるというものである。
このような為替システムが順調に推移していけば、為替証書に金貨と同じ価値があると考えられるようになり、現在の商業手形と同じように実際の取引でもそのまま有効になっていく。
為替証書が記名式で他者に正当に渡す場合は裏書きするというかたちで通用していれば、万が一盗賊にあって為替証書を奪われても、支払い義務を持つ金融家は、「サインが違うから支払わない」と言って拒絶できる。
そうなれば、正当な保有者に裏書きのサインをしてもらわない限り、為替証書を強奪する利益は少なくなる。
(サインを巧くまねる特技を持っていればいいが、そうでなければ、ぶっ殺して強奪する手法は無意味になる)
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【経済学者のトンデモ理論】 デフレーション・インフレーションそして通貨 《その3》 投稿者 あっしら 日時 2002 年 2 月 22 日
多額の取引には為替を使うほうが安全で便利だと広く考えられるようになれば、金貨の額面に相当する為替証書を数多く作成してもらって持ち歩けば、軽く身にも付けられる紙切れで金貨を輸送したときと同じような商取引ができる。
現在の正当な所有者がサインによって限定されているということを除けば、為替証書はほぼ兌換紙幣と変わらない。
これは、安全で便利だと考える商人など以上に、金融家に大きなメリットを与える。
預けた人への返却のために手元に保有(預かり分も含む)しておかなければならない金貨の量を少なくできるからである。
為替証書が取引で幅広く通用するようになれば、貸し付けさえも、うまく説得して、為替証書を渡すだけで済ますことができる。
それが通用すれば、まさに“無から有が生じる”や“錬金術”であり、手持ち金貨の数十倍(控えめの例)の貸し付けが簡単にできてしまう。
もちろん、利子付きで返済してもらうときは、真性の金貨か金貨にきちんと変わる新しい為替証書に限定する。
借り手が返済できないときは、貸付金以上に価値がある担保物件(人)をせしめる。
(「陰謀論」でよく出てくる“錬金術”は、化学ではなく、このような経済理論(詐欺)のことである)
国際=共同体間取引など金融ネットワークが確立されていない場所での取引では金(貨)が必要になるが、それ以外では金(貨)をそれほど使わなくてもいいという経済社会状況が生まれる。
国際取引も、金融ネットワークに位置する人たちのあいだであれば、支払い手段として金を運ぶ必要はない。
このようなことから、海賊船(商船もコストを掛けた重武装であり海賊行為も行った)が横行していた19世紀までの国際取引は、主として金融ネットワークに位置する人たちが担った。
しかし、戦争や金融家の破綻もあるから、慎重な人は金にこだわったであろう。
(移動する遊牧の民が金を装身具として愛好するのも、少量でも確固たる価値を有していることを熟知しているからであり、幾多の動乱に翻弄されてきた中国人も、金にこだわる。愚か?にも政府までが金にこだわらない日本は、実に平和で安定した歴史を歩んできたのである)
金本位制は、国内取引ではこれまで説明した為替証書に代わり無記名式の紙幣を使う。
それは、発券銀行が、紙幣を保有している人がそれを渡せば額面と同じ金貨と交換するというものであり、それが現実として通用していけば、紙幣の額面と同じ金貨であると認識されるようになる。
この紙幣制度は、当初疑念を抱かれるとしても、プロパガンダと法的強制力で押し切られる。
そして、貨幣経済が浸透していけばいくほど紙幣が日常的に取引に使われるようになるから、わざわざ兌換を請求しに発券銀行に出向こうと考える人は減少していく。
(銀行へ定期預金の解約に出向くとああだこうだと言って渋るように、発券銀行も、「紙幣で何か不都合がありますか?」とか言って兌換を渋ったことだろう。発券機能を持たない商業銀行に対する貸し付けを通じて紙幣を流通させ、自らは支店を極力出さないことも重要なポイントである)
発券銀行は、ただでみんなに紙幣を配るわけではなく、当然のように貸し付けを通じて流通させる。
国家=統治者が通貨発行権を握っていれば、国家が物資を買ったり人を雇うことで貨幣が流通し始める。
