「日本は本当に国家破産しないと言い切れるのだろうか(新世界通貨が生まれれば、円の発行権は消えてしまう)」
日銀(中央銀行)と国債関連
オニオン さん:
「普通に考えれば国家破産は起きはしない
本屋の経済、経営関係のコーナーを見れば国家破産関係の本が必ず積まれてる。という日々がここ四、五年くらい続いています。その他にも様々な雑誌などでもそれを心配する声をよく聞きます。
国家破産を主張、または心配する人の論理は大体「日本は年収が500万円しかないのに借金が一億円(地方債含む)もあってそれでいて年に800万円も使ってる様なものだ。このままじゃ日本はお終いだ!!」だと思います。
この意見に対する感想は「それは杞憂でしょう」というものです。もしこれが一般家庭や一般企業ならおそらく終わりでしょうが、いやしくも一国家たる日本に各家庭や各企業を治めるための「お金の論理」は通じません。簡単に言えば円建ての借金をどれだけ重ねようと、円の発行者たる日本は円を刷って返せばいいのです。結局会計帖の問題でしかないので、簡単な調整をするだけでインフレすら起きません。
(ただ著名な経済人の方々や、学識者とされている方々がこの程度のことをしらないで大手を振って恥じ入りもしない日本の未来は別の意味で暗そうです;笑)
念のため、債務不履行に陥った南米やアジアの諸国は借金を自国通貨ではなくドルで(しかも外国人相手に)していたために自力では返せなかったのです。取り合えず今の日本には要らぬ心配です。
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前提が根本から狂う可能性
上の方で国家破産は要らぬ心配だと書きました。
さて、ここまで書いといて何なのですが僕は日本は破産、ないしは多重債務の責め苦にのた打ち回るハメになる可能性は低くないと思っています。
言ってる事がまるで違うじゃねえか!、とお叱りを受けそうですが、前提条件が変わるかもしれないのです。上の方で日本に破産はないと言えたのは日本が円の発行者だからです。これがある限り破産は無いでしょう。が、この円の発行権をなくさない保障はが何処にも無いのです。
最近は通貨統合がブームのようですが、これは自国通貨を手放すということです。もし将来日本がアジアでの通貨統合、或いは新世界通貨を受け入れるとしたら日本にお金の発行権はなくなります。しかし円建てであった国債は額面を別の通貨に移すでしょう。
そうなった状態の日本に、円にして楽に2千兆円を越しているであろう借金を返すことが出来るのか?ちょっと想像するに、ゾッとする図だと思います。 」
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突然切り換わるわけではないので、新通貨に移行するまでに公債(民間資産)を日銀券に変えてしまえば問題ありません。投稿者 あっしら 日時 2004 年 12 月 03 日
債権者は日銀券を保有していると考えていたり日銀券に転換できる債権を保有していると考えているわけですから、新通貨に移行するまでに、国家の通貨発行権を使って公的債務を日銀券に変えてしまえば問題をクリアできます。
そのための軋轢が少ない方法は、現状のように日銀が公債を買うことでしょうね。
(大っぴらに公債を日銀券に置き換える方法は、米英などから非難を浴びるでしょうし、インチキ臭くてみっともないですからね(笑))
そういう措置で困るのは自分で使うあてのない通貨を大量に保有している人ですが、新通貨移行後にその通貨が通用する地域で広く運用方法を考えてもらえばいいでしょう。
現状のように、預貯金や保険料が国債に化けていて個人は国債を保有している自覚がない条件なら、日銀が公債を買って金融機関に日銀券を引き渡すという方法がすんなり通用します。(金融機関の資産が公債から現金に“一時的”に変わるだけの話です。個人や企業が自覚的に大量の国債を保有している場合は強制償還をやらなければなりません)
その後の日銀保有公債については、新通貨で徴税したお金でいったん利払いや償還をして日銀納付金というかたちで還流させるかたちがとれます。
(還流を織り込んで予算を組めば、課税もセーブできます)
とにかく、経済の根源的問題は、供給活動力であり、おカネではないということです。
「近代」的枠組みにおける日本の将来は、政策で対応できる公的債務の多寡ではなく、産業力の優劣で決まります。
おカネは経済社会の手段でしかなく目的ではないことを理解していれば、個人や個別企業はダメですが、国家当局ならおカネの問題だけなら解決することができます。
(供給活動力はそうはいきません)
新通貨に移行した後は、政府部門の赤字や公的債務残高にこれまで以上のタガがはまるはずですから、赤字財政支出に依存しない少しはまともな智恵(政策)も出てくるでしょう。
公的債務問題に限って言えば、新通貨への移行で“気分一新”というオメデタイ話なのかもしれません(笑)
(新通貨に移行して通貨発行権を失えば、日本政府は独自におカネの問題さえ解決することができなくなります)
強制通用力や「合意」(“共同幻想”)そして「盗み」投稿者 あっしら 日時 2004 年 12 月 07 日
通貨の基本機能は価格(価値)表示・交換手段(支払い手段)・価値蓄蔵手段で、現在ではそれらをペーパーマネー(もしくは口座残高数値)が担っています。
どちらもペーパーマネー(実体は紙切れ)という点で、真札と偽札どちらを流通させるにしても本質は似ていると言うことができます。
(通貨発行権を有する主体が貴金属で通貨を発行したり貴金属通貨との兌換を保証する制度と比較すると、それ自体財的価値がないモノで財的価値があるモノを引き渡すという現行制度は“特異”です)
この問題は、貴金属貨幣と違って財的価値が欠落しているペーパーマネーが通用するワケが何なのかということに帰着します。
通用するワケとして、国家権力による強制通用性と経済社会の「合意」を挙げることができます。
強制通用性と「合意」が並んでいるのは奇妙なズレとも言えます。
強制通用力が通貨の機能を支えているのなら「合意」は不要ですし、「合意」が通貨の機能を支えているのなら「強制通用力」不要です。
このズレは、ペーパーマネーを通貨として認める「合意」は経済論理(社会的分業の密度)によって基礎付けられているが、どのようなモノを通貨として認めるかについては合意がないので国家機構が“これ”と強制することで生じていると考えています。
このことから、国家機構が付与する強制通用性は、通貨通用力の根源ではなく、公認通貨以外の他の通貨的モノを排除する「排他性」を意味すると見たほうがいいでしょう。
もう一つ、真札と偽札は、ともに「盗み」が潜んでいるという点で本質が似ているとも言えます。
真札は、ペーパーマネーを発行し貸し出しすることで利息を得る「盗み」に使われます。
(金本位制でも保有金量の2倍以上や4倍の紙幣を発行していたのですから、この「盗み」がありました)
また、過剰にかつ恣意的に貸し出しを行うことで、第一次世界大戦後のドイツや90年代半ばのロシアのようにハイパーインフレを引き起こし、債務者や経済的困窮者の資産を根こそぎ奪い取ったり、労働対価を“紙切れ”同然に劣化させる「大泥棒」も可能です。
(供給活動に依拠しないで通貨の流通量を増加させることで起こすインフレはどれも「盗み」です)
偽札の発行と使用は、一般的な通用性がない紙切れで財的価値ないし通用性のある“紙切れ”を手に入れる「盗み」です。
※ 通貨量の管理や徴税権との関わりから国家機構が通貨発行権を独占するかたちが望ましいと思っていますが、中央銀行→商業銀行→経済主体という貸し出しを通じた通貨供給は害悪だと思っています。