「[池田信夫氏の反書評]日銀バッシングの貧困:リチャード・ヴェルナー『円の支配者』草思社」
日銀(中央銀行)と国債関連
『円の支配者』は未読ですが、このサイトで一貫して書いているように、ここ10数年日本経済が苦境に陥っている直接の原因であるバブルの形成と崩壊の責任は、第一義的に政府(大蔵省)と日銀にあると思っています。
(その次に商業銀行、さらにそのあとに借り手...)
そして、日銀と大蔵省の責任ある幹部は、結末をわかっていながらバブルを形成したとも思っています。
(彼らはそれほど無能ではないという好意的な評価です(笑))
このような立場から、「陰謀」を結論としなければならない日銀の責任を、経済学的手法で論証しようとしたヴェルナー氏を高く評価しています。
池田氏の書評に関しては、コメントを付けようとも思いましたが、あまりにもかわいい「近代知性」的内容だったので、その必要もないかと思いそのまま転載しました。
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池田氏の書評について [未来さん&すみちゃんへ]投稿者 あっしら 日時 2003 年 5 月 22 日
ヴェルナー氏に対する簡単な評価については、『
未読ですが、、“ドイツ人”ヴェルナー氏に期待はしています。』を参照してください。
「ジャック・どんどん」さんから紹介があった『虚構の終焉』を読み終わったら、ヴェルナー氏の評価を書き込むつもりです。(たった今、本を購入しました)
池田氏の書評は、すみちゃんがご指摘のように、「たしかに1990年代の日銀の政策はまずかったし、その対外的な説明もへただ。」と書いているだけで、ヴェルナー氏の主要な論点である80年代後半の日銀責任(意図的なバブル形成)論には触れていません。
そうでありながら、「常識では説明できない災難が発生すると、「陰謀」によって簡単に説明する議論が流行するのは、「ユダヤの陰謀」などでおなじみだ。」としたり顔でヴェルナー氏を批判しています。
このサイトでは池田氏のような裁断は無効だと思われますが、多数派世界ではけっこう有効を持つ評価で、へたをすると、ヴェルナー氏のあらゆる業績が無効視されることにもなりかねません。
池田氏は、ヴェルナー氏の論証では日銀の「陰謀」が認められないという論証をしない限り、反陰謀論的言説は避けなければなりません。(子供の世界のおまえのかあさん“でべそ”、と同じ類の大人の世界の批判になります)
池田氏:こういう「日銀万能史観」ともいうべきものは、かなり広く日本の(自称)エコノミストを毒している。「ケインズ政策」に対する信仰が、まだ残っているのだろう。
池田氏が指摘しているように、ヴェルナー氏に中央銀行万能視があることは否めないと思っています。
それを「ケインズ政策」としているのは錯誤でしょう。
ケインズ政策は、IS−LM分析を根拠としたものですから、「有効需要」と「金利」が中心で、中央銀行は表に出てきません。
それまでは隠れていた中央銀行の意図を表に出したことが、ヴェルナー氏の業績だと思っています。(貨幣数量説ではたんなるファンクションです)
池田氏:しかし、信じられないかもしれないが、政府にも日銀にも戦略などなかったのだ。「プリンス」たちが、その場しのぎで行き当たりばったりにやっているうちに、最悪の結果になってしまっただけだ。これが日銀の最大の「秘密」である。
政府・日銀は、池田氏のこのような評価に激怒すべきです。
池田氏は、政府・日銀が無能集団であると言っているだけですから、陰謀集団よりも劣っていることになります。
90年代の政府・日銀が、新古典派的「構造改革」(規制緩和・民営化など)を推進することを戦略にしてきたことは自明です。
80年代はバブル形成という「陰謀」を実行し、90年以降は「構造改革」を推進するという「陰謀」を実行してきたのが政府と日銀です。
すみちゃん:ヴェルナー氏は、銀行貸し出しが信用拡大の鍵であり、他の金融は大部分ゼロサムゲーム(所得移転)だと述べています。当然だと思います。
この論説は微妙な評価が絡むので、『虚構の終焉』を読んだ後の書き込みで触れたいと思っています。
