晴耕雨読

淡々と日々の暮らしを立てるために働き続け、木々の緑、雨音、枯れ枝に架かる雪を密かに楽しむ。
老いては老いを楽しみ、若者の成長に目を細め、良い人生だったと感謝しつつ旅立つ。
こんな当たり前の人生が許されない世にはして欲しくありません。

 

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投稿者:早雲
hontino さま、こんばんは。

>納得できないところもあります。すべてがそう割り切れるでしょうか?。

学者の事でしょうか?
もちろん、全てがそうではありません。

>「学者には二つのタイプがある。難しい事を幼稚園の児童にでも分かるように話す先生。
もう一つは、やさしい事を誰にも分からないように難しく話す先生。
学会は後者が多い。と。

自分の学問を理解している学者と理解していない「学者」がいるのでしょう。
投稿者:早雲
農婦 さま、こんばんは。

>あまりにも英語を使った広報が配布されるとむかつきます。町民にわかりやすく説明をしてほしいと訴えました

たぶん、広報担当者も理解していないのでしょう。もしくは、日本語にすると何のことはない事柄かも知れません。

>大概の人間の脳みそは同レベルだとほえた私は笑い者でしたが、三人寄ればもんじゅの知恵で生きてます。

はい、そうしましょう。
投稿者:早雲
ろろ さま、こんばんは。
>官僚制度を否定するつもりは毛頭ありませんが、どこかで世間的なリアリティを反映する余地を残しておかないと、また外国資本に騙されるでしょうね。アメリカ発の、それらしく装った「体系的理論」によって。

「世間的なリアリティを反映する余地」が本来は政治の役割なのでしょう。
投稿者:農婦
早雲様の場をお借り致しまして済みません。下らずですが。「まける」いう、方言(東北)。私的には温情ですがこの言葉にはいろいろの細かい意味合いがあるのではないでしょうか。
投稿者:農婦
>hontino様、真面目な学校の先生のように感じましたが?。私には貴殿のおっしゃる意味がわかりません。
投稿者:hontino
いつもTBありがとう!
今日の説は少し面白いが、納得できないところもあります。すべてがそう割り切れるでしょうか?。
知識ボケでは、昔私の先生が、学会で私にいい事をしえてくれました。
「学者には二つのタイプがある。難しい事を幼稚園の児童にでも分かるように話す先生。
もう一つは、やさしい事を誰にも分からないように難しく話す先生。
学会は後者が多い。と。

http://blog.livedoor.jp/hontino/
投稿者:農婦
胸がすーとしました。あまりにも英語を使った広報が配布されるとむかつきます。町民にわかりやすく説明をしてほしいと訴えました
(笑)。大概の人間の脳みそは同レベルだとほえた私は笑い者でしたが、三人寄ればもんじゅの知恵で生きてます。
投稿者:ろろ
>知識ボケ

主流の学説を知識として吸収した度合いを計ることで有為な人材か否かを選別する方式は、明治時代から始まったと記憶しています。とにかく、陸士、海兵、帝大に入れば、社会的地位が保証されるようになっていました。

それ以前にも儒学が似たような役割を果たしていたのかもしれませんが、明治以降の官僚が儒学を学んだ武士と完全に異なるのは、アイデアがリアリズムを凌駕してしまっていることです。これによって帰納法だった政策決定が、演繹法のそれになってしまった気がします。

官僚制度を否定するつもりは毛頭ありませんが、どこかで世間的なリアリティを反映する余地を残しておかないと、また外国資本に騙されるでしょうね。アメリカ発の、それらしく装った「体系的理論」によって。

http://blog.goo.ne.jp/roro_football-lover

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