「世界経済支配層が貨幣的富にこだわるのはそれが世界を支配する力だと“信仰”しているから」
世界は「大宗教戦争」のまっただ中にある
[管理人さま]
>経済支配層?は生産力が破壊される中でネット上の情報としての貨幣を貯めこんだり無意味な浪費をしたりして、そんなに退屈せずうれしいものかね。使い切れないほどの金を持ったことが無い貧乏人なら嵌るのもわかるし、死ぬまでの暇つぶしのゲームの一つとしては使えるのかもしれないが、なんだかじきに虚しくなりそうなものだが。
経済支配層は、贅沢や快楽のために蓄財(貨幣的富の拡大)に励んでいるわけではないと考えています。
また、守銭奴のように蓄財を自己目的化しているわけでもないようです。
贅沢や快楽のために蓄財や収奪に励むのは、成金趣味や王侯貴族という“低レベル”の強欲者たちです。
経済支配層は、傍から見ると守銭奴に見えるかもしれませんが、経済支配層があそこまで貨幣的富の拡大にこだわるのは、それが世界を支配する究極の力だと信じているからです。
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世界経済支配層が貨幣的富にこだわるのはそれが世界を支配する力だと“信仰”しているから投稿者 あっしら 日時 2003 年 3 月 20 日
経済支配層は、神への信仰を口にしているとしても、無神論もしくは理神論の世界観に近いものをもっていると推察しています。
無神論や理神論は、「近代人」にとってはスムーズに理解できる世界観です。
世界(宇宙)は、神によって創造されたものではなく、宇宙真理もしくは宇宙法則の現象形態だと考えるものです。
この立場であれば、宇宙真理もしくは宇宙法則をより深く広く知っている者たちが優れた存在ということになります。(グノーシス派的知性崇拝主義に近いものですし、近代フリーメーソンの考えにも近いものです)
これを敷衍すれば、我々は神に支配される、もしくは、神に隷属する者ではなく、宇宙真理もしくは宇宙法則を掴み切ることで神になれるのだと考えるようにもなります。
そして、宇宙真理もしくは宇宙法則を知らない愚か者は、自分たちが理想とする世界を築き維持するための“道具”や“手段”でしかないように見えるようになります。
そういう愚か者に嘘をつくことや騙すことは罪ではないと確信しています。
より言えば、騙されるというのは、宇宙真理もしくは宇宙法則を知らない愚か者の証ということでもありますから、騙したあともただ侮蔑の気持ちを向けるだけです。
元々国際交易や国際金融を営んできた世界経済支配層は、貨幣が持つ力を熟知しています。とりわけ金融ノウハウを通じて貨幣を増殖させる術を身に付け、自分たちが持つノウハウが通用する領域を広げることでその領域を支配できることを認識してきました。
彼らが歴史的に行なってきた謀略・虐殺・収奪は、彼らが持つ価値観に基づき世界を支配するためのやむを得ない過程であり手段だと考えているはずです。
歴史的現在は、経済支配層が世界支配の完成に向けた最後の決戦を挑んでいるとも表現できます。
※ 参照書き込み
“異様な”「悪魔崇拝」という言葉を使うわけ
[マルハナバチさん]
>自己の死に対する恐怖と、貨幣的富の中への永世なるもの(永遠)の投影が対で刷り込まれていれば、貨幣的富の獲得自体が自己目的化して飽くことが無いのではないでしょうか。
ご指摘の内容は、守銭奴にふさわしいものだと思います。
「悪魔崇拝者」はあるレベル以上で死の恐怖を乗り越えています。
「悪魔崇拝者」は、生は有限のものであり、死はその期限が到来し“無”になることだと思っています。
「悪魔崇拝」のためであれば自己を犠牲に差し出せるという人でなければ、「悪魔崇拝者」とは言えません。
「悪魔崇拝者」の組織は厳格な階層構造で、上位に対する絶対的な忠誠が求められます。
そうでなければ、2000年を超える持続的な「世界獲得運動」を維持することはできません。
とりわけ、その運動が世界化した「近代」は、強固で階層的な組織力が不可欠です。
「悪魔崇拝者」の組織がどのようなものであるかは、革命を志向していた時代の共産党やカルト宗教をイメージすると近いと考えています,
世界支配層が単なる強欲者や守銭奴だと主張したことはありません投稿者 あっしら 日時 2003 年 4 月 23 日
>私は、あっしらさん達が主張するように、経済支配層の世界帝国の完成目指すとか、単純に金儲けのためにイラク戦争を起こしたなどと、単純に考えたくない。経済支配層は充分すぎるほど金儲けをして、これ以上欲しがるとは思えないし、無限に欲しがる貪欲な獣とも思えないのです。
王侯貴族や守銭奴ではないからこそ、世界経済支配層は、地球規模の支配を手に入れたと思っています。
彼らが単なる悪党や強欲者であれば、ことさら恐れる必要はありません。
そして、彼らを「極悪人」と呼ぶのではなく、「悪魔崇拝者」(=知性崇拝者)と呼ぶのも、侮蔑を込めながらもある種の畏敬の念も抱き、その強大さを認識しているからです。
(悪党は悪をなしていることを自覚しているので救いがありますが、「悪魔崇拝者」は。多くの人が悪とみなすことを善だと信じているので始末に困るのです)
約めて言えば、「悪魔崇拝者」(=知性崇拝者)は、神と並び立とうとしているか神を超えようとしている人たちです。(神の制約を受けない実存になろうとしています)
その実現形態の一つが「世界帝国」なのです。
心底からの「悪魔崇拝者」(=知性崇拝者)は、慎ましやかな生活を厭わず、貨幣的富は目的を達成するための手段だと考え浪費もしないはずです。
そこまで冷徹でなければ、世界を手に入れることはできません。
※ 参照書き込み
『経済支配層や知的エリートも彼らの価値観や論理の奴隷』
『“異様な”「悪魔崇拝」という言葉を使うわけ』
『「カルタゴ」支配層は「カルタゴ」を捨てた代わりに今や「世界」を手に入れようとしている』

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