「信用創造」については、それがスムーズにできる条件・それが悪性インフレにつながらない条件の考察が必要です。
「他の金融は大部分ゼロサムゲーム(所得移転)」という説明も、原理的には正しいのですが、私の主要論点である“余剰通貨”(非金融的経済活動に使われない通貨)との関係で、現実的には一概にそう言えないと思っています。
※ 参照書き込み
『日銀が中核だと思っています』
「銀行救済」には反対です
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[池田信夫氏の反書評]日銀バッシングの貧困:リチャード・ヴェルナー『円の支配者』草思社投稿者 あっしら 日時 2003 年 5 月 20 日
著者は、日本に滞在する外国人エコノミストで、日銀の研究員もつとめた。私も議論したことがあるが、マクロ経済についての彼の議論はそうおかしなものではない。しかし本書は、彼を知る人でさえ「ヴェルナーは日銀で何かあったのか?」というぐらい、わけのわからない本である。ストーリーは単純で、要するにバブルの生成も崩壊も、日本を「前川リポート」に示された姿に改造するために、歴代の日銀の「プリンス」(現在の福井俊彦総裁も含む)によって仕組まれた陰謀だったというのである。バブル期には、窓口指導で通貨供給をジャブジャブにし、バブル崩壊後は「構造改革」を進めるために金融緩和を遅らせたというのだ。
まあ推理小説としてはおもしろいが、著者は、この荒唐無稽なストーリーを本気で信じているらしい。いろいろな状況証拠をあげて、いかにバブルが日銀によって計画されたものであるかを描こうとしているが、著者が日銀の「インサイダー」であったにもかかわらず、その直接証拠は一つもない。通常の司法手続きなら「起訴見送り」である。ところが、著者はこういう薄弱な根拠をもとにして憶測をふくらませ、日銀をバブル生成・崩壊の「主犯」と断定するばかりか、大蔵省を含めて日本経済のあらゆる部分が日銀にコントロールされているという誇大妄想を展開し、「セントラル・バンカーが暮らしを支配する」と主張するのである。
これは書評というよりも「診察」が必要だろう。はっきりいって、本書の後半は、まともな精神状態で書かれたとは思われない。何人かの友人から聞いた話では、彼は日銀でかなり冷たく扱われたようだ。そりゃ当たり前だ。ここに書いてあるようなことを本気で日銀の職員に言ったら、だれも相手にしてくれなくなるだろう。それが彼には「何か隠している」と映ってさらに疑惑を深め、まわりは気味悪がってよけい相手にしなくなり・・・という悪循環が生じたのではないか。たしかに1990年代の日銀の政策はまずかったし、その対外的な説明もへただ。それに、私の友人(日銀の幹部)にも「構造改革」的なバイアスがあることは事実だ。しかし金融政策の実務に携わっている彼らは、通貨供給だけでコントロールできるほど日本経済が単純ではないことを知っているのである。
こういう「日銀万能史観」ともいうべきものは、かなり広く日本の(自称)エコノミストを毒している。「ケインズ政策」に対する信仰が、まだ残っているのだろう。常識では説明できない災難が発生すると、「陰謀」によって簡単に説明する議論が流行するのは、「ユダヤの陰謀」などでおなじみだ。特に外国人からみると、日本の経済政策の長期にわたる戦略の不在はとても理解できないだろう。かつてチャーマーズ・ジョンソンなどが「通産省の陰謀」を描いたように、外国人はそこに系統的な戦略を読みとろうとしがちだ。しかし、信じられないかもしれないが、政府にも日銀にも戦略などなかったのだ。「プリンス」たちが、その場しのぎで行き当たりばったりにやっているうちに、最悪の結果になってしまっただけだ。これが日銀の最大の「秘密」である。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/werner.html

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