あっしらさんへ
私、昨年の末頃より、阿修羅サイトを読み始めたロンドン在住の一サラリーマンです。
金融関係の業務に従事していながら、法律関係が専門のため、あっしらさんの経済関係の文章は必ずしもすべてを理解できているわけではありません。
ところがある日、あっしらさんの論考の中で、海外の金融資本家を寄生者と捉え、その他被支配者を宿主と捉える文章に接し、鳥肌がたつ思いで読ませていただきました。
ここまで、事の本質を、全くブレのない文体で、一つ一つの単語を吟味しながら書き連ねておられることに驚嘆しました。
私もロンドンに住みながら、イギリス金融人(イギリス商人)の世界の支配のありようというものを考えるにつれて、あっしらさんが考えておられるような世界を漠然とながらも自分なりにつかみ始めたと感じていたのですが、あっしらさんの文章を読んで、まるでつき物が落ちたようにストンと胃の腑に何かが落ちていったことを告白させていただきます。
私が毎日イギリス金融商人のトップ層に感じているもので、日本人にはなかなか理解してもらえないモヤモヤをわかり易い文章で紡ぎ出していると感じます。
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あっしらさんの投稿への感想投稿者 リーマン 日時 2003 年 6 月 17日
日本の文献でこれらのことをこれまで明確に書いてある文章はこれまでにはないのはないでしょうか。
せめて私がイメージするものとしては、竹内久美子氏が書いている動物学の最先端の紹介の中で、執拗に「寄生者と宿主」というテーマについてイギリス人が興味を持ってきた、ということが思い浮かぶぐらいです。
これも、実は、動物学が博物学を起源とする植民地経営学に資するための学問から出発した、という視点がなければ、一般の日本人にはなぜこれほどまでに、英米人が「寄生と宿主」というテーマについてこだわるのかはわからないと思います。
一つのイメージの例でいえば以下のようになります。
イギリス人(アメリカ人)がドイツ人や日本人の背中にあるときそっと負ぶさる。
ドイツ人や日本人は「何か重たいなあ」と思いながらも、日常の忙しさにまぎれそのことを忘れ、感じなくなってしまう。
しばらくするとイギリス人(アメリカ人)は首の後ろにそっと注射針を刺し、ドイツ人や日本人は「チクリ」とした痛みを感じる。
但しその痛みはほんの一瞬であり、やがてその痛みを忘れてしまう。
ところがあるときふと鏡を見て自分の顔がげっそりとやせていることに気づく。
しかしそのときまでには、これまで負ぶさっていた寄生者はその宿主から別の宿主へ乗り換えることを準備しつつある。
〜といった感じでしょうか。
リチャードドーキンスの「利己的な遺伝子」の発想も、遺伝子を寄生者と捉え、個体を宿主と捉えた極めてイギリス的な発想であると思っています。
もう一つあっしらさんの論考をよんでいて思いだしたのは、ハリーポッターの第1巻の中で、闇の帝王ボルデモートが住んでいた場所(「部下の頭の後頭部」といういかにも英米人好みの場所。
まだハリーポッターを読んでいない人にはネタバラシごめんなさい)と、そのボルデモートがハリーポッターに呼びかける以下の言葉です。
「この世に善と悪などないのだ。ただ力の強きものと弱きものがいるだけだ。ハリー、わしと組まんか?」
実はハリーポッターシリーズは、「支配と被支配」というあまりにイギリス的なテーマを大きな主題として描かれています。
自らは表に姿を現さず、誰かを通して支配を維持し、自らは安全な場所を確保する、ということの意味をしつこく主題として繰り返しています。
また、著者が、印税を全額寄付するとして有名になった本の中に「魔法界のさまざまな動物を紹介する図鑑」があります。
この本の冒頭の中に「魔法界においては、どこまでが人間の魔法使いで、どこからが動物(被支配者)なのか」という基準線をどこで引くべきかが長年の論争の的になってきた、ということが述べられています。
実は、これは、イギリス人(イングランド人)から見て、近代社会における「人間」という定義をどのように定義すれば、どの範囲の人間を(近代社会における)「人間」の範疇に入れることができるか、といった視線を持っていることを告白したものだと思っています。
(最近出版されたエマニュエルトッド氏の「帝国以後」にも、そのようなイギリス人の「非イギリス人」の分類の仕方が載っていました。)
あっしらさんの論考を読んでだらだらと感想文めいたものを書いてしまいました。
最後にあっしさんにひとつだけ質問させてください。
あっしらさんは、英米への在住経験がありますか?乃至は日常英米人と仕事等で付き合うポジションにおられますか?
(ただ読書だけを続けて博覧強記であるというだけでは、これらの論考のインスピレーションは得られないのではないか、という素朴な疑問からお尋ねするものです。)
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英米人との生の接点はほとんどありません投稿者 あっしら 日時 2003 年 6 月 17 日
興味深い視点と説明のレスをいただきありがとうございます。
>あっしらさんは、英米への在住経験がありますか?乃至は日常英米人と仕事等で付き合うポジションにおられますか?
旅行で数度短期間訪れただけで、英米での在住経験はありません。
仕事の関係で英米人と日常的に付き合うこともありません。
英米情報は、TVや書籍を通じたものと、家人が英米人と仕事をするポジションにあるのでそれを通じてのものになります。
ロンドンの金融関係者は、BBCのワールドビジネスニュースの解説を通じて一方向で見ているだけです。
(家人からコンサルタント業ビジネスマンの空虚な口先だけの商売ぶりを聞かされ、それに乗っかる日本人経営者はまともに物事を考えていず、話だけは聞いてみようという日本人経営者はそれなりにしっかり物事を考えているという印象を聞かされています)
ロンドンも二度ほど短期間行ったことがありますが、最初のときは、通りが汚く歩く人たちも生気がなく病的(生白いせいかも)だと印象を持ち、二度目は、移民が目立つようになったことや一日に四季があり一日が長いなあという印象を持ちました。
(夜明けが早く、照っていると思ったら黒い雲が覆い始め、やがて雨になり、そしてまた晴れるというのが一日に数度繰り返され、日没が遅いことに時間や気温の感覚が引っ張られたのでしょう。パリも昼間が長いのですが、違う印象ですね)
二度目(一昨年)の街中はけっこうきれいで人々も以前より活気があるように思えました。
最近、スコットランド(ロシアン地方)に興味を持っています。
UKの近代化がスコットランドの影響(宗教や理論そして技術)をけっこう強く受けて進められたのではないか、それ以前に、かたちの上ではイングランドがスコットランドを併合したことになっているが実質的には逆なのではないかといった妄想によるものです。
(もちろん、スコットランドの特定支配層ということですが)
住みたい街ではありませんが、エディンバラは印象的で惹きつけられました。
(イングランドのヨークは、商業的テーマパークという感じで期待はずれでした)
どれほど世界を知っているかはわかりませんが、ある部分をつかんでいるとしたら、商売をしながらあれこれ考えていることや世界を丸どりするためにはどうすればいいかという大それたことを考えたことがあるからなのかも知れません。
7/4/30

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