「ブッシュが画策する知られざる日本のエネルギー危機?」
原子力・核問題
日暮れて途遠しさまからの
ブッシュが画策する知られざる「日本のエネルギー危機」 というTBを拙エントリー
「核再処理試験稼動とプルサーマル計画合意」 に対していただきました。
それによると核反対とか核兵器製造可否の観点ではなくGNEP構想により、大切なエネルギー源である使用済み核燃料をすべてアメリカにとられてしまうという観点からのSAPIOの記事で、
ブッシュが画策する知られざる「日本のエネルギー危機」
SAPIO2006/3/8
2月6日に明らかになったブッシュ政権の「グローバル核エネルギー協調」(GNEP)構想が事前に日本に打診されたとき、ある自民党代議士は「これでは日本はエネルギー自給率ゼロ國になってしまう」とうめいた。
ー略ー
その要諦は再処理能力を持たない国の使用済み核燃料の全てを米国内に集めてしまうというもの。つまり、このまま手をこまねいていると、非核国として唯一認められ、4兆円あまりを投資した六ヶ所村の再処理工場が使用できなくなってしまうのだ。
というものです。
この記事を読んでみるとポイントは2点あります。
1.GNEP構想の目的と日本の立場。
2.使用済み核燃料のエネルギー源としての価値。
そこでこれに関し調べてみます。
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1.GNEP構想の目的と日本の立場。
米国政府は2月6日、約30年ぶりに使用済み核燃料の再処理開発を復活させる「国際原子力パートナーシップ」(GNEP=Global Nuclear Energy Partnership)計画を発表し2億5000万ドル(約300億円)の予算案を連邦議会に提出しました。この計画は、核拡散につながる六ヶ所再処理工場型の技術に代わる「リサイクル技術」を開発し、濃縮・再処理施設の所有を放棄した国に対し、燃料供給保証をおこない、さらに原子炉の使用済燃料を引き取る姿勢を示すことによって、核不拡散体制の強化と市場の開拓をねらうというものです。背景には、国際問題としてのイランや北朝鮮問題、国内には行き詰まっているネバダ州ヤッカマウンテン高レベル廃棄物処分場計画があって、話は複雑です。重要な点は、今にも再処理が始まるかのような報道がありますが、計画は現時点で実証されていない計画の寄せ集めだということです。
GNEPは次のようなさまざまな要素からなります。
核拡散防止のための安定的燃料供給計画(核燃料バンク構想)
核拡散防止と原子炉の売り込み用の使用済み燃料引き取り・再処理計画
途上国への売り込みのための小型原子炉開発計画
パニック的に処分場問題の解消をねらった再処理推進計画
処分場問題の解消を前提とした国内原子力の推進計画
再処理における核拡散問題の解消をねらう新しい再処理技術の開発計画
再処理で分離するプルトニウムを含む超ウラン元素を燃やすための新型燃焼炉計画
新型燃焼炉の使用済燃料用の再処理技術開発計画
これらの相互矛盾を抱える要素を、国際的協力を得ながらやろうというわけです。ロシアは、1.と2.については似たような提案をしています。2003年には既に核疑惑問題を抱えたイランのブシェール原発の使用済燃料の引き取り計画を出しています。日本は、米国の政策が反対しているはずの現在のプルトニウム分離技術を使った六ヶ所再処理工場の運転開始を強行してプルトニウムのさらなる蓄積をしようとしながら、その一方で新型燃焼炉計画や新しい再処理技術の開発で供給国側に加わろうとしています。米国政府の側もそれをよしとしているようです。
これらの事情を勘案すると、自民党代議士の発言は、日本がGNEP構想に参加するための布石ではないでしょうか?
