bakaさん:
円高を容認すると、国際競争力の弱い部分は、輸入品に置き換わって行きます。このようにして淘汰された国内産業に従事していた人々は、競争力の高い輸出産業または、それに協力する産業に雇用されるか、そのような産業を創出するしかない、ということでしょうか?
円高=国際競争力劣化とは考えていません。
(日本の輸出企業経営者・政府・多数派国民は“円高恐怖症”にとりつかれています)
「労働価値」の上昇を怠ったり、デザインや機能性という開発力に乏しい企業は、通貨的な競争力の支えを失うことになりますが、原材料・生産財に占める輸入財の割合は高いのですから、それらに人々の智恵を吹き込む開発の進展では有利になります。
さらに言えば、円高は、国内政策とりわけ勤労者の給与水準を上昇させることで緩和もできます。
全部が一斉に上昇するというかたちではなく、円高を誘発した産業から順次という循環的な給与水準の上昇でいいのです。
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円高−国際競争力−産業構造 投稿者 あっしら 日時 2002 年 9 月 04 日
農業のように、どこもが第一義的な財(必需財)と考え、自然規定性が高く資本の高度化(「労働価値」の上昇)に限定性が強い産業分野は、一人当たりGDPがそのまま国際競争力の劣化につながります。
農業分野は、日本に限らず、“自由貿易”の適用から除外されています。
(所得補償など国内政策を含むかたちで...)
繊維産業など非農業産業分野は、円高というより“貿易摩擦”で国際競争力を劣化させられました。
繊維分野も、“貿易摩擦”がなければ、原料も輸入のものが多いので、円高を乗り切る「労働価値」の上昇を実現できたでしょう。
日本の技術力に照らせば、繊維産業が外的要因で抑え込まれなければ、繊維産業でも画期的な製造装置を造りだしたと思います。
国際競争力の劣化要因が円高なのか貿易摩擦なのかは別として、80年代までは、おっしゃられるようなかたちの資本(労働力を含む)移動と生産する財の高度化(デザインや機能の強化及び技術応用別製品)で円高を乗り切ってきました。
しかし、このような変動は、競争力劣化がなくても、輸出総体を増加的に維持するためには必要なものです。
輸出を増加させるためには、外国の輸入購買力が増大しなければなりません。
輸入購買力が増大するためには、輸出増加が実現されなければなりません。
そのためには、日本も輸入を引き受けなければならないという構造です。
ざっくばらんに言えば、付加価値の低い産業を外国に譲り、その代償として付加価値の高い産業の輸出増加を維持するというものです。
日本の大きな誤りは、輸出増加のために食糧生産を犠牲にしすぎたことです。
電気・電子製品及び自動車などの輸出拡大のために、食糧の輸入割合を大きくしてきたことは愚策です。
食糧自給率を70%にするために、現在の代表的な輸出製品の輸出額が減少することもやむを得ないという政策判断ができないような国家は、滅びへの道を進んでいくと考えています。
また、国際競争力を劣化させた産業(物づくり)は、その技術を国策として維持すべきです。
「労働価値」の上昇は即機械化ですから、機械化が遅れた分野は国際競争力の劣化を意味しますが、人の活動力でつくる行為に機械化の源泉があります。
それを忘れて、機械化=「労働価値」上昇主義に走ると、長期的な競争力(智恵と文化)が失われていきます。(自動車産業のF1参入もそのような点では意義があります)
■ 繊維産業と貿易摩擦について
bakaさん:
あっしらサン、お忙しい中を時間を割いて頂きありがとうございました。
bakaは、日本国内の繊維産業の衰退は、国際的なコスト競争に負けたことが原因、と思いこんでおりました。真の原因は、貿易摩擦によるとのことですが、これについて補足説明を頂ければ幸いです。
日本の繊維産業が国際競争力を失うきっかけは、米国繊維産業が日本製繊維製品の輸入増加で大きな打撃を受けているとして、田中−ニクソン会談で輸出自主規制が決められたことです。
(70年頃までは繊維と鉄鋼が主要輸出品目でした)
田中内閣は、輸出自主規制で過剰になる設備を補助金を出して廃棄させました。
努力がこのような結末に至った業界が、国際競争力を高めるための技術革新意欲を持つことはありません。
この繊維問題が「日米貿易摩擦」の最初で、以降、鉄鋼→自動車→半導体が俎上にのぼり、輸出自主規制や輸入割当などのかたちで決着していきました。
汎用繊維製品は付加価値が低いので、どのみち、家電・半導体・自動車などの高付加価値製品の輸出増加の人身御供になったと思われます。
また、80年代までは2%以下の失業率でしたから、労働力という“資源”配分の側面からも、繊維製品は輸出財の地位を失った可能性もあります。
ニット編み機は欧州のブランドがこぞって買うような画期的なものを日本企業が製造していますから、日本が汎用繊維製品の国際競争力を維持できたはずです。
日本が繊維製品で国際競争力を回復するとしたら、汎用品ではなく、原価の10倍から20倍で販売できる優れたデザイナーが数多く出現したときでしょうね。
家電は問題ありませんが、自動車やメガネフレームなどデザイン性が要求される製品で国際競争力を維持するためには、優秀なデザイナーが今後ますます必要になると思っています。
(デザイン力で日本が劣っているのが気になります。メガネフレームは80%以上の世界シェアを誇っていますが、外国企業(人)の請負製造が多いため、高付加価値を手にすることができないというのが現状です)
■ 高く買って安く売る/安く買って高く売る。
bakaさん:
あっしらサン、丁寧な御解説をありがとうございます。
国家内部の調整または政治または力関係を除外して、国家を単純に個人に置き換えた場合、経営者でも商売人でもないbakaのような者は、「高く買って安く売る」のは愚の骨頂と考えがちですが、例えば、中古車販売業者の中には(実態はともかく)「高く買って安く売る」を謳い文句に商売をしている方々も居られるかと思います。これは、やはりナンセンス(嘘も方便)でしょうか?
「高く買って安く売る」中古車販売業者は、“他の業者よりも高く買って、他の業者よりも安く売る”商法(利幅の縮小)を採っているので、ナンセンスでも嘘でもありません。
「構造改革」論者がお好きな競争原理が働いていますから、このような商法も有効です。
● 売れる中古車が仕入れられなければ売ることもできない
● 仕入れても売れなければ中古車になったお金が回収できない
この二つを充足させる商法は、“他の業者よりも高く買って、他の業者よりも安く売る”ということになります。
売れる中古車が不足気味で中古車需要も不足という状況であれば、このような商法を採用しない業者は、淘汰されていきます。
業者が淘汰されて独占的地位を獲得すれば(中古車業者の場合はあり得ませんが)、“できるだけ安く買って、できるだけ高く売る”商法に転換します。
これもまた、競争原理です。
だから、「構造改革」論者は、底の浅いアホと言えます。
7/5/12

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