> (寄生性と共同体との関係)
スミスもリカードも、国際商人&国際金融家の振る舞いをもっともらしく正当化するために知的奮闘を行った人たちだと思っています。
そのおかげで、国際商人&国際金融家の価値観や活動論理が窺い知れるので助かりますが(笑)
リカードとリストについては、『【
経済学理論の虚妄】 「比較優位」というリカードの“詐欺的理論”が今なお生き延びている不可思議 − 「自由貿易主義」は「保護貿易主義」である − 』という書き込みをしていますのでご参照ください。
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「原理論」に対するレスです投稿者 あっしら 日時 2003 年 3 月 08 日
>だけどイギリス人はインドの織物工を多数集めて、その手首を切断したんですね。
>高付加価値製品を自作できないように。イギリス人が本当にリカードの理論を信じてるんなら、こんなことをする理由がない。
最適地生産が両方の利益になるなんて理論は真っ赤な嘘であることは良く分かってたんですね。だけどドイツ人はだませなかったと理解しています。
彼らは大資本を集めて工業生産に励みました。イギリス人(その寄生者)は、インド人をだませなかったんでその手首をきりました。
イギリス人(国際商人の手先)がインドの織物工の手首を切断したのは、高付加価値製品の生産を抑止するためではなく、普及品の生産を抑止するためです。
高付加価値製品であるインド更紗は、英国では生産できず、欧州の金持ち層に人気の商品ですから、貴重な輸入品です。ですから、インド更紗は今でも生き残っているように、“保護”されました。
インド人は、英国製綿織物の流入が人々の生活基盤を破壊し共同体を崩壊させると考え、その排斥運動を展開しました。
それを武力で抑えこもうとするとともに、財の供給ができなければ英国製を買うしかないだろうということで織物工の手首を切ったのです。
>ドイツ人はだませず、手首を切ることもできなかったので、工業生産力で追い抜かれてしまいました。彼らがドイツ人の手首を切ったときには1918年になっていました。
>現在人は簡単にだまされますから、手首を切る必要がありません。
ドイツは陸軍ベースでは強力な軍事力を持っていたので、手首を切ることはできませんでした。
英国の「産業革命」と呼ばれていますが、産業革命期に機械を製造した技術者の大半はドイツ人です。
手工業で技能を蓄積していたドイツ人が4千名も英国に渡り産業革命を起こしたのです。(当時の4千名というのは、今だったら10万人の技術者にも相当する膨大な数です)
ですから、ドイツが近代産業化を進めれば英国を追い抜くのは当然だと言えます。
ドイツの歴史的な力が近代と結びついたことで、ドイツは、二つの大戦を戦わざるを得なくなったとも言えます。
>現在は、グローバリズムとか、トランスナショナルエコノミーとか偉そうな名前が付いていますが、要するに低コスト地で生産し、高く売れる場所で販売するという話だと理解しています。
>それが全体の利益になるという理屈は、リカードの嘘の高級バージョンにすぎないと思います。
そう思います。
グローバリズムの恐さは、「低コスト地で生産し、高く売れる場所で販売する」というだけにとどまらず、これまで共同体利益を重視して公有になっていた電力・水道・ガス・道路などの公共的財供給主体を“民営化”しようとしたり、イスラム法的銀行営業の規制を取っ払おうとしていることにあります。
寄生者は、「近代」をリードをしてきた産業に限界性が生じたことを認識しています。
世界すべてが自由貿易に組み込まれると、産業活動が利益を生み出すものではないことが明瞭にわかるようになります。
(「供給=需要」と「利潤の源泉は国際取引余剰(黒字)である」という認識は極めて重要です)
寄生者は、リカード的理屈付けでは貨幣的富の極大化うまくいかないことがわかっているので、必要不可欠の公共財やクレジットカードや電子マネーといった日々の取引から利益(養分)を吸い上げようとしています。
これこそが、世界を丸ごと支配することです。
歯を磨くたびに、電灯を灯すたびに、お湯を沸かすために、食糧を買うたびに、1回ごとは少ない金額だけれども、すべてと言える人が毎日行うことから“養分”を吸い上げようとしています。
財布やポケットに直接手を突っ込む泥棒行為はしないだけで、システムでがんじがらめに縛り上げ、その状態でじりじりと“養分”を吸い上げようとしているのです。
> 昔読んだカール・ポランニー(日本での紹介者.栗本慎一郎)の経済人類学は、近代経済学に比べると説得的に思えました。
市場経済は、共同体の外部から侵入する異物だという考え方のようです。
例えば、ギリシャの都市国家でも、街の外れに居留地があって、異人が住んでいます。外部との接点です。
そこが市場経済の発祥となったそうです(ポランニー:「アリストテレスが経済を発見した」)。決して共同体内部で市場が自生したわけではない、異物だったんだという観察です。
> あっしらさんのお考えは、こちらに割合近いように思いますが、いかがでしょう。
【世界経済を認識する基礎】で書いたことですが、交換(市場経済)は異なる共同体間の遭遇によって起こったと考えています。
>この考え方を延長すると、近代とは、異物が巨大化し、共同体の内部に入り込むプロセスと言っていいように思います。
貨幣経済の全面化とは、人々から共同体性を喪失させることであり、共同体を崩壊させることです。
崩壊した共同体の近代的統合体が国家です。
近代史は、共同体内に癌細胞(寄生者)が発生しそれが大きく成長していく過程です。
>商売人は言います。「お前は焼き物を作れ。お前は農作物を作れ。そうすれば生産力は最大になって皆得するぞ。
最大多数の最大幸福だ。」しかしそうなりません。
そのうちみんなが段々貧乏になってきます。生産力は上がったはずなのに、なんでこんなに貧乏なのか。一般貨幣で交易しているからです。貨幣を商売人にごっそり持っていかれたんです。
>あっしらさんの理解とは違うでしょうか?違ってたら間違いを教えてください。
国際商人は、「お前たちのやり方では競争に勝てない。そんな仕事なんかやめて大工場で働け。そうすれば生産力は最大になって皆得するぞ。
最大多数の最大幸福だ。」という働きかけをしてきました。
そして、いわゆる先進国は、多くが貧乏になるのでなく、「最大多数の最大幸福」と錯誤させられる経済条件を実現しました。
これが、先進国国民が「近代」に疑念をなかなか持たない所以です。
先進国国民が経済的に豊かになったのは、生産性が急速に上昇ながらそれまでと変わらない時間働いているからであり、そのおかげで所得で購入できる財やサービスの量が増えたからにすぎません。
正確に言えば、絶対的貨幣(労働価値)基準で評価すれば、徐々に“貧乏”になっています。
財やサービスの量という現象的印象で“豊か”になったと錯誤しているだけです。
(錯誤させていると言ったほうが正確ですが)
今後の世界経済は、先進国国民も、現象的印象として“貧乏”になっていると実感する過酷な時代を迎えます。
これも、「世界最終戦争」に寄生者(米英支配層)が勝利できない大きな要因になります。
7/7/11

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