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対米戦は海軍が主体となる戦争ですから、陸軍は、米国の要求に従うかたちで中国から撤兵するわけにはいかないが対米戦についてどうこう言う立場にはない、海軍が戦うというのなら我々もやるという身構えです。
陸軍上層部に協力者がいたとしても、“不作為”の範囲でしか動けません。
(統帥権の独立を基礎に、さらに陸軍参謀本部と海軍軍令部までがそれぞれ“独立”していました。経済制裁の引き金になった南部仏印進駐も海軍の要求に従ったものです)
日本に戦争を仕掛けさせることで米国世論を大転換させ、対日戦に乗り出すとともにナチス・ドイツとの合作で欧州戦争に参戦するというシナリオは、海軍上層部(作為協力)と政治的支配層一部(不作為協力)に協力者がいれば実現できたと思っています。
(ナチスドイツは、日本が米国に攻撃を仕掛けた戦争なので条約上の義務がないにも関わらず、米国の対日宣戦布告を受けて対米宣戦布告を行っています)
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太平洋戦争は、大陸で戦線を拡大していた日本の政治状況に照らせば、ハイレベルの合作がなくとも、海軍の米内光政+山本五十六(米内がいなければ山本の地位はなかった。御前会議で真珠湾攻撃を代弁主張した永野修身軍令部総長は無能なだけの可能性も)と駐米外交官だけでも、あのような推移になった可能性が高いと思われます。
(参照書き込み:『【
外務省の本性】 “日米開戦”という国難において『自国破壊行為』を行った2名の在米キャリア外交官はどう処分されたか』)
軍事的側面に絞れば、「真珠湾奇襲攻撃」で米国から差し出された戦勲で連合艦隊司令長官山本五十六の権威が高まったことで、自滅に向けた作戦を怪しまれずに遂行できるようになりました。
「真珠湾奇襲攻撃」の成功は、米国の参戦を可能にしただけではなく、日本海軍の戦力を日本海軍高官が意図的に削げる条件さえも用意したのです。(日本国民を戦勝気分にさせることで、図に乗った作戦を展開させたり、壊滅的状況に至るまでずるずると継戦させる効果もありました)
「真珠湾奇襲攻撃」が巡洋艦や駆逐艦が数隻程度の戦果で、航空部隊や艦船に大きな損害が出ていれば、発案者であり連合艦隊司令長官である山本五十六の責任が問われ、無謀で無意味なミッドウェー海戦や南太平洋への進出もなかったはずです。
真珠湾で戦艦4隻をはじめとしたそれなりに華々しい戦果を上げさせることは、合作の順調な進行にとって必要不可欠な“作戦”だったのです。(日本の動きが秘匿されることで一方的な攻撃にさらされた米軍兵士は、9・11と同じように生け贄として捧げられたのです。犠牲者の数も2800名ほどと近似しています)
山本五十六は、わずか半年後にミッドウェー海戦を強行することで合作シナリオを進行させることで、真珠湾の戦果を帳消しにするだけではなく、はるかに上回る戦果を米国に献上しています。
(ミッドウェー海戦も、真珠湾攻撃と同じように軍令部は反対しましたが、真珠湾攻撃の武勲で威光輝く山本五十六の強引な主張に押し切られました。山本が軍令部の反対を押し切って敢行した「真珠湾攻撃」と「ミッドウェー海戦」が日本帝国の命運を決定づけました。残る3年間の対米戦は、犠牲者と疲弊を重ね、米国支配層の膝下に屈する精神を準備するためだけに遂行されたとも言えます)
日独伊三国同盟の推進者のなかに協力者がいたかどうかや、昭和20年8月まで戦争が延びた、もしくは、昭和20年8月で降伏した要因に「合作」があったかどうかは検討課題だと思っています。
(「合作」などなくても、成り行きでそうなったと考えても不自然ではないとは思っていますが...)
南雲中将は山本の便利な部下だったと思っています
>なぜヒトラーはゴールドの英米への輸送を許可したのか?
なぜヒトラーはオーストリアやチェコで我慢しなかったのか?
なぜ英国−ソビエトの二正面作戦をとる必要があったのか?
