● 大陸政策について
戦前の日本は英国流の対外政策を範としながら国策を進め、戦後の日本は米国の世界戦略に乗っかりながら国策を進めてきたと大枠的に捉えています。
戦前の日本は、アジアで唯一の「近代国家」となる一方で、英仏などがドイツやロシアなどとの対抗関係のためにアジアに力を注げなくなるという状況のなかで大陸での権益を拡大していきました。
1902年の日英同盟は、手薄になったアジアでの利権確保と極東ロシアの南下牽制を日本の手を借りて実現するという英国の思惑から締結されたものです。
1900年の北清事変(義和団の乱)を鎮圧した列強国で最大の部隊を派遣したのは日本です。
そして、現実的な問題であったことは確かでしたが、英国が展開したロシア脅威論が日本の軍部・政界・思想界に深く浸透し、その後の国策を強く規定するようになります。
(英国とロシアの対抗関係は、中東・中央アジアから東アジアまで1万キロを超える範囲で存在していました)
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なぜ「敗戦責任」にこだわるのか投稿者 あっしら 日時 2003 年 10 月 25 日
英国自身が最大の脅威と考えていたのはドイツです。それは、直接的な脅威だという共通認識(国策)にまでは至っていなかった18世紀後半のジョージ三世治下から「ドイツ問題」(当時のドイツはフリードリッヒ大王時代)として重要な政策課題になっています。
英国は、拡張した大英帝国の利権を、アフリカ・中東・東南アジアではフランスとの協調路線で、アジアでは日本を維持ないし他国牽制手段として使うことで維持しようとしたわけです。
(英国とオランダは、特殊な関係でもあり17世紀から棲み分けしながら権益拡大を続けていました)
日本は、日英同盟を基礎に、朝鮮及び南満州の権益で衝突していたロシアと戦端を開き、戦闘で勝利します。
(バルチック艦隊は、大型艦船はアフリカ南端を回り日本海まで遠征してきましたが、ほとんどの領域が英国支配であったため、補修・補給・休養もままならないまま日本近海にたどり着き、あの日本海海戦では、大きく喫水線を下げ運動能力も劣化させるほど石炭を満載したまま戦っています)
ご存知のように、日露戦争の結果、朝鮮に対する“保護権”・南満州鉄道利権・南樺太を手に入れ、不平等条約是正も実現しましたが、三国干渉を受けて遼東半島など中国での領土的利権は放棄することになります。
(メディアや言論界が煽ったとはいえ、10万将兵の血で勝ち取った戦果の少なさに国民は大きな怒りをぶつけています)
保護国化していた韓国を併合(半植民地化)し、続いて第一次世界大戦(欧州戦争)で戦勝国となった日本は、いわゆる列強の地位を獲得することになりました。
(韓国は、保護国化した状態で富国強兵を手助けし、その完了をもって対露牽制のための独立同盟国として遇するほうがよかったと考えています)
この時点から、明治維新を通じて「近代」を選び取った日本は、昭和20年の敗戦に向けひたすら進み続けたと考えています。
対華21か条要求を打ち出して中国中心部での権益拡大を公然と叫び、中国人の反感を駆り立てるとともに、英米に対して「日本問題」を大きく喚起させることになります。
それが、ワシントン軍縮会議(軍艦建造規制や9カ国条約)・日英同盟破棄につながっていき、米国の仮想敵国第一位は日本になります。
日露戦争そして第一次世界大戦までの日本は、英米の“お仲間”になる(認められる)ことに心し、戦争捕虜の扱いや対外権益の扱いも極めて遵法的で慎重なものでした。
しかし、第一次世界大戦後は、英米と並ぶ列強の位置に立ったと慢心し、英米との摩擦を覚悟しながら対外権益の拡大をめざすともに、他のアジア諸国とりわけ中国に対して優等国という態度を露骨に示すようになります。
英国が中国に対して行ったことを日本が行うことに躊躇や恥じらいをなくしてしまった人たちが増大したのです。
米国が日本人の移民排斥を決定したため、「近代」化の宿命とも言える過剰人口の主要な捌け口を失うことになります。
(米国の日本を標的にした移民排斥は対米開戦の芽になったと考えています)
これが、人口過疎で資源豊富な満州を領有ないし保護国化するという満州事変の構想につながっていきます。
(満州事変の直前までは、金食い虫で利益が上がらない南満州利権を放棄すべきという声が大きかったくらいです)
朝鮮や中国で経済権益を獲得したとはいえ、日本は農林水産業と軽工業を中心とした発展途上国であり、朝鮮や中国とは水平分業ができる経済段階ではなく、もろにぶつかり合う競争関係にありました。
(対米開戦時でも鉄鋼生産高は400万トンしかありませんでした)
もちろん、中国や朝鮮とは生産性で勝っていましたが、彼らとて生活を賭けて経済活動をし、貨幣的富も少ないわけですから、自国で生産できるものを日本から輸入するというわけにはいきません。
このため、支配地域を通じた密輸(阿片やヘロインを含む)が横行します。
満州領有を企図したグループの一人である石原莞爾の構想は、日満一体となった重化学工業化の達成で、日本−中国の水平分業すなわち共栄圏をつくりだすというものです。
これが実現できない限り、アジアの共栄と同盟は達成できないと考えていたわけです。
しかし、日本の支配層の多くは、そのような構想を軍備強化のためには必要だとは考えても、アジアの共栄というより、とにかく市場と資源の略奪的拡大をめざすという政策に流れていきます。
(政府が打ち出した大東亜共栄圏というスローガンは、対米英戦争が不可避と意識されるなかで、その正当化理由として持ち出されたものです)
※ 「敗戦責任」問題を考えるに当たって共通の理解が必要だと思われるので、戦前の国策をごく簡単にまとめてみました。
意図は推測していますが、合理性や善悪の判断はあまり含めていないつもりです。
7/4/12
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