「安全保障論で対外拡張を続ければ、世界を制覇するしか安全保障を実現することはできない 上」
天皇と近代日本
>>安全保障と対外経済権益が一体であったということを否定しませんが、経済権益の拡大を主眼に大陸政策を推し進めたことは間違いありません。
> これは私も少し言葉が足りませんでした。朝鮮併合は安全保障確立の要素が強く、満州建国は経済権益と安全保障が五分五分くらいかと思っています。
経済権益という側面をすべて捨象して、安全保障論で戦前日本の行動を見ることにしましょう。
清やロシアの対朝鮮政策が日本の安全保障を脅かすからそれに対抗するという論(目的)で日清戦争・日露戦争が行われたとします。
これに対しては、朝鮮の問題は朝鮮自身が決めることであり、その意思を無視したかたちで朝鮮問題をダシに戦争を行うのはおかしいという反論がまず考えられます。
そして、日露戦争に勝利したからといって、朝鮮を保護国化し、ついには併合してしまうのは暴挙だという声が聞こえます。
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書記長流「安全保障論」による対外拡張は「世界制覇」まで終わらない 投稿者 あっしら 日時 2002 年 10 月 23 日
これまでの書記長の言説に照らせば、それらの反論は、当時の国際情勢を知らないものたちの戯言だということになるのでしょう。
しかし、対外拡張政策が当時の常識であっても、「安全保障論」から言えば、次のような反論は可能です。
[前提]
● 日本の国力及び産業力は、西欧諸国及び米国にはるかに劣り、ロシアと五分五分程度であった。
● 安全保障論を大義名分に対外拡張政策を続ければ、必ずや権益を確保している西欧諸国と衝突することになる。
[考察]
安全保障論で対外拡張を続ければ、世界を制覇するしか安全保障を実現することはできないのです。
これは、戦前の日本が如実に示していることでもあります。
自国の安全保障のために朝鮮半島を支配権に確立した
↓
朝鮮半島まで拡大した日本の安全保障のためには満州の支配が必要である
↓
満州に支配権を確立したら、満州の安全を確保するために、モンゴルや中国に防壁を築かなければならない
↓
そのために、北支(中国北部)に支配権を確立する必要がある
↓
中国が北資を奪い返そうと中支(中国中央部)から攻撃を仕掛けてくるから、中支(中国中央部)も制圧しなければならない
↓
外モンゴルはソ連の軍事力に阻まれて進出できませんでしたが(ノモンハン事件)、安全保障論を楯に対外拡張を行えば、その周辺地域に軍事的支配権を広げて行かざるを得ず、広げたら、軍事的支配権を確立しなければならない地域がさらに広がるという際限のない軍事活動を要請することになります。
朝鮮がある意味で緩衝地帯になっていたにも関わらず、それを併合すれば、ロシアや中国との“距離”が縮まることになります。
朝鮮の安全を保障するために満州に意のままに動く国家を成立させれば、それこそ、ロシアや中国とは地続きになります。
日本列島を基盤とする海洋国家である日本が、朝鮮・満州と領域を拡大することによって、国力とのバランスを大きく崩す厖大な陸軍力(空軍力)を保持しなければならない状況に陥るのです。
無人の荒野を四方から奪い合いを始める対外拡張ではなく、既に人々が住んでいる国土を奪い合う対外拡張は、競争相手に対してだけではなく、手に入れた地域も軍事的支配を維持しなければなりません。
「大東亜戦争」の前に欧州大戦は始まり、ドイツが破竹の勢いで欧州大陸を席巻し、東方ソ連にも深く入り込んだなかで、このままだとドイツにすべてを奪われると、対ソ戦を念頭に置いた「関東軍特種大演習」を計画しました。
日本統治者の頭には、ドイツがこのまま支配地域を広げることを黙って見ていれば、自分の取り分が減ってしまうという考えがありました。
「大東亜戦争」という世界再分割戦争で日本統治者が考えたのは、ソ連地域についてはドイツが欧州部・日本がシベリア、東南アジアまでは手中に収めていたので、ドイツが中東までを日本が南アジアまでを支配するという構想です。
米英という敵がなお活動的でありながら、そのような夢想をしていたのです。
「安全保障論」で対外拡張を続ければ、経済権益は無関係であっても、そのような夢想を志向せざるを得ないのです。
>実際あの頃のロシアがアジア諸国やヨーロッパ諸国にとって危険な侵略大国だったことは単なる事実です。北欧諸国はいつ侵略されるか怖がっていましたし、東欧諸国も同様でした。トルコは実際に大きな戦争を2・3度ロシアとしたはずです。日露戦争の直接の原因はロシアが朝鮮に入ろうとしたからです。朝鮮側にもロシアを自国に引き入れようとする勢力がありました。イギリスにぶつけられたというのはおかしな表現だと思います。
前回も書きましたが、南北アメリカ・アジア・アフリカ・中東のほとんどを侵略したのは、英国を筆頭とする西欧諸国です。
ロシアもその流れのなかで侵略を拡大したことは事実ですが、「危険な侵略大国」は、英国でありフランスでありオランダなのです。
トルコも、クリミア戦争や露土戦争でロシアと戦いましたが、英国に唆されて(後ろ盾になるという意味)戦いに踏み込んだという経緯があります。
トルコは、それを“反省”するかたちで第一次世界大戦という大災厄に加わり、オスマン帝国を崩壊させることになりました。
それによって、英国・フランスは、中東地域を分割支配できるようになったのです。
民主主義を含めて欧米的価値観や論理を批判している書記長であれば、近代史を欧米のフィルターを通してみるのではなく、様々な視点から捉え直す必要があると思います。
日本だけではなく、ロシアやトルコも、英国を中心とする西欧諸国に都合よく弄ばれたのです。
そして、日本を含めたそれぞれの国が、なんとか国家的に存続しようともがいてきた歴史でもあります。
7/4/19

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