まず、「敗戦責任」問題は、人格的責任ではなく論理的責任だと考えていますので、誰に罪があるとか誰かに責任をとらせるという意図で提起しているわけではありません。
(ただし、統治者が国策の誤りに責任を負うという問題は現在でも継続していることなので、人格的責任の除外を強調する気にはなれません)
書き込みのなかで対象としている昭和天皇は、あくまでも大日本帝国憲法に規定された統治権限の遂行者だった“彼”であって、深い意味合いをもった天皇とは無関係なのです。
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Re: 昭和天皇の責任の取り方投稿者 あっしら 日時 2003 年 10 月 27 日
ですから、天皇にかかわるそれ以上の意味的存在は論議の対象にはなじまないと思っていますし、宮中ならびに天皇という世界の責任論として「皇祖皇宗の御心に適う唯一の方法」がありやなしやもこの問題とは無関係だと考えています。
>昭和天皇の責任の取り方は、ご自身のいたらなさ(戦争に反対でありながら戦争を止められなかった)と日本国民と連合国の罪を「宮中神事(祝詞をのること)」によって清められていらっしゃったと推測します。
昭和天皇が、戦争を避けたいと願っていたことは確かですが、自身のいたらなさが戦争に反対でありながら戦争を止められなかったことだとは考えていなかったと思っています。
(輔弼者が戦争を決意したときには、天皇も、ここに至っては戦争もやむを得ない、やるからには勝たねばならないと考えたはずです)
もしもあの世で昭和天皇に会うようなことがあり、昭和天皇が(戦争に反対でありながら戦争を止められなかった)というようなことを言ったら、間違いなく罵倒しぶちのめします。
それこそ、「戦争責任」を一身に背負ってもらうしかありません。
戦争を遂行しながら殺戮に手を染める罪の穢れを敵味方の区別なく清めるということは理解できますが、自分のいたらなさが「戦争に反対でありながら戦争を止められなかった」というのであれば、統治大権を統べる立憲君主として恥知らずの言動です。
(戦争を避けるための知恵を出せなかったことを自身のいたらなさと考えていたのなら、話し合うことができます)
不必要な戦争はやらず、戦争はできるだけ避けるべきだというのは、天皇に限らず、まっとうな国家支配層なら軍幕僚を含み持っている共通認識です。
(まっとうな国家支配層が少なくなり、対中国政策でそれが希薄になっていたことは確かです)
天皇に責任をとってもらったり、天皇を糾弾するために「敗戦責任論」を提起しているわけではなく、戦前の日本はどういう国際状況に置かれていたのか、そして、それを政治的指導層はどのように受け止めていたのか、政治的指導層が国策として決定していったものは公民国家の利益に適うものだったのか、国策は良しとしても、それを実現するための諸政策は合理的なものだったのかなどを考えることに大きな意義があると思っています。
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せと さん:
あっしら様レスありがとうございます。やはり、わたしのレスはずれていたようですね。わたしは、深い意味合いをもった天皇のみしか頭に無かったので。
今回はいくつか気になったところを少しだけ書かせていただきます。
> 書き込みのなかで対象としている昭和天皇は、あくまでも大日本帝国憲法に規定された統治権限の遂行者だった“彼”であって、深い意味合いをもった天皇とは無関係なのです。ですから、天皇にかかわるそれ以上の意味的存在は論議の対象にはなじまないと思っていますし、宮中ならびに天皇という世界の責任論として「皇祖皇宗の御心に適う唯一の方法」がありやなしやもこの問題とは無関係だと考えています。
大日本帝国憲法に規定された存在としての天皇と、古代から続く天皇としての使命は矛盾しています。
これは現在の憲法でも続いています。それには私も悩んでいます。
(ちなみに、今上天皇は即位式でも現在の憲法を守って・・・・・・とおっしゃってますが、これは「戦争をしないため」であると思います。ですから、現在の憲法でわたしが間違ってると思うのは天皇のありかたであって、戦争をしない、という精神については反対ではありません)
大日本帝国憲法に規定された統治権限の天皇に責任を取っていただこうとする論理はおそらく、まっとうであろうと思います。
あっしら様はこのような問題を恐らく、今日的意味というか、これからの日本を考えて議論されていると思います。
ですが、明治に大日本帝国憲法で規定した天皇の在りようがそもそも間違いでして、故にそれに則って天皇の責任を追求されることも間違いであると思われます。