しかし、銀行が通貨発行権を握れば、流通は貸し付けから始まることになる。
これでわかるように、中央銀行制度が確立した近代は、根っからの“高利貸し”経済システムなのである。
そして、これは、経済システムのなかの一経済主体として“智恵”を使って金儲けに励んできた金融家が、今や、その頂点に立って経済システム全体を統御できる力を得たことを意味する。
国家=統治者も、戦争など税収などでは賄えない事態が発生すると、“否応なし”に中央銀行から貸し付けを受けなければならなくなる。
中央銀行制度は、「利子の取得を禁ずる」宗教=価値観が国家=共同体の総意的なものであり続ければ実現できないものである。
この意味で、カルヴァンは実に偉大な貢献をしたと言える。(注1)
金本位制の最大のポイントは、中央銀行=有力金融家が市中にある金貨を吸い上げられることである。
イングランド銀行は中央銀行であるとともに商業銀行でもあり、イングランド銀行を所有している金融家ネットワークは、中央銀行ではない商業銀行も、看板は違っていても多く所有している。
商業銀行は、貸付業務を行うだけではなく、預金業務も行う。
中央銀行=兌換紙幣制度を成立させた金融家は、当初の預金は金貨だけに限っただろう。前述したように、本来の預金は今で言う「貸金庫」である。
そして、金貨を受け取りに来た顧客には、「こちらのほうが軽くて持ち運びにも便利ですよ」とかなんとか言って、極力、金貨相当分の紙幣で済ましたはずだ。
より“金の独占”を進めるために、「金貨を手元に置いているのは危険!画期的新サービスにより、安心の預金に利子まで付きます」といったキャンペーンを展開しただろう。
このような過程を通じて、英国は、紙幣がほとんどの取引を媒介する経済社会に変貌していく。
紙幣となった貨幣は借金でしか手に入らず、保有している金貨は、現実として不都合はないがなんとかウソっぽい説明で紙幣に変えられていくという社会の出現である。
このようにして、リアルな価値を持つ金(貨)は、中央銀行を所有する金融家の金庫にどんどん蓄蔵されていくのである。
でも、兌換紙幣なら金貨に変えることはできるんだから、詐欺ではないし問題もないと思われるかもしれない。
兌換請求者がどっと増えるのは、発券銀行が破綻しそうだと思われるときや経済状況が不況(恐慌)のときである。
最初に書いた発券銀行が破綻しそうな場合だが、英国では発券銀行がただ一つイングランド銀行しかないので、英国が破綻するか、多くの人が紙幣の虚偽性に気づき兌換を請求するという事態が起こらない限りあり得ないことである。
(保有金貨の数十倍、数百倍の兌換紙幣を発行しているから、それほど多くない紙幣が持ち込まれても破綻する)
20世紀初頭までのアメリカ合衆国のように数多くの発券銀行が存在していれば、そのような混乱がよく起きる可能性があり、実際にも取り付け騒動が頻発した。(注2)
経済状況が悪化したときに兌換請求が増大するのは、自分自身を含め、あらゆる経済主体に対して不信感が増大するからである。
手元にある兌換紙幣を見つめると、それは単なる紙切れでしかない。やっぱり、金貨に変えた方がいいのではないかと考えるのは自然である。
このようなときでも、“誠実な”金融家であれば、恐慌が起きようと不況であろうと、契約なんだからと考え、きちんと金貨と兌換するだろう。
しかし、初めからボロ儲けを企図して中央銀行を創設した金融家は、そんなバカな!、せっかく紙幣と引き換えに金貨を集めたのに、今さら金貨を返せるものかと考える。
英国でも、兌換請求の恐れが生じると実際に兌換は停止された。しかも、20年間以上もである。
イングランド銀行は、恐慌が発生した1797年から1821年まで「金兌換停止」を行った。
ニューカッスル銀行が破綻した数日後、革命の渦中にあった「フランス軍がウェールズに上陸した」というデマを流すことで、枢密院(8名)が兌換禁止を決定し、それが公布されたのである。
もちろん、イングランド銀行は兌換停止後も発券を続け、物価(金価格)上昇や外国為替相場の下落を引き起こした。
英国は、経済状況が好況期を迎え兌換請求の恐れがなくなった1821年に兌換を再開した。
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