2.使用済み核燃料のエネルギー源としての価値。
結論から言えば、使用済み核燃料のエネルギー源としての価値は有りません。
以下HP『環境問題』を考えるからの引用です。
原子力発電が始まった当初、よく耳にしたのが『ウラン(235)1グラムは石油2トン分のエネルギー』と言う謳い文句です。これは、物理学的な意味において、1グラムの核分裂性のウラン235が完全に核分裂反応した場合に放出する熱エネルギーが石油2トンが燃焼した場合の熱エネルギーに匹敵すると言う意味で、間違いではありません。しかし、現実の社会で、私たちが有効に利用できるエネルギーとは、物理学的な意味とは全く別のものであることを理解しておかなくてはなりません。
最終的な出力として私たちが使用可能なエネルギー量に対して、それを得るために一体どの程度の『手間』がかかるのかが問題なのです。直接的なエネルギー利用技術だけではなく、エネルギーを使用可能にするために必要な設備、装置、あるいは社会的なインフラ全てを製造・運営・廃棄するために必要な、全ての仕事・投入資源量・投入エネルギー量を積算した上で、産出される単位エネルギー当たりのコストを比較することによって、初めてエネルギー供給技術としての優劣が比較できるのです。部外者にとってこうした積算によって技術評価することは現実的には不可能です。
現在の工業化社会の基本的なエネルギー資源は石油であることに疑問の余地はないでしょう。原子力発電とて、この石油の使用を前提とした工業生産システムの中にあります。極めて特殊な技術や美術品のような特殊価値は別として、工業化社会における製品コストとは、投入資源量とエネルギー量(≒石油量)を反映していると考えられます。つまり、最終的に供給可能なエネルギーの発電コスト(経済コスト)を比較することによって、エネルギー技術の優劣の目安とすることが出来ます。主な発電方式による発電コストの推定値を以下に示しておきます。
■火力発電 6〜8円/kWh
■原子力発電 20〜30 ? 円/kWh
■風力発電 25円〜/kWh
■太陽光発電 70円〜/kWh
火力発電が圧倒的に優れた発電方式であることは明らかです。原子力発電に関しては、発電後に放射性廃物と言う極めて特殊な毒性を持つ廃物を『生産』するために、その処理コストは、安全性に対する要求が高まるにつれて、今後ますます増大する可能性があります。
原子力発電を進めるひとつの根拠として、原子力発電は安上がりであると言われてきました。しかし、実際には火力発電に比較して、全く安くないことは電力会社も認めざるを得ない状況になっています。
次に、U235だけを使っていたら安くはないけれども、原子炉の運転によって非分裂性のU238がプルトニウムになり、使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを抽出して、これを高速増殖炉の燃料とすることによって、核燃料サイクルを確立すれば安くなると言いました。
ところが、使用済み核燃料の再処理には予想以上のコスト(=資源とエネルギー)が掛かり、再処理しないほうが安上がり(=エネルギー効率が良い)だということが分かってきました。
つまり、原子力発電システム全体で見た場合、ウラン燃料はワンウェイで使い捨てにしたほうが、使用済み核燃料を再処理して核燃料サイクルを行うよりも安上がり=エネルギー(=石油)利用効率が高いと言うことです。
工業的リサイクル一般について言えることですが、廃物は捨てるより再利用するほうが良いに決まっていると言う、謂れのない理論が信じられています。これは既に述べた自然エネルギーの工業的利用と同じように、資源あるいはエネルギーから有用な部分を取り出すために、どれだけ追加資源とエネルギーを投入しなければならないのかと言う視点が欠落している誤った認識です。リサイクルが意味のあるのは、再処理段階で投入する資源・エネルギー量よりも、再処理する事によって得られる価値のほうが大きい場合にのみ有効なのです。
核燃料サイクル〜高速増殖炉システムは、天然ウランの99%以上を占める非分裂性のU238を捨てるのが『もったいない』から何とか利用したいという理由から発したものであり、エネルギー・コストの視点が欠落していたのです。これまでの原子力発電システム運用の実験から、再処理はエネルギーを浪費することが実証されたのですから、核燃料サイクルという構想は、この段階で棄却することが『科学的な判断』です。更に、通常の原子力発電だけでも火力発電よりも高コストで、資源・エネルギー浪費的であることが実証されているのですから、エネルギー供給技術として原子力そのものを全て放棄することが科学的に見た(同時に経済的にも)唯一の合理的な選択肢なのです。
これ以上の検討は蛇足ですが、肝心の高速増殖炉は、技術的な困難さ、安全確保の困難さから現在地球上で1台も営業運転されていないのです。高速増殖炉では、プルトニウムを『効率的』に生産するために、一次・二次冷却系に水ではなくナトリウムを使用しますが、最終的に水と熱交換を行うことになります。
ナトリウムは非常に反応性の高い物質であり、配管にピンホールでも開いて水に接触すれば、たちまち大爆発事故になり、プルトニウムを環境にばら撒くことになります。核融合炉に至っては、未だ影も形も存在しません。核融合炉に関しては、既に30年ほど前に、当時理化学研究所にいた槌田敦氏の分析によって、エネルギー供給システムとして物理的に成り立たないことが示されています。
将来的にもこれらの技術が確立することはありませんし、このような事故と隣り合わせの社会など、誰も望んではいません。
引用終わり
と言うことです。以上よりSAPIO2006/3/8の記事は、GNEPに供給国側として日本が参加するための観測気球的な記事ではないかと思われます。六ヶ所村での再処理試験開始は、核燃料供給側に日本が立つという意思表示と言うことでしょう。

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