ですから、大日本帝国憲法で天皇の在り様を正しく記すことができなかった問題の追及から始めなければ、問題の解決へ向かわないと思うのです。
無論、例え、(神道の見地から)間違いでも一度発布したならば、そして、少なくとも明治天皇はそれを受け入れていたのだから、明治憲法は有効であったと、普通は判断されると思われます。
しかし、恐れ多いことながら天皇も無謬の存在ではあらせられません。(ですから、我々が微少ながら皇運を扶翼する余地があるのですが。また、実際、憲法に問題があっても、周囲の人々がしっかりされていれば、それほど問題はなかったのですが。)
私個人の結論として、大日本帝国憲法のなかの天皇の責任を追及しても、その統治権限の遂行者としての天皇そのものがフィクションというか、仮の存在としてしか感じられませんので、それを憲法の概念以前から続いている天皇に求めても、ちょっと現実感がつかめません。
ですから、
>戦前の日本はどういう国際状況に置かれていたのか、そして、それを政治的指導層はどのように受け止めていたのか、政治的指導層が国策として決定していったものは公民国家の利益に適うものだったのか、国策は良しとしても、それを実現するための諸政策は合理的なものだったのか
という重要な問題を考える場合、私は「戦前の政治的指導層が天皇を全然理解していなかった」故に「その政治的指導層が国策として決定していったものは公民国家の利益に適ないことが多かった」と考えます。不勉強なため、国策を実現するための諸政策が合理的かどうかは、わかりませんが・・・・・・。
故に天皇の責任を追及する前に、天皇の存在をとり間違えた(なかには悪意を持ってとり間違えた人々もいるでしょう)戦前の政治指導層の責任をまず問わなければならないと思います。戦後の政治指導層もですが。
憲法上の天皇への責任追及が「憲法上まったく正解である」という現実になってしまった責任を。
あと、
> 昭和天皇が、戦争を避けたいと願っていたことは確かですが、自身のいたらなさが戦争に反対でありながら戦争を止められなかったことだとは考えていなかったと思っています。(輔弼者が戦争を決意したときには、天皇も、ここに至っては戦争もやむを得ない、やるからには勝たねばならないと考えたはずです)
私の間違いです。すみません。
自身のいたらなさが戦争に反対でありながら戦争を止められなかったというのは、確かにちょっと言いすぎでした。
昭和天皇は日本の戦勝のみを祈願されました。しかし、戦後になりそれは和の神でもある天照大神の御心に適うものではなかったのではないか、とくやまれたようです。
> (戦争を避けるための知恵を出せなかったことを自身のいたらなさと考えていたのなら、話し合うことができます)
最終的には天皇の位についている限り総理大臣からの上申書を拒む法的権利がない、ということと、当時の天皇制で、書類の決裁を拒むと政治が難しいことになる、とお考えになったからのようです。
これをもって、当時の昭和天皇個人の意志で戦争をしないための決断されることは可能だったというならば、そのとおりかもしれません。しかし、それはあまりに無理な間違った注文であると思います。
なぜなら、昭和天皇がそう決断されることが困難である状況を当時の政治指導層が作り出していたからです。
(それと、これはちょっとしたアドバイスですが、たとえ表現上の効果を狙ったものでもあまり天皇に不敬な表現はしないほうがいいですよ。理由はいいませんが・・・・・・)
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せとさん、不敬表現に関するご助言ありがとうございます。
(他の方がそのような発言をしても無視ですから、不敬ではなく敬意の発露だと思っています。揶揄などではなく、心底からそう思っています)
天皇の“拒否権”など思うところもありますが既に書いていることであり、「憲法上の天皇への責任追及が「憲法上まったく正解である」という現実になってしまった責任を。」というご提示に賛意を表すことでレスに代えさせていただきます。
※北一輝も、神聖にして不可侵という観念と誤りを犯す可能性がある政治的元首性をないまぜにしている愚を非難し、天皇の大権行使でそれを解消することを強く主張しています。それをもって最後の大権行使にしたかったのだろうと忖度しています。
(ただし、北の天皇に関する歴史認識は戦後教科書的な歴史観に近いものです)
7/3/29

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