インドは補助金を使用しない農産物輸出国で構成するケアンズ・グループに属していないからといって、WTO農業交渉に臨んでは決して防衛的な姿勢だけに立っているわけではない。
近年のインドの農業事情を全中の記事から紹介する。
1.農産物輸出国となったインド
1)1960年代の大規模食料危機
インドの農業や食料事情というと、昭和40年代に中高校生だった世代を含めてそれから上の世代のの日本人にとっては、飢えと貧困のイメージが焼きついている。事実、1960年代の半ば、64年に5,900万トンあった米の生産(籾)が65年、66年と2年続きで4,500万トン台に落ち込み、小麦も64年、66年と不作で、米は100万トン前後の、小麦は700万トンという大量の輸入を余儀なくされた。飢えの状況とあわせ、外貨の制約から輸入しきれない不足分についての食料援助の訴えが暫く新聞紙上をにぎわせて、大規模食料不足というものがどういうことであるのかを、日本の国民が久々に目の当たりにしたからである。
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2)「緑の革命」と食料自給の達成
60年代後半の大規模食料危機と前後して、「緑の革命」が始まった。知られているとおり、北のパンジャブ地方に導入された高収量品種の小麦が70年代には全国普及し、革命は80年代には小麦以外の作物にも広まった。その過程で、インドは食料自給を達成し、国民一人当たりの熱量摂取量も2,300キロカロリーに達した。しかし、インドというと慢性的食料不足国というイメージの強い多くの日本人にとって、このことは余り認識されていないかもしれない。
3)穀物過剰から輸出へ
自給達成後も、インドの食用穀物の生産の増勢は衰えず、90年代後半には米で1億2千万トン(日本の10倍、人口も10倍)、小麦で6,500万トンの水準に達している。そして、一般の日本人の多くにとって信じがたいことでさえあるかもしれないが、90年代半ば以降のインドは、米の常連の大手輸出国へと変貌しているのである。2001年以降は小麦についても同様の動きになっている。
インドが穀物の純輸出国へと転換した背景は以下のようである。人口増加率が1.6%にまで低下してきて、国内需要の増加テンポを鈍らせ始めた。90年代に入って政府買い付け価格が毎年2桁で引き上げられ増産が刺激された。(過剰が顕現した95年以降でも、1995−96の360ルピーから2001-02年に530ルピーにまで上がった)。その反面、80年代には増産を背景に下降傾向を保った公的配給制度下での配給価格も上がり、配給の売れ行きが鈍った(99年の小売価格は90年比、米で14%、小麦で9%上昇)。その結果、政府在庫が膨張(95年には、米・小麦あわせて3,600万トン=適正在庫を60%超過)し、在庫負担に堪えかねて大量輸出に活路を求めるようになった。 したがって、インドは補助金を使用しない農産物輸出国で構成するケアンズ・グループに属していないからといって、WTO農業交渉に臨んでは決して防衛的な姿勢だけに立っているわけではない。そのことに注目しておくことも必要である。このことは以下からも窺える。「インド政府は、・・先進国に対して、ドーハ閣僚会議での開発途上国への特別かつ異なる待遇提供の約束を履行するよう追及している。この実施問題は、先進国が自らの農業補助・支持の削減を通じて、インドなど途上国の農産物に対し一層の市場アクセスを提供することを含んでいる。(インド協同組合中央会)」
2.残る食料安全保障の課題
大手・常連の穀物輸出国になったインドである。それでは、国民への食料供給に問題はないのか?今次WTO交渉開始の頃、EUが自地域のことについて言ったように、いわゆる食料安全保障の課題は、インドも解決済みということなのであろうか?
食料安保(food security)というとき、これを、@食料の供給量(food availability)が十分かという要素と、A食料を経済的に手に入れられるか(food access)というもう一つの要素に分けて検討することができる。
インドの場合、第一要素については、確かに過剰で輸出するほどの国内生産・供給量が確保されるようになってはいる。しかし、2002年の米の生産は1億トン台を割り込むことこそなかったものの、前年比23%減(=3,200万トン減、籾ベース)となり、2003年には小麦生産が前年比10%減(=760万トン減)というように、生産の年次変動から脱却できたわけではなく、ブレの割合も絶対量も大きな数値を伴うことから、いまや10億を超えた大人口を扶養していくうえでの不安からじゆうになりきれないようである。当然の判断というべきであり、これがインド自給政策の基盤をなしている。
食料アクセス、すなわち人々が食料を経済的に手に入れられるかの課題は、飽食・過食の国民となった日本人にとっては実感しにくい問題であろう。しかし、インドを含む多くの途上国においては、これも食料安保の大きな要素となっている現実がある。
インドにおいては、この課題に応えるため公的配給制度が仕組まれていて、これが低所得層の生活を守るセイフティ・ネットになっている。公的配給制度は灯油、調理用燃料(石炭)、衣料、砂糖などにも関与しているが、食料面では食料公社が制度の実施を担っている。
農村人口の多いこともあってのことであろうが、インドでは米・小麦の生産量の60−70%が種子・飼料用も含めて農家で自家消費され、残りが流通する。流通する米の30−50%、小麦の50−60%は民間流通。残り、すなわち全国消費量の15%ほどが、公的配給制度下の食料後者で扱われている。州・規模の違いでその割合は異なるが、農家は米・小麦の収穫量の一定割合を食料公社に売るように求められていて、公社は公開市場での農家販売価格より安値でそれらを調達する(安値といっても、これが事実上の最低公定価格となる意味で、支持価格である)。公社が調達した穀物は不足州の政府が買い取り、公的配給制度にのせられて公正価格店などを通じ、一般価格よりは補助された安値で貧困所得層に小売される。ここで貧困所得層とは貧困ライン以下の層(世銀統計によれば2003年には全人口の29%、約3億人)のことであるが、実際には制度運用に厳密さを欠いて、貧困ライン以上層に流れる廉価食料も相当量にのぼるとも言われている。
ところで、さる米国の研究によると、2000年の貧困所得層2億9千万人に、インド医療研究会の推奨する一日当たり所要穀物量の半分だけでも供給するためには、公共配給制度から1,900万トンを配給しなければならなかったが、実際には、1,170万トンに留まっていた。数値の当否は、ともかくとして、途上国におけるfood accessという食料安保第二要素の課題の大きさを窺える話ではある。
結び
食料安保の第二要素の課題は、食料の絶対量不足の問題というよりは、国内経済の中での所得分配上の問題という側面があって、わが国がWTO交渉で食料安保を訴える際の中身とは些か趣を異にする。そうではあるが、第二要素が第一要素への不安を増幅して食料安保の必要性をより強く感じさせている側面もあることであろう。そもそも、億単位の人口を抱える国に、食料安保・食料自給は二の次にすべしとばかりの論理は無茶というものである。WTO農業交渉がそんな方向に「向かう危険があるとするなら、アジアの人口大国である日本とインドは連携して頑張っていく意義が大きい。

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