ヒトラーは、「あいつから指令を受けて」ポーランド侵攻を始めました。
私はオカルトではないと考えています。
まず、『
第二次世界大戦は「米英支配層とナチスドイツの合作」』で書いたように、ドイツと英米はサミット合作で戦争を行なったと考えています。
ゴールドの英米への輸送は、日本も開戦直前まで現物輸送しています。
ドイツにとって、オーストリアやチェコそしてポーランド、アルザスロレーヌの領有(一体化)は、日本の満州領有とちがって、民族主義的価値観以外にメリットがそれほどありません。
経済的権益を考えるのなら、植民地解放(門戸開放)という「世界秩序」の再編こそ目的としなければならないのに、そのような動きはほとんどみられません。
ドイツ主体の「世界秩序」再編を成し遂げれば、民族主義的価値観の実現は付随的に達成できるはずです。
(民族主義的価値観で煽ったがゆえにドイツは戦争に熱狂したとは言えます)
日本が、リットン調査団報告で満州国があいまいなかたちながら認められていながら、最盛期の英国さえ手を突っ込まなかった中国との全面戦争に入り込んだのは、ナチス以上の愚策です。
既に中国との戦争が泥沼化していたのに米英蘭とのニ正面作戦(対ソ戦まで考慮しなければならない状況)に入った日本も、同じ愚を犯しています。
>なんで海軍=反戦みたいなイメージがまかり通っているのか理解できません。
海軍は好戦的かつ不合理極まりない。
おそらく米国占領軍の意向を受けてのことなんでしょうね。
それと、敗戦時に昭和天皇の立場を死守しようと考えた人々が、陸軍に主として汚名を押しつけ、昭和天皇を捺印機であったと主張したことが原因かな。
それに、天皇制を死守したかった陸軍高官と東条が協力して乗っかったというストーリーが見えてきます。
>戦後、児玉が巣鴨プリズンで東条に対して「汚名をひっかぶって天皇をお守りするように」と説得したんだそうです。児玉は海軍の犬でした。そのためにわざわざ巣鴨プリズンに入ったんだという噂です。
極東軍事裁判は、「平和に対する罪」と称して戦争を起こした人たちを裁きましたが、作戦・用兵の国家機構である軍令(統帥)部門ではなく、軍政部門の人たちを血祭りにあげるという頓珍漢なことをしています。
これは、統帥権が天皇直轄であることに基づく政治的配慮だと思っています。
内閣やそれに含まれる軍政部門であれば、立憲君主制(捺印機)を楯に天皇に罪を及ぼさずに済みますが、軍令部門の責任を問えば、ストレートに天皇の責任につながります。
東条は、罪を被るつもりでしたが、天皇の意に反することはしていないという態度を最後まで貫いています。(天皇尊重主義者である東条は、天皇の意に反して国政を動かしたということは認められなかったと思います)
>真珠湾には老朽艦船しか係留されていませんでした。
新鋭艦船は真珠湾から外洋に出航しており、確か南雲中将がその追撃を山本に具申したが、山本が却下したと聞いています。米軍の被害が戦略的に致命傷とならない程度にとどめた疑いを持っています。
南雲中将は、航空攻撃部隊や参謀の追加攻撃要請を退け帰還を命令しました。
真珠湾攻撃を指揮した機動部隊司令長官南雲は、“慎重派”で山本連合艦隊司令長官の指示を忠実に守る軍人だったと見ています。(山本と南雲は砲術が専門の仲間ですが、合作仲間ではなく、都合のいい部下として据えたと思っています)
はるか敵地に乗り込んでの攻撃ですから、早期帰還という判断自体は間違っているとは思っていませんが、第一波、第ニ波の攻撃でドッグや石油備蓄基地などの軍事設備を目標に加えなかったのは山本の謀略かもしれません。
(攻撃部隊は軍艦を撃沈したいものですから、攻撃優先順位を明確にしなければなりません。外洋に出ていた米空母などを追うのは無謀な作戦ですが、先乗りしていた潜水艦部隊が出港を認知しながらそれらを追跡していなかったとしたら指示に疑問が残ります)
>昔戦史を読んだとき、一貫して、海軍軍令部が山本の作戦に反対し続けたことに興味を感じていました。それに比べて山本の馬鹿なこと。
しかし、マスコミは一貫して山本を支持し、称賛し続けましたね。国民も山本を称賛し、最後まで頼りにしていたようです。
何でだろう?
現在でも「山本五十六神話」はけっこう根強く生きています。
戦時中から現在に至る「山本五十六神話」は、偏に真珠湾奇襲攻撃の戦果に負うものです。
米国には勝てないと思っていた人も少なくなった戦争の緒戦で大きな戦果を上げたのですから、「山本五十六神話」が広まるのも致し方ないでしょう。
「山本五十六神話」の誕生も、日米ローレベル合作による真珠湾攻撃の目的のなかに含まれているはずです。
(ミッドウェー海戦の大敗北は“大本営発表”で覆い隠されていますから、「山本五十六神話」は打ち消されることなく続きました)
>いいにくいことですが、大日本帝国国民に「死相」を感じたのは、まさにこの点なんです。
今の日本国民にも似たような「死相」が見えます。馬鹿を称賛するマスコミと民衆−そこに死相が見える。
「敗戦責任」を問わないまま現在に至った日本に「死相」が漂っているのは不思議ではないと思っています。
300万人以上が犠牲になり、ほとんどの国民が塗炭の苦しみを味わい、6年間も占領支配を受けた歴史的最重要問題を、「一億総懺悔」と「極東軍事裁判」で済ましている国家国民に希望があるとは思えません。
(バブルの形成・崩壊の責任が問われず自然災害のように扱われているのも、「敗戦責任」が問われなかったことに遠因があると思っています)
いわゆる「戦争責任」も、「敗戦責任」を問うなかで初めて明瞭になると考えています。
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